ヨダカ 第三話 オツベルとハク①

登場人物
●ヨダカ…主人公。薬屋。スラを持たない。髪の毛と眼は黒色。服も黒いものしかない。蛙(カジカ)を「カジ」と呼び、たまにぞんざいに扱う。
●カジカ…蛙。元々は人の形だった。魔女ポウセの甥。

用語説明
●スラ…人の「態」を現すもの。他の人のスラを使用すれば、その人の特徴を一時的に得られる。
●ラユー…首都。(『北守将軍と三人兄弟の医者』より)

第三話 オツベルとハク

その汽車は首都ラユーからムネネ市を経由し、終点のモネラまであと二時間半ばかりであった。ヨダカは懐中時計の針から、外の景色に焦点を合わせた。東の空が、だんだんと琥珀色になり、ゆっくりと星明かりを飲み込んでいくのが見えた。沼畑✳1に張られた水が徐々に濃いオレンジ色に変わり、植えられたオリザ✳2の形が一本一本はっきりしてきた。
 汽車の中はとても静かで、蛙のイビキ以外なにも聞こえなかった。青年はテーブルの上に寝ている蛙を見た。蛙は1cmぐらい口を開けて寝ていた。青年は、外套から腕を出し、蛙の開いている口を指で押し上げ閉めた。そして、暫くして手を蛙の口から離したが、再び開いた。青年はゆっくりとまばたきをした。そして青年は再び外套の中に手を入れ、その中から短刀を取り出した。揺れる汽車の中、青年は刃を鞘から出し、テーブルに寝ている蛙の腹に刃を突きつけた。
 蛙の白い腹がイビキと一緒に大きく上下に動いていた。刃の先が朝日に照らされ白く鈍く光っていた。青年は、その刃の先を少しずつ蛙の膨れた腹に近づけていった。
 その時だった。
 ガタンッという大きな音とともに汽車が大きく揺れた。
「ちっ」
 今の揺れで目を覚ましたのだろうか。ガヤガヤと乗客の声が周りから聞こえ始めた。青年はテーブルに刺さった短刀を引き抜き、再び外套の中へと仕舞った。

 ✳✳✳

「う(ヴ)。う(ヴ)ーん」
 終点までテーブルの上で寝ていた蛙が大きく伸びをした。
「ここ何処?」
 蛙は首を後ろに曲げ、見上げた。駅舎の屋根の上に山が見えた。
「モネラだ」
 そう言うと青年は蛙を置いて歩き始めた。今日の青年は大きな薬箱を持っていた。
「ねぇ。乗せてよ。ヨダカ」
「……」
「ねぇ」
 青年は駅から続く大通りを大股で歩いた。蛙はそれに追いつこうと一生懸命足を動かした。駅の周りはこの前に行った城と同じように、形成された石で舗装されていた。しかしそれ以外の場所や道は、土をならしただけで風が少し吹く度に土ぼこりが舞った。
 蛙は必死に向かって歩いてくる人を避け青年の後ろについた。しかし、青年が歩くのが早いせいか、度々引き離されそうになった。
「待ってよ。ねぇ」蛙は息を切らしながら声を出した。
「おい。そこの坊や」
 カジカはその声に振り返った。目の前には細い木の柱と布切れでできた簡易的なテントがいくつも並んでいた。
「スイカはどうだ?とっても甘いスイカだ。今が旬だよ」
 その店は木の箱の上に小さめのスイカを始め、燕脂色から緑色まで様々な野菜や果物が大量に積み上げられていた。
 カジカはその店の前に立ち止まり、店主を見た。店主の男は金色の髪の毛に翡翠に似た緑色の眼をしていた。肌は少し焼けて茶色かったがシャツの袖口から白い肌が見えた。どうやら、果物を売っている店主以外の人物も同じ様な特徴を持っているようだ。中には、金色の眼したもの、髪の毛が緑色と金色が交じった髪の毛の者もいた。
「そうだ。そこの坊やだ。こっちに来い。一口食べてみろ」
 緑色の眼をした店主はスイカを片手で持ち、大きなナイフで切り始めた。すると緑色の皮から、鮮やかな赤色の中身が出てきた。
 カジカは唾を呑み、一歩店側へと踏み出した。

