黒衣を纏いし紫髪の天使

 極苦と申します。今回、ファンタジー系の小説を投稿させて頂きました。今作は人間と亜人間が交わる世界観で、国家による規律によって差別化された両者の世界を描写しました。

 その世界で、ヒロインのリディアは父親が失踪したと言われるとある神殿に赴く為に、自身に降りかかる脅威を切り抜けます。特殊な力を使う姿が読者さんの方々に響けばそれほど嬉しい事はありません。

第1節 ≪参上! 黒を纏いし女神!≫


人間は記憶力を持つ生き物だ。恐らく、他の動物達と比較しても、その機能の高さは注目すべき性能である。

過去があるからこそ、現在があるし、現在があるのは、過去の出来事の積み重ねである。

未来へ進む為に、過去をいくつも繋ぎ合わせて、そして自分の成長を促さなければいけない。

ふとした時に、うっすらと過去が脳裏に浮かび上がる事がある。

そう。とある者の脳裏に浮かんだのは、自分の父親が旅立つ為に、家を出て行ってしまう場面だった。



「父さん……ホントに行っちゃうの?」

 まだ10代に入ってから間もないと思われる幼さの見せた女の子が玄関の前で、防寒具のようにコートを着込んだ男を見つめていた。女の子の後ろには、女の子と同じ色の髪をした女性が立っている。きっと母親だろう。

 男は、この玄関に入ってすぐに目に入る茶の間の空間から、別れを言い渡そうとしていたのかもしれない。

「そうだよ。父さんはなあ、どうしても調べに行かないといけない場所があるんだよ。お前達には悪いけど、これはこの世界の為でもあるんだよ」

 揉み上げから、口の周りにまでびっしりと生えた頭髪と同じ色の茶色の髭の男、恐らくは父親であるのだろうが、男は、紫色のポニーテールの女の子の頭に手を乗せながら、自分に課せられた重大な任務である事を伝える。



「世界の為……なの? 父さんじゃないと駄目なの?」

 女の子はまるで自分の父親に決定されている事を恨むかのように、表情を暗くしてしまう。年齢の関係か、幼さばかりが表れており、父親の為に力になるにはまだ早過ぎるし、例え自分の頭に乗せられた父親の右手を自分の顔の前に持ってきて握ったとしても、幼さから来る弱さは拭い切る事は出来ない。

「悪いな。これは父さんに課せられた使命なんだよ。だけど、必ず帰ってくるから大丈夫だ」

 もしかしたら自分が命を落としてしまうのでは無いかと悪い想像をされてしまったのだろう。だからこそ、自分自身が強い存在である事を、再度自分の娘に確認させてやった。父親が娘に心配をされていては、それは情けない話であるのだから。



「リディア、駄目よ。父さんはお仕事なんだから。貴方、家の事はあたしに任せて」

 女の子と同じ色の髪、髪型はセミロングの女性、きっと母親なのだろうが、一度リディアに言い聞かせた後、今度は自分の旦那に対して、安心して旅立っても良いと母親としての包容力を持った声で伝えた。

「おう、頼むぞ。お前がいないとリディアだってしっかりした生活が出来ないからな。それじゃ、おれはそろそろ行ってくるよ」

 父親と比較して、母親は随分と若く見えるが、それは父親の方が顔中髭だらけだからであり、女性という事もあって髭の一切無い母親の方がどうしても若く見えるのは当然の事だろう。

 父親は大切な妻に向かって、手を持ち上げて挨拶を動作で見せると、そのままドアに手を伸ばす。



「父さん!! 絶対帰ってきてね! 帰って来なかったら……私が迎えに行くからね!!」

 ドアを開いて外の世界へと旅立っていく父親の背中を強く見つめながら、本当に実現が出来るのかどうかも疑わしい事を叫んだ。

 そうである。リディアはもうこの歳の時から、ただ待っているだけの弱い存在である事を否定していたのかもしれない。



――それから、数年の歳月が流れ……――


 時はまだ太陽が沈むには早過ぎる時間である。気力が尽き、寝床に進むにもまだ早過ぎる時間である。子供であれば、まだまだ外で走り回って遊ぶ時間である。

 見晴らしの良い林の中に、太陽の光が差し込んでいる。葉と葉の無数の隙間が、不思議な影の形を作り上げている。時間や風の流れによってその形は無限の組み合わせを見せ付ける。木々が生きている間に繰り返されるその呼吸が、この空間に新鮮な空気を送り続ける。

 自然の象徴の1つであるこの林の中で、今は、真っ直ぐに言わせてもらうとすると、とあるならず者の3人組が、2人の少女を囲んでいる所である。自然が生み出した空間で、心に(けが)れが染み付いている者達が自分達より弱い者を狙っていたのだ。



         ―― ならず者は、弱者を狙うからそのような不名誉が与えられるものだ…… ――

            ―― 相手が少女であれば、尚更強気になってもしょうがない ――



「よぉよぉ姉ちゃん達よぉ? 持ってんだろう? 金目のもん」

 男にしては、やや多いと思われる露出の目立つ上半身の服装の男が、大木に背中を当てながら震えている少女2人に攻め寄っている。言葉の中身通り、目的は相手の財産である。

「いや……来ない……で……」

 素朴な村娘を思わせるような質素な服を着た女の子の1人が恐怖で声を震わせる。今口を動かしたならず者の後ろにも、2人の似た性質の男がいるのだ。



「おれらが正しい使い方してやっからよぉ? 姉ちゃん達が持っててもしょうがねぇんだよ」

 後ろにいた2人も一緒に攻め寄り、そして腰に装着しているナイフをさり気無くちらつかせながら、金品の存在をいかにも自分達の都合に合わせるかのような言い分をぶつける。当然この男の言い分に賛成する要素は無いだろう。

「嫌です……来ないで……ください」

 男の自分勝手な理屈に反発しようとするが、怯えてしまい、それを真っ直ぐに、そして強気に対応する事が出来ずにいる少女は自分の胸元を強く握り締める。



「いいからさっさとよこせよ。こっちは生活に困ってんだよ」

 生活の問題は恐らくは自分自身が原因だと思われるが、少女2人が言いなりになってくれない事に対して苛々し始めたのか、太った体質の男が実際に少女の身体を乱暴に掴み始めた。

「いや! 来ないで!」



「ゴチャゴチャ言ってねぇでさっさと寄越――」

 太った男が殴りかかろうと右腕を後ろへと引いたその時である。

 一閃の光が右カーブを描きながら、少女達が背中を預けていた木の背後から飛んできた。



――ガスゥウン!!!



