指先のぬくもり
ちいさな手が、ちいさなちいさな手が、私の指を掴む。
指に絡むその手は、とてもあたたかくて。精一杯ぎゅうっと握ってくれていて。
薄れゆく視界と意識のなか、私は――
両親から暴力を受けて育った私には、親とはそういうものだという認識しかなかった。
どこの家もこうなのだと思っていた。
それが覆されたのは、小学校中学年のときである。
当時ひどく気が弱く、いつもおどおどして周囲の目を気にしてばかりいた私に、たったひとり、友達ができた。テレビの話、図書館で借りた本の話、将来の夢、好きなおとこのこ……まあ、私には好きなおとこのこどころか、誰とも顔を合わせられないようなありさまだったので、この話題は彼女の独壇場だったのだが、それでも私には、こうしてなんでも話し合える存在というのは、とても嬉しかった。
うちに遊びにおいでよ、と彼女は言った。学校だけでなく、放課後まで彼女と遊べることが嬉しくて、私は二つ返事で了承した。
書いてもらった地図を頼りにとなり町を歩くと、知らない景色にちょっぴり怖くもなった。でも、これから彼女と会えるのだと思うと、自然と足取りは軽くなる。ちいさくスキップしながら、友人の待つ家へと向かった。
「いらっしゃい、娘からお話は聞いているわ。どうぞ上がって」
玄関のチャイムを押すと、人の好さそうなおばさんが出てきて、私を迎え入れてくれた。二階からとたとたと足音が聞こえ、階段の先から友人がひょこっと顔を出した。可愛らしい、とてもおんなのこっぽい服を着ていた。
「来てくれたのね、ありがとう。待ってたよ」
彼女はそう言って、白い歯を見せる。
そのとき初めて私は、自分の格好が学校のときのままだと思い至った。汚れてもいい着古したシャツに、学校指定の上着を羽織っている。彼女の服と見比べて、なんとも言えないみじめさのようなものを感じた。でも私は彼女のような可愛らしい服なんて持っておらず、着替えてきたところで五十歩百歩だっただろう。
通された彼女の部屋もとても綺麗で、ベッドの脇に並んだぬいぐるみや、大きな本棚の半分を占める少女漫画、真っ白なレースのカーテン、そのどれもが彼女らしくて、私はひどく感銘を受けた。私なんて自分の部屋も与えられず、両親と同じ部屋で、なるべく彼らの気分を害さないよう、隅っこでびくびくしながら眠っていたから。
ふたりで話し込んでいると、おばさんがお茶とお菓子を運んできてくれた。この日、私が人生で初めて飲んだ紅茶という飲み物には、世の中にはこんな美味しいものがあったのかと声を上げて驚いたものだ。
そしてひとつ、疑問があった。
「ねえ、おばさんは今日、怒ってないみたいだけど、怒るとどうなるの?」
彼女に訊く。
「やっぱりいっぱい叩かれるの?」
その問に、彼女は「ええ、なんで?」と首をかしげる。
「ママは怒らないし、怒っても叩くなんてありえないよ」
今度は私が頭上に疑問符を浮かべる。
「え、でも私、いつも叩かれるよ? 殴られるし、蹴られるよ?」
もう冗談ばっかり、と笑う彼女に、私は自分の服をめくって見せる。
そこには――私の身体には、無数のあざが、傷が、生々しく、赤黒く点在していた。
彼女はひゃっと声を上げて飛び退り、それからぼろぼろと涙を流して泣き出してしまった。その声を聞いて飛んできたおばさんも、私の身体を見て、ひゃっと悲鳴を上げる。私はというと、どこのお宅のお子さんもこういうもの――傷だらけ、あざだらけだと思っていたので、彼女たちが何にそんなに驚いているのかわからなくて、ただただ黙ってふたりの顔を交互に眺めるだけだった。
それからしばらくして、知らないおじさんたちが我が家を訪れ、両親はどこかへ連れて行かれた。残された私はひとりで生きていくなんてできるわけもなく、遠くの親戚に預けられることになった。
もちろん転校することになったが、別に構わなかった。あの事件という認識すらなかった事件の直後から、私はまた、ひとりだったから。
これがいわゆる虐待というものだったと知ったのは、中学に上がってからのことだった。
私を引き取ってくれたおじさんおばさんは何も教えてくれず、実の両親のことも、急なお仕事で遠くに行って戻ってこられないなんて、今にして思えば程度の低い嘘に、私はまんまと騙されていた。
虐待について知ったのも彼らの口からではなく、テレビのニュースからだった。自分の子供を虐待して捕まった母親のニュース。そのとき初めて私は、ああ、自分が今まで両親から受けていた仕打ちはそんな名前だったのかと、そこでようやく思い至ったのだった。
それからは何事もなく歳を重ね――もちろん人生史上に残るイベントは何かしらあったのだろうけれど、これといって鮮明な記憶も感慨もなく、振り返ってみればあっという間の十数年を走り抜け、私は一児の母になっていた。