 その時だった。

 カジカの頭上に大きな影が通った。

 子供だった。

 子供がその店へと駆け寄っていった。
「………」
 蛙は黙って、自分の手を見た。その手は緑色で、指と指の間には膜が張っていた。カジカ《カエル》はその手を閉じたり開いたりした。
「僕もたまに戻れるんだ…」
 蛙は店主と子供を見ながら呟いた。
「…い。カジ‼」
「へ?」蛙は間抜けた声を出した。
「カジ。置いていくぞ」
 目の前に大きな影があった。黒い服を着た青年だった。
 背が高くて表情がわからなかったが、声からして苛立っている様子だった。
「行くぞ」
 青年はその場で踵を返すと、再び歩き始めた。
「え…あ…待ってよ‼」
 蛙も再び歩き始めた。しかし、また土ぼこりが視界を遮る。蛙は何度もまばたきをした。それでも、全く目の前は茶色く何も見えなかった。蛙は後ろの足をできるだけ使い歩いた。だが、だんだんとまた引き離しそうになった。
「遅い。跳べ‼」
 青年はまた苛立ちながら言った。だが、蛙は青年の言うことを聞かず歩いた。
「おい。カジ‼」
 青年は立ち止まり、後ろを振り返った。
 青年と蛙の間がかなりあった。青年は頭を掻き、深くため息をついた。
「カジ。乗れ…」
「いいの?」
 蛙は青年に訊いた。
「約束の時間に間に合わない。乗れ」
 蛙は頷くと青年の言う通り、外套の外側からフードの中へと入った。
 青年は蛙が乗ったのを確認すると再び歩いた。
「何故、今日は歩いた?」
 黒髪の青年が訊いた。
「……」
「モネラは広大な農地が多いところだ。通っているのは人だけではない。ここら辺は農場で使う馬や牛が多く通る。あと駅や中心部は移動手段として馬車も通る。しかもお前みたいに店の前に突っ立っていると踏み潰されるぞ」
「じゃあ、何で乗せてくれなかったの?」
 蛙は眉間に皺を寄せ、青年に質問した。
「てめぇを乗せる理由なんてない」
「……」
 青年の声がいつもより低いのはわかったが、表情はわからなかった。
「…すまん。いつも…おまえ、跳んで移動しているから、歩くとは思っていなかった。足、怪我してないか?」
「……大丈夫」
 蛙は自分の足を見た。指の間の膜がちょっとだけ切れていた。だが、蛙は青年の質問に正直に答えることができなかった。
 そして彼は青年の耳元で何かがキラッと光ったことに気がついた。
「…ねぇ。ヨダカ。今日も『カラスの一族』なの?そのイヤリング…」
 髪の毛で形が半分ぐらいしか見えなかったが、金色で太陽の形をしたイヤリングが左耳にかけられていた。
「ナミダが新しく作り直した。カラス…の一族ならスラを使わず…、イヤリングをつけるだけで済むからな…」
 青年は少し急いでいるせいか、息が荒く、途絶え途絶え言った。
「いつも思うんだけど。それってどうやって引っかかって…」
「着いたぞ」
 目の前に白いモルタルでできた大きな箱の様な家があった。青年はその前で足を止めると、大きく息を吸い、肩を上げて、下ろした。心なしか青年の身体から熱気を感じた。
「お城みたい…」
 蛙は青年の肩の上に移動し、見上げた。今日は薬箱があるお陰か簡単に登ることができた。
「すみません。薬屋です。約束のものをお持ちしました」
 カタンという音と共に、厚く、木でできた扉がゆっくりと開いた。
 その時だった。甘ったるい匂いがする煙が扉を開けると同時に辺りを包み込んだ。
「うっ」
 蛙は両手で鼻と口を押さえた。
「いらっしゃい。ヨダカ。待っていたわ。さあ入ってーー」
 奥から口調の穏やかな若い女性の声が聞こえた。
「すみません。今日は使い魔の蛙も一緒で大丈夫でしょうか?」
「使い…」
 蛙は、青年の顔を見た。青年はいつもと変わらず無表情のままだだった。
「えぇ。話は前に聞いていたわ」
「失礼します」
 青年は頭を少し下げ、部屋の中に入った。
 蛙は青年に「使い魔」と言われたことをイライラしながら、その家の天井を見上げた。