 激しい音を響かせ、男を力任せに押し飛ばした後に、今度は左カーブでまた同じ光が男を襲う。

 再び激しい音を響かせるが、光が消えた時、今度はそこに何かがいたのである。2つ目の光と、最初の光の違いはそこである。

 光が弱くなり、完全に消えたそこにいたのは、1人の人間であった。まるで敵を殴り飛ばした後のような構えを継続させており、そして攻撃に使ったであろう右手の先には、電撃が纏われていた。



「正義の女神参上!! ってね!!」

 すっと真っ直ぐ立つ体勢になり、先ほどの速度と、幾らかの荒々しさを持った攻撃をした者とは思えないような非常に澄んだ高い声色で、ならず者3人衆に向かって、その者は言い放つ。多少無理に格好を付けた形にされているが、これぐらい気取らなければ戦えないのかもしれない。

 儀礼用を思わせる衣服、水色に近い白の袖の長いインナーと、その上に纏ったやや薄い黒のベストが特徴的である。ベスト自体はそれなりに隙間が多く、腹部と胸元、そして袖無し(ノースリーブ)のように腋から先は無く、両腕は白のインナーで覆われているのが分かる。隙間の奥に移るのは、白のインナーである。

 腕は二の腕中間から手首まで黒いアームカバーで覆われており、腕の先端、即ち手は薄緑の色をした手袋で保護されている。細かな作業も出来るであろう機能面でも優秀な素材として見て間違いは無いだろう。

 黒いベストのその色と対照的なそれを見せていたのは、下半身の服装である。真っ白、純白とも言うべきかプリーツの入った丈の短いスカートで、更にその下は、インナーの色と同じく水色に近い白のニーソックスである。ベルト等で締められているのを見ると、やや厚手な作りなのかもしれない。そして黒いブーツで下半身の装備を決定させている。



 そして、黒いハットの下に写る容姿は、鼻から下を黒いマスクで覆っている為、その全てを今は把握する事は出来ないが、水色に近い青の瞳は、表向きは優しさを見せながらも、その奥には何かを護る為に強くなければいけないという何か硬い意志が宿っているようにも見られる。

 黒いベスト、黒いハットとの色の差をうっすらと見せているポニーテールにした髪の色は紫であり、一瞬見ただけではハットと髪の色が同じに見えてしまうかもしれないが、実際には区別されているのである。その髪も、なんだか2人の少女の盾となってくれたこの者の心に秘めた何かを表しているようにも見える。

 この者は、顔こそは隠しているが、服装や声色、そして瞳から放たれる可愛らしさから、女性であるとして間違いは無いかもしれない。



「いってぇなぁ……こいつ。なんだお前は」

 先ほどの光で2度打撃を与えられた男は、直撃したのであろう左腕を乱暴に振って痛みを紛らわしながら、目の前に現れた黒い服装の女性を威圧的な目で捉える。身長は、金品を巻き上げようとした少女達より僅かに大きい程度だが、男と比較すれば小さい部類に入る。

「さっき言ったと思うけど、正義の女神、よ!」

 マスクのせいで表情の変化を上手く把握する事は出来ないが、明るさをアピールするような口調から察知すると、ひょっとしたら裏では笑みを浮かべていたのかもしれない。だが、その一歩踏み込んだ様子を見ると、まるで自分がこの状況を打破してやるとでも言っているかのようでもある。



「なんだお前!? 外野のくせに邪魔しやがって! 殺されたくねぇならさっさと帰った方がいいぜ?」

 自分達の計画が邪魔されてしまうのだから、男達もこのまま黙っている訳にはいかないのだろう。本当は金品だけを奪い、そのまま立ち去ろうというのが男達の当初の目的だったのかもしれないが、今は本当の意味で殺害してやろうという感情も出来上がってしまったらしい。

 証拠に、痩せ型の男がナイフを取り出し、黒いベストの女性に向ける。

「それは出来ないよ? だって、私がいなくなったらこの子達からまた奪ったりとか、するんでしょ? それに、私の事本当に殺せると思ってる?」

 ナイフを確認して少しだけ自分に危機感を覚えた可能性があるが、それでも黒いベストの女性はここから逃げ出すような真似はしなかった。それ所か、瞳に勇気を与えながら、今自分がすべき事に着目する。

 それに、先ほどは光と共に男に2度、攻撃を加えている身である。自分を護る術は身に着けている事だろう。殺すと言われたとしても、逃げ出す訳にはいかないし、そして逃げようという選択肢を選ぶ事もしない。



「あぁ? てめぇなめやがってこの野郎。見た感じてめぇもただのガキみてぇだなぁ? あんま俺らん事怒らせたら損すっぜ?」

 この黒いベストの女性は、女性というよりはまだ少女と言った方が良かったかもしれない。ならず者の1人がその黒いベストの女の実年齢を大体把握するなり、今の自分の行動が将来的に不利益になるという事を教えてやろうとする。

「そんな暴力に任せた威圧的な言葉でこっちが納得すると思ってるの? 悪いけど、この子達はほっとくなんて出来ないし、まあ、そっちが引いてくれるならそれで解決してくれるし、しないっていうなら私だって黙ってないよ?」

 黒いベストの少女は、一度後ろにいる2人の女の子に視線を向け、すぐに正面に向き直すと同時に、まるで体術戦でもするかのように、右腕を引いて構えの体勢を作る。再び握られた両方の拳に電撃が走り出す。

 見知らぬ者とは言え、目の前で困ったり、怖がったりしている者を見捨てるという弱い心はこの少女には無かった為、自分に何かしらの痛みが走る可能性があるにしても、ならず者を放置する事は出来なかったのだ。いつでもこの少女は戦いに入れる状態だ。



「さっきから聞いてりゃ生意気ばっかほざきやがって。じゃあまずお前から奪い取ってやろうか? 折角だから身体も頂い――」

 突然表れた女の子に良い感情を一切出す事が出来ず、そして視線を僅かに下に向けて大き過ぎず小さ過ぎずと言った感じに膨らんでいる胸部を見つめた男は、少女ならではの価値のある部分を狙ってやろうとナイフを腰から素早く取り出し、それをそのまま黒いベストの女の子に突き出すが、その時である。

――ドスッ……!!



