方舟

とにかく早く、とにかく終わらせるを意識して書き上げた作品です。宇宙物理学については明るくないので、作中の時間や宇宙についての話は全くの創作です。製作時間約一時間二十分。

方舟

 いよいよタイムマシンが完成した。この成果は当然世界を大きく驚かせた。早速飛行士団が各国から選出され、未来の地球に行くために使用されることに決まった。
 選ばれた時間飛行士たちが、タイムマシンへと乗り込んだ。彼らは未来人類と接触する、歴史的人物になる者たちだ。全世界が注目し喝采が送られる中、飛行士たち皆が思い思いの意志を秘めて、タイムマシンは飛び立った。
 そしてはるか未来の地球へとやってきた。意外にも地球は自然にあふれていて、建造物らしきものはかなり数を減らしていた。まさに牧歌的な世界へと変貌していたのだ。生命体探知機によると、丁度良くこの時代の住人がそばに存在することが確認された。飛行士たちは勿論接触することに決めた。その人間はすぐに見つかった。ばかに肌が黒い老いた男は、飛行士たちを見てとても驚いていたが、同じ人間であることはわかったようで、すぐに警戒心を解いた。
「はじめまして。我々は遥か過去からの使者だ。タイムマシンでこの時代の人々とコンタクトをとるためにやってきた」
 タイムマシンの存在は、この時代においては既に認知されていることに違いないはずだ。飛行士たちはその見解からあまり素性を隠さないことに決めていた。
「はあ、それは大変なことで。私で手伝えることなら」
 彼らの見解は的を得ていたようだった。相手も素直で協力的な男だったので、飛行士たちは安心した。
 そして相手が協力的だとわかったら、未来の地球の現状調査を行わなければならない。早速質問にとりかかる。聞きたいことは山ほどあるが、まずは平均寿命からだ。この答えによって、様々な推測が可能だからだ。
「はあ、平均寿命ですか。そうだなあ、十歳くらいかな」
 老人は平然として言ってのけた。その回答を聞いて飛行士たちはたまげた。飛行士たちの時代で既に平均寿命は百歳を突破しているのだ。要因は当然医学が発展したからだ。そのはずがはるか未来では、たったの十分の一となっている。飛行士たちはすぐに話し合った。
「一体、どういうことなんだ。平均寿命がたったの十歳だとは」
「これは大きな原因が存在していそうです。もしかしたら、我々の時代からこの時代までに、大規模な核戦争でも起きたのではないでしょうか」
「それは大いにあり得ることだ。放射線の影響で、遺伝子が破壊され、人類の細胞が壊れやすくなったのかもしれない。それによって寿命も同じく縮んだのかも」
 その仮説は説得力を持ったものだった。彼らの時代でも、核の危険性は根絶しきれていない。一応、全国家において核兵器は解体されたことにはなっているが、一部の国家が隠し持っている可能性は否定できない。事実調査団は未だに存在している。
「いや、伝染病の可能性もあり得る。何らかの特効薬を作る必要があるかもしれない。これは重大事だぞ」
 もしも急な伝染病の蔓延が原因だとするなら、すぐに過去へと戻り特効薬の開発に従事しないと危険な未来が待つことになる。だがもしも核戦争が原因だとするなら、これはそうおいそれと公開するべき情報とは言えない。確かに核兵器を隠し持っている国家が存在する可能性はゼロではない。しかしだからと言ってこの情報を明らかにしてしまえば、多数の国家と国民が疑心暗鬼に陥る危険性がある。特に本当に核兵器を持っている国家は勢いに任せて、そのまま核兵器を使用してしまいかねない。そうなってしまえば、過去の文明は一度滅びを迎えることとなる。それが運命だと言われればそれまでだが、その事態によって無意味に人が死んでしまうことを考えれば無視はできなかった。飛行士たちは一体過去に何があったのか、彼から聞き出すことにした。
「なぜそんなに平均寿命が短いのだ。我々の時代では、百歳まで生きるのが普通だ。もしかして、過去に何か起きたのか」
 そう尋ねると、彼は首を傾げた。
「そんなに生きることができるなんて、すごいことだなあ。しかし、あんたらはちっとも日焼けをしていないね。そんなに長生きしているのに、どうしてそんな肌が白いんだい」
 そのような返答がきて、飛行士たちは怪しんだ。肌や日焼けが一体どうしたというのか。もしやそれに原因があるのではと思い、彼らは細かい質問をしていった。