 外から見た家は密閉されていて息苦しそうに感じたが、中は吹き抜けになっており、上の窓や横の大きな窓から光が入り、以外に明るかった。
 部屋の中心には石でできたテーブルがあり、その上に球体の下に足をつけたようなの形をした鉄製の置物があった。そこからであろうか。その鉄球の入れ物から白く濃い煙が出てきて、部屋全体がその煙に包まれていた。
 床は不揃いの大きさの石が埋め込まれていた。その上には青年の太ももの高さまである大きな壺がいくつも並んでいた。
「でか…」
「あら、やっぱり蛙さんも気になるのかしら?」
 目の前に小麦色の肌、金色の眼と金色のウエーブ状の長い髪をした女性が立っていた。歳はヨダカより少し若く見えた。その女性は裾が広がった白いワンピースを着ていた。その胸元は、彼女のために開けられた様に谷間がよく見えた。
「あら、これが気になる?これはサンムトリで作られた壺で、カスケとというアーティストが作った作品なの。鱗の様な、渋い柿の木の様な風合いが特徴よ。で、こっちがミスターナラオの作品。彼の作品は白樺の様な風合いでこの朝露の様な白さが特徴なの。あ、で、これはセンダードのこけしで、この絵柄は特別に描いてもらったのよ。この目を見て。綺麗な緑色でしょ?あ、これはモリーオの南部鉄器…」
 その胸の大きな女性は何も聞いてはいないのに飾っているものを一つ一つ説明し始めた。
 内壁も外と同じく白い壁で統一され、そこにも様々な絵や勲章が飾られていた。その中に、若い女性と男性、そしてその二人の子供らしき男の子が描かれた肖像画があった。その描かれた女性の顔付きは、飾っているものをいちいち説明している目の前の女性に雰囲気似ていた。しかし、肖像画に描かれている女性の肌は白く、眼や髪は先ほどの店主の翡翠色の眼の色によく似ていた。
「あ、これが、農地管理証明書および農園経営許可証明書。別にこんなもの必要ないのにね。ラユーからもらったのよ。これがないと農場を経営しちゃいけないらしいのよ。あ、で、これがクゥージ✳3の琥珀でできた指輪…」
 彼女の説明はまだ続いていた。蛙は少しつまらなく思い始めた。このままだと、彼女の家具の自慢話だけで一日が終わりそうな気がした。蛙は仕方なく、青年のフードに戻ろうと思ったときだった。
「あら…まずいわぁ」
 女性が何か声を出した気がした。蛙が振り返ると彼女の顔の皮膚が下がり始めた。
「いやだわぁ」
 彼女は嗄れた声を出した。その髪の毛の色は金色から少し濃い緑色の髪の毛と白い毛が交じった髪の毛の色へと変化していった。
 だが、そこに立っていたのは先ほどの女性だった。髪の色が代わり、一回り小さくなった初老の女性がそこに立っていたが、その服と大きな琥珀の指輪はさっきの若い女性が身に付けていたもののままだった。
 老女は震える手でお香の隣にあった紙で作られた箱を探り始めた。そして彼女はその中に入っていた小瓶を手に取ると、その蓋を開けた。
 蛙は目を見開いた。彼女の背後で何かわからなかったが、うねうねと動いた。そして、その金色のうねうねは彼女を包み込んだ。
「…初めて見た」
 蛙は青年に囁くようにいった。
「貴方といるときは…」
 そのうねうねから若い娘の声が聞こえた。
「麦の一族の若い娘でないとね」
 そこには老女の姿がなく、目の前には先ほどの若い女性が立っていた。
「マダム…スラの使いすぎはあまりよろしくありません…」
「ヨダカ。『マダム』ではなくて『オツベル』と呼んで」
 オツベルはそういうと背筋をピンッと張り、外套で隠れたヨダカの口を人差し指で抑えた。
 蛙は目をパチパチさせた。
 目の前の女性は顔の大きさが変化なかったものの、その顔からシワがなくなり、元通り肌は小麦色、眼と髪の色は琥珀の様な金色へ変わっていた。
「いえ。客と商人なので…」
「あら。堅いのね。まぁいいわ。貴方にお願いがあるの。でも、その前に前回発注した分をお願いできるかしら?よっこらしょ」