――上段回し蹴りが男の横顔を鋭く捉える……――



「うぐっ……!!」

 身長差をものともさせないようなアキレス腱の柔らかさを携えた黒いベストの少女の蹴りが男の顔を横殴りにし、ふらつかせる。力が抜けた影響か、男は思わずナイフを地面に落とすが、倒れるには至らなかったようである。

「やっぱり無理か……。こんな程度じゃあ」

 少女としては蹴りにはある程度自信は持っていたのかもしれないが、相手は見るからに筋肉で覆われた肉体の男である。たかが女の子程度の物理的な力では厳しいのかもしれない。

 だが、男にはまだ2人の仲間がいる。状況的には少女が有利になっているとはとても言えない。



「こんガキがぁ! てめぇマジで死にてぇみてぇだなぁ!!」

 暴力に任せた荒々しい怒鳴り声を撒き散らしながら、男2人はナイフを取り出し、力と威圧感で黒いベストの少女に襲い掛かる。

「後で泣いても知らねぇぜ!!」

 泣かすというよりは命を奪うと言った方が正しかったのかもしれないが、自分の仲間に手を出したからにはただでは置かないとでも言わんばかりに、少女にも同じように痛い目を遭わせてやろうと、2人の男がまっすぐに少女を捉える。



 しかし、その非常に短い距離から自分を襲おうと迫ってくる男を2人、前にしていても、黒いベストの少女はまるで怖がる様子を見せなかった。

「私そういう理性の感じられない暴言が大っ嫌いだってのを教えてあげるよ!!」

 黙っていれば相手の思い通りにやられてしまう。思い通りにさせない展開にする為には、黒いマスクの下で相手に絶対に負けない、屈しないという表情を作らなければいけない。少女は油断という負けを誘う言葉を脳内から取り払っていた。



――両腕に電撃を溜め込み……――

――自身の能力で右へと滑り込む!!――

男達の視界から消えるかのように、そして目にも止まらぬ瞬発力で右へと瞬間移動し、男達を惑わせる。
だが、男達は見失った訳では無く、自分達から見て左方向へと逃げた事だけは記憶に残している。

男達が向くのは、当然左である。

「あの野郎逃げやがっ――」



左を振り向いた瞬間に、腕に電撃を纏わせている敵対者が高速で向かってきている事に気付く。
迎え撃とうと体勢を用意するには、時間が無さ過ぎた。

「うっ……!! ぐぅあっ……!!」

男の腹部に突き刺さる、3連発の拳による突きが男の行動力を大きく奪う。
1発毎に男を怯ませ、攻撃を受けた怒りを反映させた反撃を受ける前に、少女は別の行動へと移る。



――もう1人の男を標的として捉える!!――

自身を光へと変えるように、曲線を描きながら、高速の体当たりをブチ当てる。
最初に男達の前に現れる時に使ったあの攻撃である。

まるで同じ姿形の少女が2人いるかのように、同じ場所からの光の体当たりを2度、繰り返す。曲線の方向はそれぞれ左右逆に。

「うぐっ……!! こい……こいつ……!!」

自身の身体に走る鈍痛のせいで、たかが少女である相手にまともに反撃が出来ない事に、ならず者は悔しさまでも覚え始める。



「全然話にならないよ! そろそろ降さ――」

光の体当たりを解除し、自分の黒いベストの姿を現す。
男達に降参しろと背後を振り向いて言い放つが、横から異様な殺気を感じ、青の瞳をそちらへと向ける。

「さっさと死ねやぁ!!!」

太った男は、地面に落ちていた大型の石、大の男が握る拳の2倍程の大きさのそれを持ちながら、それを少女にぶつけようとする。
叩きつけると表現した方が正しいのかもしれないその攻撃を、女の子の顔面に向けて繰り出す。



――回避するには間に合わず、別の手段を咄嗟に考える――

「危なっ……!!」

顔面を狙われているなら、顔面を護らなければならないし、それで意識が飛べばおしまいである。
両腕で硬く顔面を護り通すが、ただ腕で護るだけではなく、うっすらと赤い色を帯びた光が反射している。

何かバリアのようなものを張っていたのかもしれない。
それはしっかりと少女を保護し、男が武器として使っていた石を砕いてみせる。



――しかし、脅威はこれだけでは終わらない――

「ははははは!!! お前ら下がってろ!! 蜂の巣にしてやっからよぉお!!」

少女から少し離れた場所で聞こえた、男にしてはややトーンの高い声色。
3人の男達とは質の異なる声からして、いかにも違う風格を思わせるが、所持している武器も事実、異なっていた。

白のスーツを纏った赤髪のモヒカンの男が所持していたのは、アサルトライフルである。

きっと付近で見張っていたのだろう。銃口は少女に向けられており、そして、この男の言葉通りに、銃口が吼え始める。



「!!!」

その突然現れた男に、その存在と、所持している武器に驚いた少女に向かって飛ばされるのは、鉄の洗礼である。

――ダララララァア!!!

黒いブーツの周辺を狙い、白いスーツの男はアサルトライフルを吼えさせる。
(もてあそ)ぶつもりだったのかもしれない。
わざと足元を狙い、相手の感情に怯えを生じさせようとしたのである。

しかし、肝心の少女は心に過剰な戸惑いは生じさせてはいなかったようである。

冷静に跳ぶような動作で交代し、次に自分がどのような状況分析をすべきか、モヒカン頭の男を凝視する。



「ちょっと危なかったけど……。次は誰!?」

弾丸を受ければ、確実に少女は良くて重症、最悪な場合は命を落としてしまっていただろう。
だが、怯えている暇は無い事をしっかりと把握しているからか、下がった後も、戦いの体勢は崩していない。

距離を取った状態で、少女は目の前のアサルトライフルを持った男にいつでも対応出来るよう、神経を集中させる。



「強気だねぇお嬢ちゃん。ん? お前……なんか高く売れそうな奴じゃねえかよ。死なねぇ程度にいたぶ――」

少女の青の瞳は、相手の人差し指、即ち引き金(トリガー)を引こうとする動作を見逃さなかった。
自身の危険を察知した少女は、距離が空いているその場所で、反撃の手段を即座に用意する。

―ピュゥウン……!!

一発の光が少女の右手から投げ飛ばされ、それは男のアサルトライフルに命中する。

「ふん……。妙な力を使いやがるか……」

武器を持つ腕に衝撃を加えられながらも、妙に冷静に少女の能力を見つめている。
怒りを露にする訳でも無く、まるで少女の力をわざと自分で受けているかのようにも見える。



「誰が思い通りにさせるの!?」

銃口が自分の方向から反れた事を確認するなり、少女はおぞましい武器を持った相手に向かって、高速移動を発動させる。
男が持つアサルトライフルの下に潜り込むように進み、アサルトライフルを手放させようと、自分の体術を信じる。

少女の得意な攻撃手段なのだろうか、ほぼ真上に向かっての後ろ蹴りを男の手首目掛けて放つ。



――下から突き刺さるようなその蹴りを……――

「おっと! 威勢のいい奴だなぁ!!」

突然下から放たれたその後ろ蹴りは、男には命中する事は無かった。
男は身体を回避目的で反らし、自分の身体への命中及び、アサルトライフルへの命中も回避する。

少女の蹴りも速度は遅い訳では無く、寧ろ常人と比較しても非常に速い部類に該当するが、回避されてしまったのだ。

(こいつ……避けた!?)