 その結果、あることが分かった。はるか未来のこの地球では、一日が異常に長いのだ。それも度重なる地震をはじめとする、地球活動が原因だった。それによって、地球の自転速度が少しずつ遅くなっていったのだ。地震一回でどれくらい一日が長くなるかは非常に微小な話だ。だが、これだけの時間を積み重ねれば話は変わってくる。もうこの世界の一日の長さは、飛行士たちの時代の数倍どころでなかったのだ。結局、計算してみればこの時代の平均寿命も過去と比べて少し長くなっていた。日焼けの話をしだしたのは、自転速度が遅くなったことによる、日照時間の増加のためだった。この未来では人一人が人生で浴びる日照量も過去と比べ物にならない。必然肌が黒くもなる。そして他に聞き出したことだが、現在この地球に住んでいる人間はほとんどいない。何しろこれだけの暑さで過ごしにくくなってしまったので、別の適した環境を保った星へと移住したらしいのだ。念の為どのあたりの星なのか座標を尋ねてみたが、彼はよく覚えていないらしかった。どうやら彼が四歳の頃に移住用宇宙船が活発に働いていた時期があったようで、現在ではその資料が残っているかどうかも怪しいらしい。今度の時間飛行の際に、調査してみる価値がありそうだと飛行士たちは思った。
 そして過去にそう大きな災害だったり戦争だったりが存在した話も聞かれなかった。そのことに飛行士たちは安心した。ただ今度は新たな関心事が生まれた。過去に戻って、どれだけの紫外線対策やら日照対策やらを用意すればいいかと言った話をすることになりそうだからである。また、別の惑星で暮らしている人類たちの文明も気になる。飛行士たちはもう少し周辺の調査をしたのち、過去へと戻った。
 そして老人だけがその場に残された。老人は彼らがタイムマシンで去ったのを見送ってから、すぐに行動に移した。時間転移点の強制限定と分子分解機の準備である。時間転移点とは、簡単に言うとタイムマシンの入り口と出口のことだ。彼らの時代において作られたタイムマシンはまだ万能ではない。時間を超えることは可能だが、その行き先は限定されている。恐らくこの時代の地球の、一大陸に二、三点ほどしか転移点を得られないはずだ。老人にとってそんなにあっては困る。必ず出口を限定させねばならない。
 なぜタイムマシンの出口を限定する必要があるかといえば、用意した分子分解機を確かにそのタイムマシンに浴びせるためである。この分子分解機は特定の対象にしか通用しない。今回は人間、しかも男性のみに限定する。彼は男だった。今回の過去の人間との遭遇では、男性と女性が半々だった。次の飛行士団も恐らく似た割合で組まれているだろう。彼は女と久しく触れていない。彼にとって、男は全く必要がない。
 そしてその後、残った女達を洗脳してしまえばいい。彼女たちも防護技術を身につけているだろうが、所詮時代遅れのものだ。彼が持っている拘束用具と洗脳用寝台があれば特に手間もかからず、彼の都合のよい人形に様変わりしてしまうだろう。
 実は彼は知っていた。タイムマシンがこの時代にやってくることを。タイムマシンが開発され、そのあとどのような事件が起こったかを。
 タイムマシンが開発されて直後は、今回の時間飛行士のように、未来人類の文明を調べるという興味を満たすために用いられた。だが残念なことに、人間が持ち合わせているのは興味だけではない。やはり戦争に利用する国家が現れた。この技術も核兵器といったかつての大量破壊兵器と同じく、「先にやったもの勝ち」といった側面を持っていた。そしてそれからはほぼ全ての国家が我先にと時間兵器を開発、使用していった。結果、ほとんどの国家、人類が消失してしまった。なぜなのかはよくわかっていない。とにかく最後に残ったのは、時の歪みにやられて自転速度が大いに遅くなった地球と、たった一人の男だけだった。
 この時代では既に時空に歪みが生じてしまっているので、彼がタイムマシンを利用するのは危険だ。まず無事に済むことはないだろう。だから彼は自分から別の時代へゆくのでなく、逆に相手からやってくるのを待った。都合よく彼の寿命までに飛行士たちがやってくると、かつての歴史資料によって確かめることができたのだ。
 そして彼は最後に女を求めた。女さえいれば、この地球で人を殖やすことができる。そうすれば、彼の種を存続させるという本能は満たされる。それだけで良かった。これまでの時間をたった一人で過ごしてきた彼にとって、それは唯一にして最大の喜びだった。あとは子孫がなんとかこの地球において、新たな人類となり、文明を再誕させるだろう。またタイムマシンを開発するようなことがあっても、この地球では時流が滅茶苦茶なので役に立たない。もしかすると宇宙へ進出することも怪しくなるかもしれなかったが、そんなことは彼が考えることではない。
 彼は準備を終えると、再び待つことにした。彼の希望の方舟を。

方舟

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方舟

タイムマシンが完成した。人類は自分たちの行く末をひと目見ようとした。そこにいたのは一人の老人だった。SFショートショートです。

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-07-18

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