3、ボウイが絆?

3、流れる会話に陰が

、3、流れる会話に陰が

 

 二人は住宅街の中にあるおしゃれなカフェにはいった。少しして二人の前に香りのいいコーヒーとクリームたっぷりのロールケーキが置かれる。瑠衣は冷たくなった手を温めるようにカップを手の平で包んだ。そしてカップを持ったままちらっと裕一に視線を投げると母親の様な威厳のある口調できいた。


「で、近頃はどうなの?世の中は不景気だって騒いでいるけど。」
「いいわけないでしょう。まあ音楽業界がパッとしないのは不景気のせいばかりじゃないけどね。」
あきらめ半分にも聞こえる裕一の虚しい声が宙に浮いた。行き場のない思いは始末が悪い。


「やっぱりCDは売れないんだ。」
「自分の好きな曲を聴く方法なんていくらもあるからね。CD買うよりずっと安く。しかも動画までついてくるならその方がいいに決まっている。時代の流れというやつですよ。」
「そうか。大手と言えども安穏とはしていられないわけだ。」
裕一は瑠衣の言葉に思わず苦笑いを見せた。


「何よ?――何かおかしい?」
「いや、別に。ただ瑠衣の仕事は不景気なんて関係ないだろうと思ってさ。何せ今じゃ誰も彼も心を病んでる時代みたいだからな。カウンセリングは大流行だぜ。」
「まさか。病院経営もなかなか大変みたいよ。まあ、私はサラリーマンだから気楽なもんだけど。それで――裕一は今どんな仕事してるの?」


その問いに裕一は天井を見上げ、息を吐き出した。
「そうだなぁ、音楽でこの世界を変える事ができる宇宙人みたいな新人を探してるわけよ。」
そのふざけた言い方が瑠衣の感にさわる。
「はっ?――裕一かなり疲れちゃってるのねえ。」
「そりゃ疲れもしますよ。熱くなれる新人なんてそういるもんじゃないしな。つまり今のところ日々あふれる情報を頭にたたきこんで、整理して――雑用だな。」 
その裕一の口調に瑠衣は始めて彼の心の重さを感じていた。


「なんか不満そうね。」
「そういうわけじゃ・・・ネットの中では毎日新人が生まれてる。話題になればあっという間に日替わりのスターのできあがりだぜ。それでもみんな結構楽しんでいる。それがなんかしっくりこないんだよね――本当にこれでいいのかって――俺って古いのかなぁ。」
「時代に逆らってもね。みんな持てるものを活用してるだけよ。」
「かもな。でも何故か俺の夢は遠くなる。」


裕一のうつむいた顔に珍しく憂いの影がさしていた。
「裕一の夢って?」
「この歳で言えません。どうせ青いだの、子供じみてるのって言われるに決まってる。」
「言わないから――そう言えば昔言ってたわよね。・・・世界に名をのこす日本発のアーティストを出したいとか、なんとか。」
「へえー、覚えていたんだ。」
裕一のびっくりした顔にかすかな輝きが戻る。


「それができたらな。」
「よくわからないんだけどそれってビートルズみたいな?」
裕一が瑠衣の言葉ににやっと笑う。
「あのさ、瑠衣は偉大なアーティストって聞くとビートルズしか思い浮かばないんじゃないの。しかも自分でそう言いながらビートルズも今や古いと感じてる、だろ?――そうだな。彼らは確かに古い。それでもやっぱり音楽史の中では不動の存在だ。プレスリー、ローリングストーンズ、ボブ・ディラン、ジェフ・ベック、ツェッぺリン、クラプトン、そして俺の尊敬するデヴィッド・ボウイ。
彼らはなくてはならない存在なんだ。彼らが時代を、流れを作って来た。でも日本にはどうかな。そりゃ日本という国の中ではいい曲も、すばらしいアーティストもいるにはいるさ。今ではアジアという単位でみれば壁はとれつつあるしね。でもな――。」
ここまできて熱くなってまくしたてていた裕一の声が急にしぼんでいった。世間の熱と自分の思いは何かがずれていると感じてしまったように。


「なるほどね。」
「何を納得してるの?」
「裕一がかなり本気だというのは分かった。いっそうの事自分でやれば。昔はバンドやってたじゃない。それで世界を渡り歩くなんて楽しそうじゃない。」


「あのさ、音楽はそんなに甘くないの。俺の実力は悲しい事に学生バンド止まりです。」
「ふ――ん。だけどたまにあるじゃない。どうしてこんなのがなんていうのが売れたりさ。」
「あるね。でも俺は一発屋を求めてるわけじゃないから。それにね、音楽の神秘をなめて もらっては困るね。」
「大きくでたわね。神秘と来ましたか。」
瑠衣の反応に裕一は身を乗り出し瑠衣をまっすぐに見つめる。そして瑠衣にも近寄るようにうながした。


「いい?――俺達さっきからまるで色気のない話してるよな。でもその事実よりも人はイメージに左右されるものなんだ。こうして顔を近付けて見つめあう二人。そこに物憂げな恋愛映画のサントラでも流したら俺達でも愛に悩む男と女に見えたりするわけよ。まあ映画スターに比べれば見た目は落ちるけど。要するに曲が情景を強く印象ずけるという事。わかる?」


「そういう事はあるかもね。だけど実際の生活ではそう都合よくBGMは流れてこない。それと、裕一はわからないけど私は見た目にも落ちませんから。」
「はいはい。」
「裕一ってもしかしたらものすごいロマンチストか、見かけによらず野心家なのかもね。」
「それを言うなら夢が大きいと言ってほしいね。自分でもてあます程大きいのかもな。今じゃ夢がもれていく気がする。はぁ――。」
裕一の頭がガクンとうなだれた。


「そういうわけですか。それで背中にもやがかかったおじさんになってるのね。」
「背中は自分で見えないから何にも言えないけど――どっちにしてもいい歳だしな。つまり瑠衣も若くないって事。ハ、ハ。」
「嫌な言い方。だけど最近もやもやしてる人が多いのよね、私のまわり。理沙叔母さんまでおかしいらしいの。」
「誰?・・・その人。」


「昔、裕一が遊びに来てる時会った事あるでしょう。」
「――ああ、思い出した。きれいな人だったよな。」
「うん。お母さんの妹。今は駒沢で心療内科のクリニックをやってるの。いつもシャキッとして、出来る女って言う感じでね。若い時に離婚してそれから仕事に情熱を注いで来たわけよ。」
そう聞いていつか瑠衣もそうなるかもしれないと裕一はうす笑いをうかべた。


「それにしても瑠衣の家系は頭のいい人ばかりだね。うちは凡人家族だけど。」
「すごい皮肉。――でも叔母さんは私の理想なのよ。それが何を悩んでいるのか元気ないなんて。母も心配してる。」
「ふ――ん。それってさ更年期とか逆に歳とともにまるくなったとかじゃないの。だいたい人生いつも元気で、冴えて、前向きでいる方がおかしいでしょう。瑠衣は特別だけど。」


裕一の言葉がまた瑠衣の心をちくりと刺す。今日の裕一は皮肉が多い。
「あのさ・・・ここの所あまり会ってなかったけど今日はっきりわかった。裕一はきっといや――なお爺さんになる、絶対。」
そう言ったものの瑠衣はこの日最後まで消える事のなかった裕一の辛そうな影が気になっていた。
         

3、ボウイが絆?

3、ボウイが絆?

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-07-22

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