1、ボウイが絆?
一、夢につかまって
(ある日気まぐれに見た夢で人生が変わるなんていう事があるのだろうか。ただの夢で俺の人生が変わる?・・・あるわけないだろう。)
裕一はその日の明け方に見た夢に出会いたくて目を閉じてみた。不思議な事にあの夢が裕一をさらっていく。
(あれはあまりに鮮やかだった・・・なのにおかしな事にすべてが静かさに包まれていた。)
周囲の雑音が少しずつ遠のき、たったひとりの自分が見える。
(あれは真夏の焼け付く太陽の下だった。息をひそめたように静まりかえった住宅街の坂道の下に俺はひとり立っていた。下から見上げたその坂道はとてつもなく長い。こんな暑い日に登るなんて気が重くなる。
ましてこの坂の先にこれという目的もないのならばかげた行為としか言いようがない。アスファルトは強い陽射しを受けてあたり一面を真っ白に染めていた。ただ俺は何故か登らなければという気がしていた。何かが俺をせきたてる。――とにかく足を前に踏み出せと。一歩、二歩。
ひと足ごとに汗が流れる。俺はそれを拭きもせずただ足元だけを見つめていた。まるで踏み出す足の確かさ、力強さを感じようと
するかのように。それから・・・そうだ。ちょうど坂の中程まで登った時だった。俺は始めて足をとめて坂を見上げたんだ。
あの時だった・・・俺は確かに見た。真っ白な夏の中で誰かが俺に手を振っていた。しなやかに、そしてはかなげに。
俺は目を凝らしてそれが誰なのか確かめようとした。でも光が眩しくて顔がよく見えなかったんだ・・・だけどあれは間違いなくあの人だった。
俺はどうして彼女がここにという驚きと、走って行って確かめたいという欲求に心がざわついて一瞬目を閉じてしまった。
それが失敗だった。あの時目を閉じてはいけなかったんだ。次に坂の上を見た時にはもうあの人の姿は消えていた。いつもそうなんだ。チャンスを逃してしまう。まったく。ただ、あの一瞬で俺は気付いた。俺はあの人に恋をしていると。
そして・・・そこで夢は途切れ、結局いつもの朝が始まっていたんだ。)
目を開けると現実が裕一を吸い込んでいく。朝のうんざりする風景が頭をよぎる。
混みあう電車に埋もれている自分。会社への同じ道。そして今は楽しくはないけれど妙に平和な昼休み。
裕一は平和と平凡がごちゃまぜになった根拠の無い安心と退屈に髪をかきむしり思わず呟いた。
「このままじゃだめだよな、俺。」
そのありふれた言葉が今の自分にあまりにぴったりあてはまる気がしてもう一度髪をかきむしると大きな溜息をついた。
(仕事への思いも以前に比べたら中途半端な気もするし、恋愛もそこそこの熱さばかりだった。なかなか考えた様にはいかないもんだ。まあ、それが大人の常識だ。それにしても俺が麻奈さんに恋?
俺は三十二歳で彼女は確か四十五歳?・・・俺はどうしたんだ。ありえないだろう!ここまでなんとなく普通に漂ってきたこの俺が!。
離婚してまだ数ヶ月、これから先の人生などまるで考えられなくなっている彼女。万一俺が彼女と結婚すると言ったら――お袋は寝込むか半狂乱か。
ただ、どういうわけか俺は確信している。彼女が必要なことを。一緒に生きていくのは彼女しかいない。ああ、俺は変だ。んんん、わからねえ。)
裕一はそんな自分に戸惑い、頭と心がバラバラに動いている気がした。
その一方で何故かバランスを失った自分の中にうっすらと強さが見える。あと一歩で何かが開けて行く様な期待感にも似ている。
(あと一歩・・・どこに向かう一歩だ?どちらにしても俺は変わる必要があるということか。)
そんな裕一の背中を押す様に頭の中を昔好きだったデヴィッド・ボウイのチェンジズが走り抜けていった。
1、ボウイが絆?