殺し屋

雨が降っていた、肌に当たると冷たく気持ちがいい。
天気も空気を読んだんだろう。
私の仕事に晴れは似合わない。
少しするとバス停にバスが来た。
整理券を手に取り、向かった先は一人の男が座っている席。
その席の隣に座った。
今隣に座っている男こそが今回の目標だ。
名前は「武田正樹」40歳、25歳になる息子が1人、サラリーマンだ
ここまでならただの一般市民だ。
だが、彼を殺す依頼が来た最大の理由、彼は「殺人犯」だからだ。
三年前に、「藤堂穣子」、「藤堂翼」の妻子を殺した。
藤堂家に残されたのは「藤堂徹」妻と一人息子を殺された、誰に?言うまでもない「武田正樹」だ。
依頼書曰く彼は18時頃必ずこのバスを使って帰宅するらしい。
さらに好きな食べ物、趣味、癖、就寝時間、職場までのルートまで事細かに依頼書には書かれていた。
こんなに情報があるなら自分で殺せばいいような気もするが、これは仕事だ。
前金ももらっているからやらないわけにはいけない。
とりあえず、目標と接触してみることにした。
目標の隣に座った私は「あーあー濡れちゃった」と、お調子者の若者を演じ目標の様子を見た。
「すいません、タオル持ってませんか?」
目標はいつもバックの中に青いタオルが入っていると依頼書に書かれていた。
「あ、ありますよ」
そう言って目標は青いタオルを取り出した。
これで依頼書の情報と一致した。
本人確認は完了だ。
「ありがとうございます」
タオルを受け取り頭を拭いた後、あらかじめ袖に仕込んでおいた小型GPSをはさみながらたたみ彼に渡した。
彼はいきなり隣に座り、タオルを貸せと要求してきた私に少し驚いていたが、少しすると私の方を見向きもせず本を読み始めた。
「何を読んでいるんです?」
とりあえず、積極的に話しかけて顔を覚えてもらうことにした。
殺し屋なのに顔を知られて大丈夫なのか?というツッコミが来そうだが、今回の目標には別に知られてもいい。
いきなり話かけられて一瞬戸惑っていたが言葉がつまりながらも返事をしてくれた。
「ツナグです」
ツナグ…確か辻村深月の作品で死者に会えるという内容だったか
「僕も読んだことありますよその作品」
「そうですか」
ツナグの内容からして彼はおそらく…
すこしカマをかけてみることにしよう。
「死者に会えたら、貴方は誰に会いたいですか?」
「いえ…特には」
反応が薄い、もう少しストレートに言ってみるか。
「僕、あまりその本好きじゃないんですよね」
顔を上に上げた、あくまでも独り言の様に話した方が彼には響くだろう。
「死者に会えたからと言ってその本の様に上手くいく人間ばかりではないと思うんですよ」
武田正樹はピクリと肩が上がった。
「例えば、殺人犯とか、貴方は殺人犯がツナグの力で殺された人間が蘇ったらどうなると思いますか?」
数秒間の沈黙の後彼は口を開いた。
「殺した側は、謝るのではないでしょうか」
「なぜです?」
目を武田正樹に向けた。
「殺した側は少なからず、罪悪感があるのではないでしょうか」
罪悪感か…幼い頃に殺しのテクニックを叩き込まれた私にはあまり関係ない感情だな。
殺しは仕事。
明日を生きるために私は赤の他人を殺す。
「確かに一理あるでしょう 」
一呼吸置いてから
「私は殺されると思いますよ、被害者に」
武田正樹はゆっくりと口を開く
「どうしてそうおもいます?」
「簡単ですよ被害者にだって家族がいる。被害者が死んだことで残された家族は精神病、人間不信になることだってある、それと容疑者に対する復讐心は少なからずあるでしょう。それらによって被害者の知っている家族ではなくなる。
つまり、被害者自身の恨みではなく、被害者が殺されたことによって引き起こされたことの恨みによって殺されるということです。」
武田正樹は窓の外をみながら
「でも、それで死ねるなら……」
とボソリと呟いた。
その言葉を聞いた後、私は何かを確信して、席を立った。
「では次のバス停で降りるので私はこれで」
軽く会釈し、
「夜は気をつけた方がいいかもしれませんよ」
武田正樹に背を向けてそう言ってバスを降りた。


雨は止んでいた。
水溜まりに足を突っ込む無邪気な子供達。
それを横目に歩き出した。
雨上がりの空は黒い雲で覆われていた。
湿気が多く、肌寒い。
そんな天気を嘲笑ってやった。
こんな俺に晴れは似合わない。
雨上がりと同じだ。



朝になった。
相変わらず天気は雨。
電気屋の前。
沢山のテレビが路地側に向けて置かれている。
時刻は7時59分
私は確認しに来ていた。
3…2…1
すべてのテレビがコマーシャルからニュース番組に切り替わった。
こんにちは、朝のニュースです。と綺麗なアナウンサーが画面に現れた。
一字一句噛まずに台本を読み上げていく。
「本日未明、武田正樹氏40歳が何者かによって銃殺されました。」
テレビは一斉にそのことを私に告げた。
確認は取れた。
殺し方はいたって簡単、「藤堂徹」の家のポストに藤堂徹が家に帰ってくる時間に合わせて拳銃と武田正樹の居場所がわかるGPSと武田正樹の写真、それから「犯人はこの男」と書いたメモを入れておいた。
人間、殺す道具を持ったら混乱する。
そこにあのメモ書きとGPSがあれば十分だろう。
たとえ写真に写っている男が犯人だとはっきりわからなくても藤堂徹は武田正樹を殺した。
何故か?
いたってシンプルな答え、銃を持った人間は「これで人が殺せる」ことを理解する。
それがわかったら人間は動揺する、銃を持ったとたん周りの人間に乱射するなんてよくあることだ。
仕事は終わり、では報酬の受け取り場所へ向かおうとしよう。


いたって普通の公園、だが誰もいない。
しばらくすると男が来た。
「仕事はしっかりしてくれたようだな」
スーツ姿の男、見たところ20代だろう。
「報酬は約束通り、1万ドルここにある」
懐から分厚い茶封筒を取り出し渡した。
私は無言で受け取った。
「1つ聞きたいことがある」
男は驚いたようになんだと聞き返した。
「あんた何者だ?」
男は懐から何かを取り出し私に見せた。
警察手帳だ。
名前は「武田雅治」
私は思い出した、依頼書に書かれていた武田正樹の息子の名前を
「武田雅治」名前だけで特になにも書かれていなかったが警察だったとは以外だ。
「なるほどな警察という仕事で正義感の強いあんたは殺しをした自分の父親を許せなかったのか」

殺し屋

殺し屋

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-07-16

CC BY
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