ネットの資格
例えネット上でも
例えネット上でも
今はsnsやブログ、掲示板その他いろいろなところで自由に誰でも好きな事を発言出来る。
自分もこうした場所で、好き勝手な事を思いつくまま書いて公開している。
誰か読んで、どういう気持ちになるのか、それに対して何も知ることが出来ないので(一応ブログとリンクさせて、コメントは頂けるようにしてあるけれど)、もしたまたまだれかのその時の気持ちに不愉快な事が書かれていても、責任がとれない。
逆に、たまたま読んだ誰かにとって、何か気持ちが上向く言葉があるかもしれない。
もう、そうしたことを気にかけていたら、何も発信出来ないと思って「お互い様」な気持ちでこうして書いたものを公開している。
ただ、例えこんな個人の書いたものでも、誰かの目にとまることを前提で、その覚悟で公開しているのだから、一度公開したものは自分勝手な理由で削除したり、公開自体を閉鎖したりはしないつもりでいる。
今のこの「星空文庫」は、どなたか訪れた人の足跡がいろんな形で残せるようになっている。
そうやって「いいね!」やブックマークのアイコンをクリックして頂いた気持ちを無にすることは失礼だと思う。
これまで一番古いブログはかれこれ4年続いているけれど、その間記事を削除したのは一度だけ。
従姉が亡くなり、そのことに少し触れた記事を書いたのだけれど、その後従姉のお姉さんにブログのURLを訊かれたので、妹の亡くなったことを書かれたものを読んだら不愉快かと思って削除した。
その記事にコメントを下さった人は、たまたま現実でもメールアドレスを交換していたので、記事を削除する旨謝罪のメールをした。
いくらこうした時代で、ネット上での関わりは現実と違うような稀薄な感じが横行しているかもしれないけれど、こうしてたくさんの「星の数ほど」のサイトの中から縁があって出会った人には、礼儀を尽くすべきだと思う。
よく匿名掲示板でお互いの顔も名前も知らない同士が、酷い言葉の応酬で対立しているけれど、ああいうのは自分も相手も貶めるだけで、周りも不愉快にして、甘えた行為だと思う。
バカッターもかなり収まったのか、報道されないだけなのか知らないけれど、自制出来ない・判断力のない人がネットをするからこうした不快な現象が起こる。
誤字脱字、表現力の稚拙さを恥とも思わないで、世界中に汚物を撒き散らしている愚かさに気づかない輩。
ネットも免許制にすればいいのに。
携帯端末なら通話のみ。
メールの送受信は別資格。
サイトの閲覧のみ可能な資格。
限定されたサイトのみ書き込みできる資格。
それが5段階くらいにわかれている。
年令で「資格を取る資格」が制限される。
そしてサイト自体作ることが出来る資格。
これも公開範囲が資格毎に段階に分かれている。
資格は全て何年ごとの更新としたらいい。
車と同じように、便利だけれど凶器にもなるネット上の言葉や画像・映像。
無条件に誰でも利用できることはおかしいと思う。
どんなアクセスにも資格のID番号などを入力してログインしないとならないとか、近々付与されるマイナンバーを反映させてもいいだろう。
誰がどんな場所で何を発信しているか。
監視されるのが嫌だと思った人は、発信しなければいい。
言論の自由とかいうけれど、自由と責任は抱き合わせて持たないと。
そう思う。
ネットの資格