それなりに恋のようなものをして、プロポーズされたときは「まあ嫌いじゃないから別にいいか」と、そんなノリでOKし、仕事を辞めて家庭に入り、気がつけば娘がひとり生まれていた。生まれていたというか、私が産んだんだけど。
そして私は、実の娘を――嫌っていた。
「じゃあ行ってきます」
「いってらっしゃい」
旦那に昼食代を渡して玄関先で見送り、さて、朝食の食器を片付けようかと足を向けると、奥の部屋から唐突に、もはや慣れっこになってしまったいつもの泣き声がぎゃんぎゃん聞こえてきた。
瞬間にして沸点ギリギリまで上がった苛立ちを盛大なため息で外に逃がし、わざと大きな足音を響かせながら、私は声の主が待つ部屋へと向かう。
開けたままの入口をくぐると、そこは完全な別世界だった。
あらゆるものが旦那の趣味で揃えられた、目がチカチカするようなパステルカラーの世界。いかにも「赤ちゃんの部屋ですよ」と言わんばかりのグッズの数々。そう、ここは私の娘が占拠する部屋――水都ルームなのだ。
泣き声の主――水都は、何が悲しいのか、毎度毎度ミルクとおしめの二択のみで、四六時中泣きわめく。そのため私には朝も夜もなく、よって自分のための時間なんて作れるはずもない。せいぜい栞片手にちびちび読書するくらいだ。幼少の頃から培われてきたこの性格ではママ友なんてできるはずもなく、だからインターネットで調べた情報しかないのだけど、世の母親というのはこの状況が当たり前らしい。自分の時間を持つどころか、まともに眠ることすらできないこの状況が。
あほかと思う。
こんな状態を普通だと思い込み、盲信して、自分の人生を棒に振る――もう終わったと諦観する。悟ったつもりになって、育児に従事する。世の中の母親たちは本当にみんなそうなのかと、正気を疑いもする。それとも、自分の老後のための先行投資と割りきっているのだろうか。将来自分の面倒を見てもらうために、金のかからない介護士を今から育てているのだろうか。しかしそれはやはり、今の自分を捨てていることに変わりない。子供を産んだら、その瞬間に、自分の人生は終わるのだ。
……などと愚痴っていても、娘のシャウトが治まるはずもなく、私ははいはいとベビーベッドを覗きこんだ。
「どうしたの? ミルク? おしめ?」
声をかけてやると、とたん、水都はぴたりと泣き止んだ。私の顔へと手を伸ばし、「あーあー」とよだれを垂らす。
「なによ、どっちも違うんじゃない」
はあっと息を吐き、彼女の手を指先でつつくと、その指先をつかまれてしまった。よだれべっとりの手。こっちがあーあーだよ、まったく。
指を拭こうと引っ張ると、急に泣き出しそうな顔をするものだから、仕方なく、彼女が眠るまでそのままでいさせてやった。
このときすでに、私の中に黒い感情が生まれつつ――いや、蘇りつつあったのだと思う。
自分の子供の頃の記憶が、今度は自分が親として。
憎い。娘が憎い。腹が立つ。私の時間を奪ったこいつが許せない。
私はしだいに、水都に構わなくなっていった。
泣きたければ勝手に泣いていろ――生まれたときからずっと開け放っていた部屋のドアを、声にすぐ気づけるようにと開けっ放しにしていたドアを、私は閉じた。親の虐待を受けて育った子供は、自分が親になると、我が子を虐待する――インターネットで見かけたそんな記事を、後から思い出したけれど、だからどうしたとしか思わなかった。
だというのに。
水都は、笑うのだった。
死なれては困るし、夜は旦那の目もあるので、適当に、ランダムに、ミルクを飲ませ、おしめを替えてやるのだが、さんざん放置してやったというのに、水都は私を見て、一生懸命手を伸ばし、笑うのだ。母親のいじめなど受けていないとでも言うように。
いや、実際そう思っているのだろう。何もわからない子供にとって、親は絶対であり、すべてなのだ。私が親に虐待を受けてもそれが普通だと思っていたように。水都にとって、私はすべてなのだ。
「なんで……笑ってるのよ」
伸びた手に指を近づけると、彼女の手は、やっぱりそれをつかむ。ぎゅうっと握る。握って、笑う。
「無理だよ、もう。そんな目で見られても、私はあんたを幸せになんてできないよ……」
いまさらだ。さんざん悪いことをしておいて、いまさら良い母親になんて、なれない。
そして私は、事故に遭った。巻き込まれた。
日曜日、家族三人で近所の公園に出かける途中で、車同士の接触事故があった。ハンドルを切り損ねた一台の車が、こちらに向かってくる。声を上げることもできず、でも、先を歩く旦那と、ベビーカーで眠る水都だけは守りたかった。咄嗟に駆け寄ろうとする。しかし間に合わない。ああ、どうか神様……!
