三題噺「人形」「修正」「二次元」(緑月物語―その2―)
緑月物語―その1―
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緑月物語―その3―
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――緑に覆われた星、緑月。
かつて月と呼ばれた星は現在、第二の地球として繁栄し続けている。
そんな緑月のJ-七○三地区、通称『七臣』地区にその建物はあった。
灰色の無機質な外壁の、そのいたる所に、まるでサボテンの棘のように無数の鉄骨が生えている。
そして、その鉄骨の一本。全てを見下ろす場所に彼女はいた――。
「……3DGPS作動。感度良好。目標情報……修正。捕獲手順更新終了。最短距離……算出完了」
彼女は先ほどから独り言のように何事か呟いている。
「友紀子、聞いてる? 今日こそは絶対に一人で飛び出さないでよ!」
彼女の視界を覆う大きめのゴーグルに、彼女のクラスメイトからの通信が入る。
しかし、彼女の意識はゴーグルの映し出す三次元の映像に奪われていて、応答する気配はなかった。
「ちょっと! 友紀子! あぁ、もうどうなっても知らないわよ!」
一方的に通信が切断されると、辺りが急に静かになる。
空の彼方を泳ぐ月海鯨が発した、重低音の鳴き声が遠く響いている。
「演習ナンバー三一○六……カウント三、二、一、開始」
ゴーグルから機械的な音声が発せられ、その直後に彼女は緑月の空に向かい跳んでいた。
わずかな浮遊感。そしてそこから徐々に地面に引っ張られるような感覚。
それはゴーグルが示すルートに従って、鉄骨の林を跳び下りていくにつれて強くなっていった。
耳元でアラーム音が鳴り、危険回避確率の低下を訴える。
身体すれすれの所を鉄骨が横切り、すぐ先に赤茶色の鉄骨の柱が迫っていた。
その瞬間、足裏からプシュッと音がして、鉄骨が私の身体を避けた。
否、自分の身体が瞬間的に空を飛び、鉄骨を回避したのだ。
何度か空を駆けて、かすり傷一つ負うことなく私は地面に着地すると私はすぐに態勢を整える。
宙に身を投げてからまだ数秒しか経っていなくても、わずかな時間のロスが命取りになるからだ。
私は、今日の演習の結果次第で夢までの唯一の道を失う。
だから私は、必ずこの演習を成功させなければならない。
仲間と協力している暇など私にはなかった。
協力していたらどうなっていたのだろう、私はふと浮かんだ雑念を振り払うと目的地に向け一直線に駆け出した。
「あれほど一人で行くなって言ったのに! 友紀子のバカァー!」
ゴーグルの画面上では友紀子を表すマーカーが、北東二百メートル先の位置を示していた。
私が、二次元でしか触れることのできなかった緑月に憧れて十余年。
緑月に行くための訓練を地球で受けるずっと前から、私は緑月に行くことで頭が一杯だった。
だから、国立緑月調査部隊育成学校に入学できた時、私の夢はそこで一度終わってしまった。
目標を失った私は、それから半ば糸の切れた操り人形のように生きてきた。
そう。その二週間後、友紀子が私の前に現れるまでは。
立体的全惑星位置把握システム『スパイダー』を自身の目のように、短距離垂直離着陸エンジン搭載の『ペガサス』を自身の足のように使いこなす友紀子に、私は憧れた。
そしてその反面、集団作戦行動では周りと足並みを揃えられずに浮いていた友紀子が、どうしても他人に思えなかった。
……それは、友紀子の姿が地球での私の姿によく似ていたからだ。
逃がした。逃げられた。もう少しだったのに。捕獲まであと少しだったのに。
目標に気付かれる要素はどこにもなかった。
もはや運が悪かったとしか言いようがなかった。
――協力さえしていれば。
私はとっさに首を振り、その考えをすぐ否定する。
私はいつでも一人でやってきた。これまでだって。これからだって。
どうして上手くいかないんだろう。どうして私の気持ちを理解してもらえないんだろう。
私は後悔を噛みしめ、涙が溢れるのをこらえながら通信の回線を開いた。
私と友紀子は似ていた。
どちらも大事な何かのために一人で頑張ってきた。
その辛さと寂しさが痛いほどわかるから、私は友紀子の力になりたいと思ったのかもしれない。
私の今の願い。それは友紀子の願いを叶えることだ。そのためなら私は――。
「亜美! 失敗した! 逃げられた! ここからだと追いつけない!」
友紀子の声からは珍しく焦りが感じられた。私に聞かせるというより自分に言い聞かせているようだ。
ゴーグルを確認すると確かに、目標が進行方向を変えてこちらに向かってきているのがわかった。
友紀子の位置からでは、到着までに数分のロスがある。
「友紀子、あんたどうするつもり?」
この演習に友紀子がただならない決意を持って挑んでいることはそれとなくわかっていた。
だから私は彼女のパートナーに立候補したのだ。
「…………」
応答がない。私は歯噛みした。
「友紀子! 時間がないわ! 私が仕留める! だからあなたは――」
「亜美!」
友紀子が私の言葉を遮る。友紀子の息遣いの一つ一つが荒く聞こえる。
「もう……、良いの……。私はやっぱり……」
「このバカ! 私がまだいるでしょうが!」
私は思わず吼えた。
「……でも」
「でもじゃない! 友紀子は私に夢をくれた! だから今度は私が、あなたの夢を叶えさせてみせる!」
心臓から指の先までが熱い。体の疲労感はいつの間にか消えてしまっていた。
ああ、懐かしい。私はかつての地球での訓練時代を思い出した。
「……友紀子、あんたは見てなさい! あなたは私が押し上げる!」
「……うん」
私は駆けた。歓喜に体が震えるのを感じながら駆け続けた。
目の前にはすでに、今回の捕獲対象でもある巨大生物が迫ってきていた。
三題噺「人形」「修正」「二次元」(緑月物語―その2―)
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