主人公
とにかく早く、とにかく終わらせるを意識して書き上げた作品です。時々こういったサービスができないかなと妄想しますが、今の技術だとそんな手軽な金額に収まらないでしょうか。製作時間約四十分。
主人公
映画やドラマといった映像娯楽には大いなる魅力がある。お気に入りの映画の登場人物になりきろうとして、同じ衣装をまとったり、名台詞を言ってみたりするといった経験は誰にでもあるのではないかと思う。そして現在、そんな俳優や女優に憧れた人のための商売が生まれた。
これはコンピュータ画像技術の発展により生まれたものである。まずは客の顔や体型を三百六十度、画像として取り込む。その後、コンピュータ画像技術でそのお客の姿を、仮想空間上に立体化させる。それが終わると、好きな映画にはめ込むことができる。勿論それだけでは臨場感が足りない。そのため、この商売専属の俳優の演技を撮影し、その後でその俳優に画像をはめ込んでやる。それだけで、生き生きとした自分の顔の主人公がスクリーンに現れるというわけだ。
この商売はかなりの満足感を客に与えたようで、大反響を呼んだ。最初こそ対応できる映画の本数は少なかったが、現在では数千本以上の映画作品に応じることができる。また、新たに出た希望も鋭意製作中である。かなり特殊な商売であるため、客一人あたりに求める金額も高く設定できた。誰もが幸せになる商売だと思われた。
エヌ氏もその評判を聞きつけてやってきた客の一人だった。これから自分が一体どんなスターに変貌するのか、楽しみで仕方なかった。ドアを開けると、朗らかな受付人がエヌ氏を出迎えた。
「本日はようこそいらっしゃいました。お客様のご希望をお聞かせいただけますか」
エヌ氏は用意していた答えをはっきりと述べた。
「アクション映画でお願いします」
エヌ氏は興奮が収まらなかった。少し早口になってしまったかな、と自省したほどだ。しかしそんなエヌ氏の興奮ぶりとは相まって、受付人は少し顔を微妙な面持ちにした。
「大変申し訳ありません、そのジャンルは大変人気でございまして。かなりの予約を頂いておりますので、お時間をいただくことになるかと」
これはエヌ氏も覚悟していたことではあった。ある主人公が映画の中でチャンバラ、銃撃戦をして最後には勝利する。やはり多くの人間が、そういった映画に影響を受けているものだ。人気が出ても当然だとエヌ氏は考えていた。だが諦めるのも難しい話で、エヌ氏はついどれぐらいの待ち時間なのか尋ねてみた。受付人は申し訳無さそうな顔をして返事をしたが、エヌ氏はその長時間ぶりに驚愕した。これではエヌ氏の番が来るまでに元気なままでいられるかどうか怪しいものだった。
エヌ氏はしぶしぶと希望のジャンルを変えざるを得なかった。
「それなら、恋愛映画でお願いします」
しかし受付人の表情は暗いままだった。またしてもか、とエヌ氏は残念に思った。先ほどと同様にどれだけの待ち時間なのか尋ねてみた。いくらかはましだったが、似たようなものだった。
それからエヌ氏は様々なジャンルを希望したが、どれもがひどい待ち時間を要求してきたのだった。勿論こういうクレームが最近増えてきたため、俳優を増員し、そして撮影スタジオを急ピッチで増設しているようだ。しかしそれ以上に需要が高すぎて、まだまだ追い付いていないのだ。受付人に文句を言うのは筋違いだが、エヌ氏が落胆とやり場のない怒りを語気に含ませてしまうのも無理もなかった。
何度も押し問答をしてエヌ氏がへとへとになっていた時、受付人はこんなことを言い出してきた。
「お客様。ひとつだけ、待ち時間なしで撮影に取り掛かれるジャンルがございますが、いかがいたしましょう」
エヌ氏にとって、撮影ができるというのならもうどれでもいいような気がしていた。とにかくそれはなんだと聞いてみた。
「戦争映画です。特に主人公が死ぬ話が」
主人公
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