 そう言うと女性は先に座った。するとハッとした顔になり、直ぐに立ち上がった。
「あら、やだ。いつものクセで…さあ座って」
 若い娘は慌ただしくスカートを払うとヨダカにお茶を注いだ。
 蛙は彼女に違和感を覚えた。確かに見た目はヨダカやポウセより若いのだが、行動や仕草が歳一つ一つが見た目に合ってない気がしてならなかった。
「失礼します」
 ヨダカは脚が鉄で座る部分が木になっている椅子の隣に薬箱を置いた。
 カジカは慌てて彼が置いた薬箱の上に跳び移った。
 そして青年は外套をはずし、隣の椅子に置いた。
「では、まずは前回発注の商品の確認をお願いします」
 青年は、薬箱から少し大きめの封筒とそのテーブルにのっている紙で出来た箱と同じような箱を取り出した。
 蛙は様子が気になり、再び青年はの肩へと登った。
「では。今回これが前回発注されたものになります。右側から。これが麦の一族15歳から20歳のもので1本160テールのものが2本。こっちが、オリザの一族20歳から30歳のもの、200テールが2本、これが…」
 青年は、封筒から紙を出し、紙の箱に入った小瓶と比べてながら、中のスラ種類と年齢について説明し始めた。
「合計8本、970テールになります」
「1000テールしかないわ。お釣をお願いできるかしら?」
 女性は100テールのお札を10枚出した。
「カジ」
「あ…うん」
 カジカは急いで青年の肩から降り、薬箱に入っている巾着袋に入っている10テール札を3枚出した。
 カジカは何となく改めてその巾着を見た。赤紫のビロード地に蔦が白い糸で刺繍されていた。
「カジ?金無いか?」
「あ…ごめん。はい」
 蛙は青年が伸ばした手に渡した。
「すみません。あとここにサインをお願いします」
 蛙は同じく薬箱に入っていたペンを青年の手に渡した。
「オツベルさん?」
 そこにオツベルの姿がなかった。
「やっぱりすごいわねぇ」
 カジカはその声に振り返った。
 そこにはオツベルの顔があった。
 蛙は少しドキッとした。目の前の女性は一人の少女の様に見つめていた。
「私、蛙が大好きなの。昔、オリザ畑でよく捕まえに行ったものよ。種類は全く別の蛙さんだったけど。夜遅くまで、遊んで…親によく怒られたものよ。へぇ。やっぱり、使い魔になるといろいろお手伝いするのね」
「えぇ」
 青年は苦笑いを浮かべた。
 女性は青年からペンを受けとるとその紙に名前を書いた。
 青年はありがとうございますと、言い、封筒にその紙をしまった。
「で…お願いというのは…」
 青年は苦笑いを浮かべながら女性からペンを受け取った。
 だが、女性の表情は少し硬かった。
「『白の…』…『白の一族』のスラが欲しいの。それも大量にね」
「大量と言うのは?」
「今まで、様々な一族の若い娘達のスラを仕入れてきてもらったけど、それをやめて、全て白の一族の20代前半の娘にして欲しいの。それも4時間分毎日。」
「『白の一族』のみ、毎日ですか?」
「えぇ。そうよ」
「……それは少し無理が…」
 ヨダカは渋った声を出した。
「無理?なぜ?」
 女性はその美しい顔に眉間を寄せた。
「…『白の一族』のスラ自体、入手が難しいからです。…彼らがナスタ(森)に住んでいることは分かっているのですが、一体森の何処に何人の白の一族が住んでいるのかが未だに分かってないからです。それに…毎日となりますとマダム、身体に負担がかかりすぎます」
「……」
 女性はヨダカを少し睨む様な顔をして爪を噛んだ。
「いや、別に毎日、4時間ではなくていいの。2時間とか1時間…それなら大丈夫でしょ?」
「時間は関係ありません。例え1時間としても、一応、売り手としては、今まで通り、一日1回、週1~2回をお奨めします」
「そう」
 女性は深くため息をついた。
「貴方なら、私のお願いを聞いてくれると思ったのに…」
「申し訳ないです」
「だけど、出来るだけお願い。その分はちゃんと払うわ」
「…はい。では」