命中率や攻撃精度には自信があったのか、攻撃が命中しなかった事に悔しさと驚きを混ぜた感情を浮かべる。
それ所か、攻撃が失敗し、身体の捻りと重力に従いながら右脚を下ろそうとした所に、今度は男からの仕返しが迫る。



――脚を下ろせなくなったのだ……――



「そんな格好で蹴りなんかしたらパン……ってお前下に履いてんのか……。珍しい奴だぜ」

自分の顔面の高さまで迫ってきた少女の足首を右手だけで掴んでやったのである。
相手は短いスカートの服装であった為、このついでに見られて恥ずかしい部分でも記憶に留めてやろうとしたようであるが、
白いスカートの内部を見て男は期待を裏切られ、不満そうに目を細める。

「けど、お前も終わりだよオラぁ!!」

それをいちいち気にする事を辞め、男は動きを拘束されている少女に対し、アサルトライフルの後方先端部位(バットプレート)で殴りかかる。
動きに自由を与えられていない少女にとって、この時の攻撃は厄介なものであった。



「つぅっ!!!」

左腕で顔を保護したが、男の力が強過ぎたのか、それともバットプレートの硬質度が高かったのか、赤く光る保護膜(バリア)さえも無意味だったかのように、
少女から鈍い悲鳴が出てくるが、男はまだ少女の足を拘束したままである。

――次にもう1つ、物理的に痛い贈り物が渡される――

「さっさと楽になれよ!!」

男の中段蹴り(ミドルキック)が女の子の腰に強く突き刺さる。
性別の魅力を出す為に絞られたウエストがこの時に大きな仇となる。



――威力と、バランス状態の2つが原因で体勢も大きく崩れてしまう――

「うぐっ……!!」

男の蹴りが入ると同時に、束縛されていた脚も開放されるが、片足では上手にバランスを整える事も踏ん張る事も出来ず、
男の脚力に押されて転ばされてしまう。

地面が芝生とは言え、倒れた際の衝撃は無視出来るものでは無い。
だが、全身に痺れるように走る痛みに負ける事無く、両脚に反動を加えて跳ね起きる。

(こんな奴に負けて溜まるかっつの……!!)

少女としては絶対に負けたくないという一心が全身に行き渡っていたのだろう。
いかにも自分の方が優位だと見下したような表情を浮かべている男に向かって、再び少女は攻撃を放つ。



――両腕に電撃を溜め込み、接近戦で再度挑む!!――

この攻撃がもしかしたら少女の得意攻撃なのかもしれない。
自身の細身な身体を生かした素早さが、少女にとっては最大の武器なのだろう。

握った拳で、男の顔をまるで斬るような勢いで放つ。

「!!」

少女としては、速度には自信があったはずなのに、男の華麗な反射神経で右手による1発目を回避されてしまう。
しかし、まだ2発目を忘れてはいけない。

左手からも、同じく男の顔を狙った攻撃を飛ばす。



――しかし、命中する願いは叶わなかった――



「だから甘ぇってんだよこんガキがぁ!!」

まるで攻撃の軌道を全て読んでいるかのように再度身体を反らして回避した男は、
まるで今までの仕返しとでも言わんばかりに、非常に力強く、そして少女の反射神経でも捉える事の出来ない一撃をお見舞いする。

――腹部に非常に重たい一撃を加えられる――

「!!!!!!」

まだ攻撃の最中だった少女の、手足等による防御手段を一切されていない腹部に、男の拳が下から強く突き刺さる。
大人の男が、子供の少女に一撃を加えた状態であるのだから、力の差がここで顕著に現れたのだ。

まるで内部から、動く為の原動力を奪い取られるかのような鈍痛が徐々に広がっていく。

(ヤバ……い……かも……)

声には直接出さず、心で自分の危機感を把握するが、身体が言う事を聞いてくれなかった。
男がその様子を黙って見ている訳が無く、動けなくなっている少女に対し、足で洗礼を受け渡す。



――その『ヤバい』が現実となる……――

男は2度、少女の身体に蹴りを加える。
それは、格闘技としての蹴りというよりは、弱いくせに喧嘩を売ってきた面倒な相手に憂さ晴らしをするような、美しさの無いものである。

それでも、命中精度と威力は馬鹿には出来ないものであり、動きを力で制限されていた少女にとってはそれで充分過ぎたのだ。

少女はそのまま芝生の上を転がされてしまう。

「マジでしつけぇ奴だなぁお前も。大人しく負けてりゃいんだよ。ガキのくせに大人に歯向かいやがって」

特に傷を負っていないモヒカン頭の男は、少し少女との相手に時間を使い過ぎたと思ったのかもしれない。
白いスーツに付いた砂埃を適当に払いながら、そろそろ真の意味で終わらせてやろうかと、アサルトライフルの銃口を向ける。



(……)

まだまともに一撃すら加えていないというのに、男の思い通りにやられ続けるのは性に合わないだろう。
苦しみに支配されようとしているが、逆に言えばまだ完全には支配されている訳では無い。
まだまだ残っているであろう力を振り絞り、自分が負けた事を絶対に相手に思わせないよう、起き上がる。

「悪いけど……あんなの、全然効いてないからね!!」

片膝で、そしていつでも戦える体勢を再び作り、そして今の蹴りがまるで自分には通用していなかった事を強く言い放つ。
だが、マスクの下ではやや乱れた呼吸が続いており、何より片膝という身体への負担を多少とは言え、
少なくさせるような体勢が、実際はただの強がりである事を見せてしまっている。



「意地だけは一人前って訳か……。けっ、まあいいや、おい、お前ら、そろそろ帰るぞ」

 恐らく、普通の女の子であれば、あれだけの攻撃を受ければそのまま怖気付いてしまうのだろう。だが、目の前の少女だけは今にもまだ向かって来そうな気迫を見せている。青い瞳だけは、常に強気な態度を見せ付けていた。