その祈りが通じたわけではないのだろう。だが、タイヤがスリップしたのか、車が方向を変えた。旦那と水都は、その進路から外れた。
よかった……。本当によかった。
そして私は、方向を変えたその車の横っ面に撥ねられ、硬いアスファルトに叩きつけられた。
お父さんやお母さんに殴られたときも、こんなには痛くなかったよなあ、なんて――なぜかそんなことを思った。
「おい、大丈夫か! 救急車……いま、救急車を呼んでやるからな!」
旦那の声がして目を開けると、青い青い空が広がっていた。雲ひとつない、と表現したいところだけれど、残念ながらいくつも浮かんでいる。でも、いい天気だ。こんないい天気の日だもの、たまには私もめいっぱい身体を動かしたい。運動不足を解消して、ちょっぴり気になってきたお腹のお肉をどうにかしたい。なのになんで――なんで、私の身体は動かないのだろう。
「救急車呼んだぞ! もう大丈夫だからな! ああ、その……大丈夫だからな!」
動かさないようにとでも電話口で言われたのか、旦那は私を心配そうに見下ろすだけだ。
平気だよって声をかけてあげたいけれど、息が漏れるばかりで、声にならない。
そのとき、視界の端から、泣き声が聞こえた。もはや慣れっこになってしまった、いつもの泣き声。
「み……と……」
どうにか息に声を乗せると、旦那は走って、ベビーカーから水都をだっこしてきてくれた。
水都、ごめんね。ごめんなさい。私は結局、最後まで、あなたを好きになってあげられなかった。そう接してあげられなかった。
腕を上げる。全身に激痛が走り、震えが止まらない。でも、手を伸ばす。
水都、あなたがそうしてくれたように。
一生懸命、手を伸ばす。
大きな声で泣き続けていた水都は、私の顔を見て、やっぱり笑ってくれた。
「やだ、よ……」
私の口から震える声が、嗚咽が、漏れる。
「やだよ……死にたくない……私、まだ死にたく、ないよぉ……」
これからなのに。これからやっと、やり直せるのに。
悪い母でも、これからやっと、娘と手をつないで歩んでいこうと思えたのに……。
そのとき。
ぎゅっと――上げた手の先に、感触があった。
目で追うと、それは水都の手だった。水都の、ちいさな手。
何を思って、ううん、何も考えていないのだろうけれど、それでも彼女は、私を見て、私の指を握って、笑っていた。
子供の頃の、両親の怒声が聞こえる。
――本当に気の利かないガキだ。使えない奴だ。お前なんか産まなきゃよかった。
たったひとりできた友達と、そのお母さん。
――あの子とはもう遊んじゃだめよ。うちにも連れてきちゃだめ。危ないから、学校でも相手にしないでね。
憶えてる。言われたことは、全部憶えてる。
でもね、そんな私にもやっと、笑いかけてくれる子ができたよ……。
ちいさな手が、ちいさなちいさな手が、私の指を掴む。
指に絡むその手は、とてもあたたかくて。精一杯ぎゅうっと握ってくれていて。
薄れゆく視界と意識のなか、私は、ただただ、彼女の幸せを願った。
指先のぬくもり
灯挨五十題 01.「指先の語り合い」 http://kisstocry.web.fc2.com/title50/title50-04.html