 ✳✳✳

 駅の通り。アセチレンの青白い光✳4が各店に灯り始めた。
 即席で作られた店から笑い声と陽気な歌声が聞こえた。
「オツベルときたら大したもんだ」
 その中の一店から低い男性のダミ声聞こえた。
「あれだろ?稲扱器(いねこきき)なんて六十なん台もあるんだろ…」
 その隣にいたもう一人の男性が口に酒を含みながら答えた。
「それは…」
「いらっしゃい」
 そこに黒い夏外套に黒いズボンを履いた若者が立っていた。
「すまないが、麦焼酎と焼鳥を。あと歯がない子供がいるんだが…何かないか?」
 ダミ声の男は青年の足下を見た。足が二本にしか見えなかった。だからといって背負っている訳でもなさそうだった。青年は何か後ろに四角い箱のようなものを背負っていた。
「酔い醒ましのオリザのお粥がありますが?」
「それでいい。あとすまないが、その焼鳥をオリザの粥に細かく刻んで入れてくれないか?」
 青年は焼かれている鶏肉を指で指した。年齢は二十歳前後に見える。
「いや。器に入れなくていい。これに入れてくれないか?」
 黒髪の青年はその箱の上の部分を茶筒の様に開け、木でできたお椀の様なものを出した。
「あいつ、絶対オツベルに媚びているぜ」
 隣にいた男は笑いながら言った。
「そうだよな。駅が通ったとはいえ、白の一族(ナスタの野郎)が来るなんて珍しいからな」
 男は、隣にいた男のことを思いだし、相槌をうった。
「失礼。その話混ぜてもらっていいでしょうか?」
 お粥を貰っていた黒髪の少年が微笑みながら目の前に立っていた。
 最初、無表情で抑揚のない声を出していたように感じたが、よくよく見ると笑った顔はそこら辺の好青年のような優しそうな顔つきをしていた。
「カラスの一族のにぃちゃんか。いいとも」
 青年はダミ声の男隣に座った。男は上の前歯は一本欠けた歯を見せながら、ダミ声でガハハと笑った。シワを寄せたその顔は大きく、まるで蒸しすぎた饅頭の様だった。
「立派な牛ですね」
 青年は店の外を見るように言った。
 そこに体躯の良い黒い牛が屋台に繋げられていた。
「ああ。こいつか。ここモネラは農業をやる奴らが多いからな。田植えの時期が来たら貸してやってるだ」
 男の欠けた歯からヒューヒューと酒の臭い息が漏れだしていた。
「うっ」
「ん?何か言ったか?」
 ダミ声の男性は後ろを振り返った。
「ん?どうした?」
 隣にいた顔の細い男が目を大きくして聞き返した。
「はい。お待たせ。モネラのオリザで育てた鶏だよ」
 青年の前に茶色い透明なソースが絡まった鶏肉が出された。
「あ…で、その牛オツベルさんにも貸しているんですか?」
 青年は後ろのフードを弄りながら訊いた。
「気のせいか…ああ。え?なんだい、オツベルを知ってるのか?」
「薬屋なもんで…いつもオツベルさんにお世話になっておるもので…」
「そうかい。薬屋かぁ。オツベルのバーさんはいくら薬あっても足らねぇな。って、俺もにぃちゃんみてぇに若くねぇから、二日酔いの薬でもいただこうかね」
「ええ」
 青年は苦笑いを浮かべた。
「おいおい。にぃちゃんの質問に答えてないじゃねぇか…」
 隣の顔の細い男性が大きな金色の眼をまばたきさせながら言った。
「おっと忘れてた。で、いくらだい?」
「2テールで」
「安いじゃねぇか。ついでだ、こいつの分も貰おう」
「おい。酔いが回りすぎて、まともに答えられねぇのかよ」
 隣の細い顔の男は饅頭の形の顔をした男に言った。
「ん?何か言ったか?」
「牛だよ。牛。オツベルに貸しているかどうかだよ。そこの青年が訊いたぁ」
「おっと。忘れてた」
 男はまたガハハと笑った。
「まあな。オツベルはモネラで一番の大地主だからな。まあ、あんな金持ちじゃぁ、白の一族坊やもそりゃ、媚つくわな」
「白の一族の坊や?」
「ほら、森に住んでいるって言う…あの白い髪に白い肌。間違えねぇ。白の一族だ」
 ダミ声の男は鼻から息を漏らした。
 青年はまた後ろのフードを弄った。
「そいつ、最近、オツベルうろうろしててよぉ。今じゃそいつがオツベルの家に出入りしてるんだよ。最初は出稼ぎ何かで雇われたヤツかなぁとは思ったよ。だけど、白の一族自体珍しいからよぉ。絶対、あの少年、オツベルをたぶらかしているぜ」
 ダミ声の男は硝子でできた小さなコップに口をつけた。
「ま。あんなバーさんのなにがいいのかね。まぁ。どうせ金が目的かなんだろうけどさぁ」
「そうだな。俺ももうちょっと若けりゃーオツベルなんかに雇われないで、オツベルをたぶらかして、甘い汁を吸いながら暮らしていたよ」
 細い顔の男もため息をつきながら、同じように小さなコップに口をつけた。
「ま。薬売りのにぃちゃんも気ぃつけな」
 青年は男のほうに振り返った。
「もし、ただの白の一族だったら関係ねぇけどよ。あいつが同業者なら仕事なくなっちゃうぜ」
 青年は、ああ。なるほどと、言いながら目の前の串に刺さった鶏肉を口にくわえた。
「白の一族と言えば…」
 鶏肉を焼いていた店主が布で手を吹きながら言った。
「ん?何だ?」
「いや。ずーと前の話ですよ。十何年前ぐらいの。十日余りの月の晩✳5でしたかな?そこの駅の近くで赤い服を着ていた白の一族らしき子供が立っていたですよ。あの頃、街灯が駅の近くぐらいしかありませんでしたからね。その子、月夜に光る雪のような美しい髪をしてましたよ」
「その子はそのあとどうしたんですか?」
 黒髪の青年はすかさず訊いた。
「いや。あの晩だけでしたからね…そのあと見かけることはありませんでした…」