 しかし、スーツの男は戦い続ける事に意味を感じる事が出来なかったからか、外野として見ていた仲間であろう最初の男達3人に向かって、引き上げる事を伝えた。



「あれ? このままやっちまわないんすか?」

 部下の男の1人が、膝を付いている少女に一度視線を飛ばしながら、聞いた。

 今であれば、体力も落ちている状態であるから、白いスーツの男であれば、このまま命を最後まで奪い取る事が出来た事だろう。だが、スーツの男はそれをしようとしていないのだから、疑問に思ったのだろう。

「もう飽きた。あんなの殺してもなんも価値になんねぇよ」

 単純な理由であるが、恐らくこれを言われて少女の方は完全には喜びや安心を感じる事は出来ないだろう。これはきっと、少女の力を認められなかったから、それで男が戦意を失ってしまったのだ。助かったとは言え、これで喜ぶ事は出来ないはずだ。

 アサルトライフルを肩で担いで、この林を後にしようとする。



「じゃああの2人はどうします?」

 別のならず者の男が、最初に金品を奪おうとしていた2人の少女の方もこのままでも良いのかと、スーツ姿の男に訊ねるが、返ってきたのは大体ならず者達でも想像が出来るようなものだった。

「ほっとけ。あのガキの努力賞でやるよ、あんなもん。いくぞお前ら」

 そうである。このまま逃がしてやれ、と言う内容だった。

 だが、少女2人の解放を、あの黒い儀礼服のようなベストを着用した少女に対する褒美にするとは思っていなかっただろう。背後で悔しそうに睨み付けている黒いベストの少女、そして解放された2人の少女を気にも留めず、そのまま林の奥へと消えていってしまった。



(これって……喜んでいい場面なのかな……)

 どう考えても、これは自分の勝利で相手を追い払ったとは言えない。情けで助かった自分の命であるが、気分良く喜びを表すなんて事は出来なかった。寧ろ、相手に負けたと言わせてやって、それで初めて勝利の喜びを表せるものなのだ。

 今回はそもそも勝利ですら無かった。立ち膝の状態で、しばらく去っていく男達を見つめ続けていた。



「あ、あの、大丈夫ですか!? さっき物凄いやられてましたけど?」

 男達がいなくなった事を確認すると、先程まで男達に脅されていた少女2人が、黒いベストの少女に近寄ってくる。きっと少女達はこの黒いベストの女の子の戦っている姿を最後まで見ていたのだろう。だからこそ、あの白いスーツの男に一方的にやられていた時の姿に不安を覚えたのかもしれない。

 ベージュのセーターを着た女の子が最初に声をかけてきた。

「あぁ私? 私なら大丈夫! ほら、この通り全然へっちゃら!」

 いつまでしゃがみ込んでいるのかと、黒いベストの女の子はすぐに立ち上がるなり、マスクを下げながら自分自身が無事である事を伝える。ここで初めて黒いベストの少女の素顔が明らかになるが、透き通った声色に違わず、相手に対して優しさや安心を与えるような、本当に戦いの技術を身に付けているのかと疑いたくなるような柔らかい容姿を持っていたのである。

 少女2人のような、戦う力を持たぬ者にとっては、この戦う力を持つ黒い服の少女は安心出来る存在なのだ。



「だけど、貴方って強いんですね。怖そうな男を相手によく戦ったと思います」

 青いトレーナーの女の子は、この黒いベストの少女の度胸を褒め称えた。結果は勝利とは言えなかったが、それでも部下だったと思われる3人の男をたった1人で追い詰めていたのだ。同じ女の子でも、これだけの違いがある事を思い知らされたのかもしれない。

「ありがとう。私あういう暴力で支配しようとするような連中が嫌いなんだよね」

 一度真っ直ぐな礼を言うなり、黒いベストの少女は先程の自分や少女2人を襲った男達を思い出し、あのような不届き者はこの世界から撲滅されればいいのにと、少しだけその端麗な容姿を歪めた。

 恐らく、この少女が肉体的な強さを持っている理由の1つに、あの男達のような存在があったのだろう。



「良かったです。貴方みたいな正義感の強い方が来て下さったおかげでわたし達助かった訳ですし!」

 ベージュのセーターの女の子は、黒いベストの少女の考え方を評価したのである。弱い者を狙う男を嫌う性格が、今回のように人を助ける力となり、事実として救ったのである。寧ろ、金品を奪い取ろうとする男を好きだと思う女の子の方がおかしいだろう。

「そう? 所で、見た感じ多分2人とも私と大体歳は似たぐらいの感じだから、そんな敬語なんて使わなくて大丈夫だよ?」

 自分でも役に立てる事があったのかと、少しだけ心の奥で喜びたい気持ちに駆られるが、あまり浮かれてはいけないと思い、別の話題へと反らそうとする。恐らく、黒いベストの少女は自分の年齢と、少女2人の年齢に大した差が無いと思ったから、自分だけ妙に敬われているかのような扱われ方は無くても良いと考えたのかもしれない。



「そう……なんですか?」

 青いセーターの女の子は突然口調の話をされた為、咄嗟の対応がする事が出来ず、心の準備もしない状態で呆然と言い返した。

「だ、だから私なんかに敬語なんていいって! 一応私は17だけど、2人は?」

 黒いベストの少女は、同い年の外見の相手から敬語で接される事に慣れていないのかもしれない。自分の年齢を唐突に明かし、そして相手の年齢をもここで聞こうとする。年齢さえ分かってしまえば、もう敬語による束縛は無くなると思ったのである。



「わたしは、16よ!」

 ベージュのセーターの女の子は、黒いベストの女の子よりも年下だったようである。

「えっと、あたしは18!」

 青いトレーナーの女の子は、年上であるが、その差は1つだけである。



「え゛っ……。年上……だったんだぁ……ま、まままあとりあえず、えっとこんなとこにいたらまたさっきみたいなのに狙われる危険があるから、早く林から出ちゃお!」

 一瞬だけ、黒いベストの少女は、黒いハットの下でなんだか自分が宜しくない振る舞いをしていたのだろうかと罪悪感に襲われてしまったが、持ち前の明るさや会話力を使い、もう仲良くなったかのように提案を1つ出した。

