ホームレス

 時々、F駅の周辺で掃除をしているホームレスを見かける。少々マニアックなおっさんである。髭面で日焼けし、重そうなナップザックを背負い、スピーディに箒で掃いている。仕事をしている時は背中の荷物を下ろせばいいのに、彼には大事な財産なのだろう。
 その日も渋滞したバスの窓から見ていたら、珍しい光景に出くわした。信号待ちしていた三十ぐらいのOLが戻ってきて、男に話しかけた。台詞(せりふ)をつけると、こうなるだろう。
「いつもお掃除、ご苦労さんです」
「いえ、大したことではありません」
「おかげで奇麗になって、気持ちがいいですよ」
「ありがとうございます。恐縮です」
 そして女は財布を取り出し、紙幣を渡して立ち去った。掃除屋は受け取ると、何度もお辞儀をした。自分の行いを一市民に認められて、非常に喜んでいる様子が伺える。こんなことは滅多にないことだ。ホームレスなど相手にする市民はどこにもいないからである。

ホームレス

ホームレス

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-07-21

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