郷里の有名人の墓

 病院に入院している叔母のひさみを弟と一緒に見舞いに行ったのは小学校の頃である。冬の寒い日だった。ひさみは退院直前で出前のうどんを食べながら、
「盲腸なんか、病気のうちに入らないよ」
 病人扱いにされるのが嫌そうに言って笑った。そしてきれいに食べ終わると、
「ついさっき、やくざの男の人が亡くなったの。その人の遺体がまだ病室に置いてあるんだよ」
 話してくれた。小三の私と一つ下の弟はどきりとした。
「どうして死んだの」
「女の問題でこじれて、喧嘩して何人かに殴られたんだって」
「その人なら知っているよ」
 私は臆病そうに返事をした。二日前、どこかの帰り、顔中を真っ赤な血に染めた大柄な男が公園の近くをフラフラと歩いていた。その顔は村芝居に出るためにメイクした赤鬼に見えた。やがて救急車がきて病院に搬送された。治療の甲斐もなく、出血多量で息を引き取った。
「死んだ人は、どこの部屋?」弟が聞いた。
「三号室よ」
 そこは私たちが通ってきた部屋で明りが消えていて、人の気配はなかった。それを知らずに来たが、改めて聞かされると恐ろしくなった。地元の人達はその男がどこで生まれて、どこから来たのか誰も知らない。放浪の途中、たまたま東海地方の田舎に立ち寄ったのだろう。男の名前は誰も知らず、ただ本人は国定忠治と名乗っていた。病院内は僅かな明りが廊下や天井や壁を寒々と照らしていた。私と弟は帰る時、その死人のいる部屋の近くににきたら、申し合わせたように駆け出した。
何十年後、母が亡くなり葬式に行ったら、ひさみ叔母からやくざの話を聞かされた。有志が募金して公園の片隅に墓を造ったという。東京に帰る前に弟の運転する車に乗って見に行った。四十センチほどの高さの石塔で、国定忠治の墓と掘ってあった。私は赤鬼の顔を思い出しながら、何だか偉い人のように思えてきた。

郷里の有名人の墓

郷里の有名人の墓

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-07-21

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