 この林にいれば、また先程のような世間的に悪として認識されているような者達に襲われてしまう可能性があるから、離れようと言ったのである。



「それとまだ私の名前教えてなかった、よね? 私はリディアだから、宜しく!」

 少女はまだ自分の名前を明かしていなかった事を思い出し、これから林を出ようと歩き出してすぐに、後ろを振り向きながら伝えた。

 黒いハット、黒いベストを着用したこの女の子は、名前をリディアと言うのである。



*** ***


         ――シミアン村 / Simian Acres――

先程リディア達が騒動に巻き込まれた林の隣に位置する小さな村である。

この村には、人間とは異なる種族、即ち亜人と呼ばれる人間外の者達も人間と共存しているが、
規模の小さい団体地域であるが故に、国家の権力の影響を受けておらず、共存を認められている。

姿や形は違えど、気持ちが通じ合う者であるからこそ、権力等によって、思考を曲げられたりする事が無いのである。
村民は、自分達の考えで生活し、共存しているのだ。



「ふぅ……今日は色々あったけど……だけど2人とも私が行こうとしてた村と同じ場所に行く気だったとはちょっと奇遇だよね!」

 ここは宿泊施設であり、鳥のような嘴を携えた亜人間の従業員を相手に、この日の宿泊の手続きを終わらせた所である。

 そしてリディアは施設内の柱に背中を預けながら、隣で静かに立っている少女2人に、自分と相手との出会いがまるで運命であったかのように、元々笑みを見せていた表情に更に明るさを持たせた。

 既に戦う必要の無い場所にいるからか、リディアの服装も着替えられており、今は水色の袖の長いワイシャツに、黄色のネクタイを付けている。年齢を考慮すると、まるで学生の服装を連想させるが、これがリディアの趣味なのだろう。

「うん。リディアさんが一緒でしたから、あたし達凄く安心だったんですよ!」

 リディアを頼れる存在として慕っている青いトレーナーの女の子は、まるでこれからも外の移動の時はリディアに頼りたいとでも言っているかのような生き生きとした目で見つめていた。



「それはありがと!」

 何気に敬語が離れていなかったが、もう先程の戦いで疲れてしまっていたのか、リディアはそれに対しては何も言及はしなかった。服装は変わっても、ポニーテールで縛られた紫の髪は変わっておらず、戦いを意識していない服装と合わさって、その髪型は女の子特有の可愛らしさをより強調してくれていた。

「そうだ、折角だから、これ、どうぞ! 喉渇いてるよね? 折角だから、わたしの奢りだよ!」

 ベージュのセーターの女の子は、きっとこの施設に来るまでの間、何も冷えた物を摂取していなかったであろうと思い、鉄製の缶に入れられたジュースをリディアに手渡そうとする。その銀色の缶には、斜めに横切るように『APPLE』と書かれていた。



「あぁ……気持ちは凄い嬉しいんだけどさぁ……私あんまりそのジュース好きじゃないんだよね……」

 味の好き嫌いの都合なのか、リディアは手を振りながらそれを受け取る事を拒む。拒否を言い渡している時にやはり相手の配慮を断る事に対する罪を感じたからか、口調も弱々しくなっていた。

「え? そ、そうなんだぁ……?」

 ベージュのセーターの女の子は、それを聞くなり、残念そうにジュースを持っていた右手を引っ込める。好き嫌いを持っていたという事実よりも、折角の自分の好意を受け取ってもらえなかった事に対し、残念な気持ちが心に少しだけ残ってしまったようである。



「えっと、ごめんね! ほんっとごめんね! 折角私の為に用意してくれたのは凄い嬉しいんだけど……私ちょっと偏食もちょっと多いから、ごめんね! ほんっとに!!」

 女の子の残念そうな表情を見て、リディアは自分が相手の気持ちを踏み躙ってしまったと悟り、手を合わせながら頭も下げた。声も大きくなっており、他の宿泊客も一体何があったのかと見ているが、そんな事も御構い無しにリディアは謝り続けた。

 きっと、自分に味の好き嫌いがある事を非常に強く恨んでいる事だろう。



「それと、ちょっと私連絡しないといけない相手がいるから、ちょっとここ離れるね! じゃ、また会おうね!」

 もしかしたら、のんびりと3人で話をしている余裕が無いというのも、ジュースを拒んだ理由だったのかもしれない。

 少女2人からの返事も待たず、まるで特急の仕事であるかのように、リディアは施設を飛び出していった。

「そう……なんだぁ。分かった」

 一応リディアは謝罪はしたのだが、それでもベージュのセーターの女の子は不満を払拭出来ないかのような態度を見せ続けていた。しかし、リディアは女の子の表情をよく確認する事も無く、外に出て行ったのである。

 水色のワイシャツの背中を眺めながら、少女はどういう訳か、目を細めた。



「……ちぇっ」

 舌打ちをしながら、ベージュのセーターを着た女の子は、ゆっくりとクズ箱に歩み寄り、缶ごと捨ててしまう。まるで、飲んでくれなかった事を恨むかのように、可愛らしさを失った目付きでクズ箱の奥を睨み付けていた。



*** ***



「ミケランジェロさんですか? 私です。リディアです。今、通信大丈夫ですか?」

 現在、リディアは宿泊施設の外におり、村の地図が掲載された看板に背中を預けながら、右手に携帯型の通信機を持ちながら、通信先の相手と連絡を取っていた。周囲の草木から運ばれた自然の香りと、木造の建造物を掠った乾いた風がリディアのポニーテールと、髪色よりも濃い紫色の短いスカートを揺らした。



「はい! 無事に到着はしました! シミアン村、ですね。ただ、今日はもう夕方ですから、明日の朝に出発っていう形でも大丈夫……ですよね?」

 通信機はリディアにしか聞こえないのだろうか。外に漏れる様子が全く無かった為、一体リディアがどんな相手と連絡を取っているのか、そしてどんな内容を受け取っているのか、それはリディアにしか分からない。

 恐らく、相手からは自身の無事を確かめられたのだろう。リディアはそれに対し、直接相手には伝わらない明るい笑顔で応える。声だけは届いても、表情は相手には伝わらないのだ。



「分かりました! ありがとうございます! それと、まあ確かにその通りですね。ちょっと道中で不届き者がいたので、軽くぶちのめしてやったんですよ! まあそれのせいでミケランジェロさんの方に今日中に行けなくなっちゃったっていう話なんですけどね」

 このシミアン村に辿り着くまでの間に何かトラブルがあったかどうかを聞かれたのだろう。リディアは簡潔に経緯を話し、そして通信の相手が直接現場を見ていなかったをいい事に、わざと自分の都合の良いように話の内容を僅かに改変する。