 ✳✳✳

「待ってたわ」
 オツベルはその男に語りかけた。

ヨダカ 第三話 オツベルとハク①

✳1沼畑…田んぼ ✳2オリザ…お米つまり、稲のこと。(『グスコーブドリの伝記』(新潮文庫 新編 風の又三郎 注解)を参考にしました)
✳3…今回、琥珀の産地として岩手県久慈市を勝手に参考にさせて頂きました。「クゥージ」という名前は、私がエスペラント語(人造言語、国際共通語)を全く理解してないため、他の地名、センダード(仙台)、シオーモ(塩竃)などを参考に作りました。
✳4アセチレンの光…カーバイトランプのこと。宮沢賢治作品には、アセチレンランプをはじめ、石油ランプ、電灯など様々な光が使用されていることに注目したいと考えます(。ごめんなさい個人の意見です)。カーバイトランプについては、私自身持ってないし、使ったことがないので、動画(⚪ーチューブ)での視聴を頼りに書かせて頂きました。光の印象としては、光があたっているところのみがはっきり明るく、それ以外は周りは全く暗い印象でした。ポラーノ広場、黄いろのトマトなどは「青い」という表現をされています。
✳5…とうかあまりのつき。旧暦で11日を指す。

※次回 第四話「オツベルとハク」②は未定です。ごめんなさい。

解説 カジカとナミダについて
 前回登場人物が一気に増えましたが、疑問に思う方もいらしゃるかもしれません。そう「カジカ」と「ナミダ」です。あれ?宮沢賢治にそんな登場人物いたっけ?(全部読んではないので私自身多分なんですが…。)実は、「ヨダカ」は最初、落書きから生まれた名もなきキャラクターでした。(ヨダカはヨダカと言う名前も付いてなかったってことです。)当然、そこにストーリーも無く。とりあえず、黒い外套を着た青年と蛙。まぁ、落書きのため、ほったらかしです。ナミダも同じ頃、また同じく落書きで帽子を被った雫のタトゥーの少年でこれもほったらかし。しかし、ある時この外套の青年に名前付けるかと思い、付けたのは宮沢賢治にあるよだかの星の「ヨダカ」でした。(その時点でストーリーは無しです。)じゃあ、青年の肩に乗ってる蛙は?一緒に旅してそうだし…と言う感じで電子辞書を引っ張りだし付けたのは河鹿蛙の「カジカ」でした。そのまま、旅してそうと言う考えでストーリーを作り始めたのですが、旅なので、いろいろな人物を落書きしては、「ヨダカ」と「カジカ」と絡ませストーリーをなんとなく作っていました。そして、他にも絡ませようと、過去の落書きを見ていて、帽子の少年が目に入りました。そう「ナミダ」です。「ナミダ」も他の登場人物みたいにヨダカとカジカを絡ませていたのですが、単純に関わる脇役じゃないなぁと思い始め、コイツ(ナミダ)は味方の方だなと考えました。それで、涙のタトゥー付いているから「ナミダ」と名付けしました。
 因みにストーリーを考えているうちに、カジカは何処から湧いた!?ヨダカの収入源は!?旅してるのに薬の仕入れ場所は!?とわーわーやってるうちに生まれたのが、ポウセ&チュンセです。

ヨダカ 第三話 オツベルとハク①

ここから読んでも楽しめると思います。 多分…ここら辺で「スラ」について理解すると思います…。 しかし、次回作がまだ完成していないため、(しかもいつ完成かわからないです…)もしかすると中途半端に終わってしまうので、ご了承ください。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-07-20

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

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