「え? あ、えっと、いやいや! 勿論ですよ! 私はそう簡単にはやられませんから! だからこうやって今通信してるんじゃないんですか!?」

 会話中のリディアの目の前を、外見は普通の人間の女性と、顔の半分が岩の肌で覆われた大柄な男の2人がペアを組んで通るその場面にやや興味を持ったリディアであったが、やはり通信相手との話に集中すべく、きっと図星を突かれたが為に大慌てでそれを誤魔化そうとする。

 周囲の人々の事を殆ど意識せずに大声を張り上げたりしている為、目の前を通る村民からはふと視線を向けられていた。



「いや……ま、まあホントの事を話すと……なんか1人だけ妙に強い相手がいて、それで向こうが途中で戦う気を無くしてそれで去ってくれたんですよ。あ、それとえっと、その不届き者と戦ったってのは、えっと、女の子、2人ぐらい、それも私と同じぐらいの子がいて、それで……え? あ、はい」

 図星の内容を隠す事が出来なかったのだろう。リディアはまるで観念したかのように、この村に到着するまでに起きた事を白状する。実際はリディアの勝利では無く、相手の気まぐれで見逃してもらったのである。

 その後は、わざわざ説明するような事でも無い無駄な部分を、それも整理すらしていない形で無理に説明しようとする。直接現場を見ていなければ理解するのが難しい言い方だろう。最も、そのリディアの整理がされていない説明は相手から止められてしまったようではあるが。



「そ、そうですね! そうなんです! まあ要するに私が助けたって事です! あぁごめんなさい……妙に話が長くなっちゃいましたよね……」

 きっと、通信相手がリディアの伝えたい事を素早く察知し、非常に手短に纏めてしまったのだろう。

 まさにその通りです、とでも言わんばかりにリディアは友好的な笑顔を作りながら、それが正しいという事を伝えた。笑顔はやはり相手には伝わらないが、自分の冗長な説明が始まりそうになっていた事を謝る時に、今までの明るさを全て捨ててしまったかのようなどんよりとした気持ちだけは明確に伝わっただろう。



「それは……私の悪い癖、ですよね……。ははは……。え、えっと、と、とりあえず! ちゃんと今は無事ですので、今日一晩寝たらすぐにそっちに向かいます!」

 きっと通信相手からこの場で指摘されてしまったに違いない。だが、即座に反省すると同時に、またいつものような宝石と比較出来るような明るい態度を取り戻す。

 この前向きな性格が、常にこの少女がピンチを突破する要素になっているのだろう。はっきりとした可愛い声色で自分の心意気を伝えれば、通信相手もきっと納得してくれるだろう。



「え? あ、はい。そうですね。今日助けたあの2人は同じ宿泊施設に泊まるって事になってますね。まあ部屋は別々ですけどね」

 1つ、通信相手から確認をされたのかもしれない。今日、林で救助した2人の女の子は同じ施設で今日1日を過ごす事を伝えたリディアであるが、相手から真剣に聞かれていたからか、リディアの表情からもやや笑顔が消え、真剣そうな表情になっていた。



「大丈夫ですよ! その辺は心配しないでくださいよ! 私だってちゃんとそれぐらいは理解してますから! そんな子供みたいに扱わないでくださいよ~。まあ大丈夫ですから! 絶対明日の朝に会いましょうね!」

 声の大きさは余程相手の耳が遠くなければ余裕で聞こえる程のものであるのは相変わらずであったが、やはり何か通信相手から念押しをされていたらしい。だが、リディアには持ち前の前向きな思考がある為、何があったとしても切り抜けると、再び慢心の笑みを浮かべた。



「はい! じゃ、ミケランジェロさんも注意してくださいね!」

 どうやら通信での対話が終わる時間が来たらしく、リディアは携帯出来る通信機を耳から離すなり、腰に付けている赤いポシェットにしまいこむ。

 どうやら、通信相手はミケランジェロという名前を持っているらしいが、リディアが敬語を使っていたという事は、少なくとも目上の存在である事に疑いの余地は無いだろう。



*** ***



「それじゃ、私はもう寝るね! お休み!」

 既にシミアン村の外は暗くなっており、外に点在する電灯によって照らされていた。

 この日する事を終えていたリディアは、2人の今日助けた少女達に睡眠の挨拶をするなり、自分の部屋のドアを開いた。

「うん! お休み!」

 青いトレーナーの女の子は隣の部屋らしく、自分の部屋の前に立ちながら、リディアに返事をする。

 リディアの姿を最後まで見届けると、突然この少女の笑みが消えてしまった。まるで嫌いな相手を(さげす)むかのような、可愛げの無い憎しみに塗れた目付きになる。



「とりあえずさあ、外、行こ?」

 青いトレーナーの少女は、明るさを消し飛ばしたような淡々とした口調で、ベージュのセーターの少女に提案を出した。目つきも今までリディアには見せた事が無いような冷たい雰囲気になっていた。

「そうだね。ここじゃあ聞こえるかもだし」

 小さく頷くと、ベージュのセーターの方も歩き出した。リディアが自室に入ったはいいが、もう寝ているという事実を直接確認出来ない以上、この宿泊施設から充分に離れた場所じゃなければ、この後の話はしない方が良いのだろう。



 施設から外に出て数分、端と言っても良いであろう場所に到着するなり、面倒そうに木箱に2人揃って腰を下ろした。



「一応あいつ、寝てくれたみたいだから、後数時間したら死んでもらおうか?」

 ベージュのセーターの女の子も、リディアと一緒にいた時からは信じられないような言葉を口から出していた。きっと、いつリディアを殺そうかをずっと窺っていたのだろう。相手が自分他を信用しているのをいい事に、命を狙っているとは、とんでもない者達である。

「確かそろそろ皆来るはず、って来てたみたい」

 青いトレーナーの少女は村の奥に見える木々を見つめていたが、暗闇の中に光る灯りを見つけ、それが自分達の仲間である事を察知する。だが、その口調にはリディアと一緒にいた時のような明るい雰囲気は一切見えない。



――来たのは、先程この2人を狙っていた男達だったのだ――



「よぉ、どうだった? あいつからなんか聞けたか?」

 少女2人から金品を巻き上げようとしていた男達がやってきて、その内の1人が、作戦の状況について訊ねる。服装は昼間の時と変わっておらず、見るからにならず者であるという事をアピールしたままである。

「うん、一応。やっぱりあいつ、あの神殿に行こうとしてるみたいだったよ」

 ベージュのセーターを着た女の子は、どうやらリディアから一番聞きたかった事は聞き出せていたらしい。元々は男達の仲間であったからか、その口調も少女らしい、というよりはならず者としての世界を生きてきた男に接する態度に相応しい形になってしまっている。

 リディアをまんまと騙し、掴みたい情報を掴んだのである。



「そうか。じゃあ尚更理由が出来た訳だな。まあこっちはそういう命令だしな」

 太った男は、まるで自分達に命令を出した人間の事を思い出すかのように、夜空に視線を一瞬だけ向けた。

 どうやら、とある神殿に向かう者を排除するのがこの者達の役目らしい。だが、役目であるから殺すのでは無く、殺すという行為自体を娯楽にしているかのような表情でもある。報酬という口実で、殺人を楽しむ連中だと考えると、本当に恐ろしい。

「神殿に向かう奴は全員殺せってのが命令だもんな」

 神殿によほど近寄って欲しくないのかもしれない。別の男も自動式拳銃を取り出しながら、相手を殺害した時の様子を思い浮かべる。殺す方法は、どんな形でも許されるらしい。



「まあ相手は変な能力使う奴だから、寝込みを狙うしかねぇからなぁ。慎重にやんねえと駄目だぜ?」

 それでも男達は一度リディアに敗れているのである。リディアが特殊な力を使ったから男達が負けたのか、それとも純粋に戦闘の技術が劣っているから負けたのかは定かでは無いが、男達は一応は警戒している様子である。

「大丈夫。寝てる所をぐっさりやっちゃえばそれで終わるでしょ?」

 青いセーターの少女は、今睡眠を取っているであろうリディアの無防備な所を狙えば、苦労する事は無いと言った。

 ぐっさり、と言う事は、何か刃物を使って殺めるという事なのだろうか。見た目だけであれば平和そうな雰囲気だというのに、刃物を扱う事を口に出した途端に、この少女の本性が露になったようなものである。過去に他の人間を殺害した事もあるのだろうか。



「所で睡眠薬は上手に飲ませたのか? あれさえありゃ楽だったはずだぜ?」

 これは少女2人の役割だったのだろう。

 男はポケットに手を入れながら、まるで答えが分かっているのにわざと聞いているかのように顔を傾ける。上半身の服装の露出度が高いが、それは自分の筋肉質な体系を相手に見せつけ、威圧する為だろう。

「それが全然駄目だったのよ。あいつなんか妙に勘が良くて、こっちが差し出した物全部拒否っちゃってたのよ」

 ベージュのセーターの少女は、溜息を零しながら、足元に転がっていた石を蹴り飛ばした。どうやら、あの時手渡したジュース以外にも、色々と差し出したはいいが、全て断られてしまったようである。

 本当にリディアは危機を察知していたからなのか、それとも偶然だったのかは、それは分からない。



「お前それ大丈夫なのか? しくじったら報酬無しなんだぞ?」

 太った外見の男がそのやり方の失敗に対し、自分達に支払われる金銭に不安を覚える。仲間の女のせいで自分の利益が無くなる事を考えると、それは不安と、別の何かが心の中に生まれる事だろう。

「大丈夫だって。夜はどうせ寝るんだから、その時に突き刺せば必ず殺せるから」

 青いトレーナーの少女は男の言い分を煙たがるような目付きで言い返す。今は、ここにいる男3人と、女2人はリディアを殺す事を最優先にしているのだ。殺害の為に、口調も非常に淡々とした冷たいものになっていた。



「絶対成功させろよ? まあなんかあったら俺らも突撃するけどよ」

 男は、自動式拳銃を撫でながら、仲間の少女にこれからの結果を期待する。勿論寝ている所そのまま殺害出来てしまえばそれで終わりになるが、もし何か失敗があったなら、男達は拳銃を武器にリディアに襲い掛かるのだろう。



*** ***



 ベージュのセーターの少女の右手に持っていたのは、小型ではあるが、真っ直ぐ突き刺せば確実に人間の肌を貫通するであろうナイフである。リディアが寝静まっている部屋の前に立っており、心を落ち着かせようとしているようである。

 すぐ横には、青いトレーナーの女の子も立っており、同じくナイフを持っている。人数を多くしておけば、成功率も上がると思っていたのだろうか。

「それじゃ、入るよ?」

 ベージュのセーターを着た女の子は、小さい声で合図を送ると、ゆっくりとドアノブを捻る。

「いいよ」

 徐々に開くそのドアの奥は、もう真っ暗な世界が広がっており、それは中にいるであろうリディアが完全に寝静まっている事を意味していたと見て間違いは無いだろう。



 ドアから入って真っ直ぐ進めばベッドがある。壁には衣服をしまうであろうクローゼットが用意されており、その他は小さいテーブルがあり、その上にはランプが設置されている。勿論用があるのはベッドであり、そしてその内部に、目的の相手がいるのだ。

 忍び足で近づいていく。ドアから差し込む月の光のおかげで、道を誤る事も無い。ベッドまでの距離がどんどん縮まっていく。同時に、少女2人の表情にどんどん邪な喜びの表情へと染まっていく。きっと、殺す事に対して抵抗は覚えていないのだろう。

「さてと……これでこいつも終わりね」

 リディアは今、掛け布団を全身に被っている為、寝顔は勿論、身体の一部すらも確認される状態では無い。だが、ここにリディアがいるのは確実なのだ。さっさと殺してしまえば、それで仕事は終わりになる。



――女はナイフを持ち上げ……――



「じゃあな……。小娘がよぉお!!!!!」

 突然の悦楽の混じった怒声と同時に、女はナイフを胴体目掛けて突き刺した。

 刺したと同時に、女の口の両端が釣り上がる。



――ナイフは、掛け布団を深く貫通した……――

黒衣を纏いし紫髪の天使

 最初という事で、リディアの性格や言動、振舞い方の方をメインに描写をしてみました。年齢相応な振る舞い、明るい態度の中にちょっと抜けたような雰囲気も混ぜて、その上で一緒にいて楽しいと思えるような、そんな性格を考えてます。今後も頑張るつもりですので、宜しくお願いします。

黒衣を纏いし紫髪の天使

不可思議な能力で自身を護る紫髪の少女リディア。数年前に父親が向かったとある神殿へと向かう為、戦う力を身に付け、旅を始める。消息を絶った父親の謎を追及すべく、大切な仲間や友達と共に、迫り来る脅威を突破していく。国家の規律によって隔てられた、人間と亜人間との関係の中で、リディアは人として、そして世界の為に何が大切なのかを知っていく。 ※本作品は個人運営のブログ、『夏目漱石の逆襲』で転載してる作品をこちらでも投稿させて頂いてます。また、他の投稿サイトでも投稿させて頂いてますが、何れも作者は同じである事を表記させて頂きます。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • アクション
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-07-19

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