ドラードの森(17)
おれは思わず巨大な伝声器を振り返って見た。
荒川氏は苦笑して、ツルリと鼻をなでた。
「まあ、そう先を急がんでくれ。おいおいに話していくよ」
「すみません。話の腰を折ってしまいまして」
すると、黒田氏が盛大に鼻を鳴らした。
「ふん。もったいぶらんで、早く話せば良いものを」
荒川氏は楽しそうに笑った。
「かっかっか。学生の頃を思い出すのう。おまえはいつも皮肉屋じゃった」
「お二人は同じ学校だったんですね」
「いや、正確には三人じゃ。絹代さんもな。三人集っては、よく議論したものじゃよ」
「へえ。どんな議論ですか」
「他愛もない話じゃ。『人類の文明は、果たして宇宙レベルになり得るのか』とかのう」
「ふん。そんな昔話より、今の状況を説明したらどうだ」
「ものには順序がある。あまり話を端折っては、中野くんがわかるまいと思っての」
荒川氏はコーヒーを一口飲んだ。
「さて、卒業後、わしは惑星開発局に入った。いろんな発展途上惑星をまわったよ。当時はまだ旧航法の時代で、超光速飛行は途轍もなく燃費が高くつくため、もっぱら地球政府や星連(惑星連合)などの公的機関専用で、庶民には縁遠いものじゃった。わしはPDA、つまり惑星開発援助の担当者としてこのドラードに何度も来たが、金が異常に豊富であることを除けば際立った特徴のない、まだまだ未開の惑星じゃった。もちろん、政府のお偉方の中には、この黄金を何とか地球に運べないかという下心もあったろう。しかし、どうしてもコスト的に引き合わないことがわかり、わしはホッとしたよ。来るたびにこの惑星が好きになっていたのでね。この惑星には地球人の、いや、日本人のノスタルジーに訴える何かがある。わしは、余生をこの惑星で静かに過ごそうと考えるようになっていたんじゃ」
「ふん。ちっとも静かにしているようには見えんぞ」
荒川氏はまた笑ったが、少し悲しげな笑顔だった。
「事情が変わったのじゃ。今から数年前、アルキメデス航法が発見された。水より比重の大きい物質は加速しにくいという弱点はあったものの、超光速飛行を一挙に一般庶民の手が届く価格まで引き下げた。まあ、実際には水より比重の重いものも乗せざるを得んから、補助エンジンとして旧式も併用しておるがの。いずれにせよ、この新航法の出現が、事態を一変させたんじゃ」
「でも、新しい航法でも比重の大きいものは、安くは運べないんでしょう」
おれは当然の疑問をぶつけてみた。
だが、荒川氏が答える前に黒田氏がうなずいた。
「原理的な可能性が見えてきた、ということだな」
「そういうことじゃ。旧航法しかなかった時代には、超光速が安価になることなど誰にも想像できなかった。アルキメデス航法はまだ完全とは言えない。水より比重の大きい物質を加速する際に出現する『アルキメデスの壁』の謎はまだ解明されていない。それでも、いずれは乗り越えられる可能性が出てきたのじゃ」
まだ、おれはピンとこなかったが、黒田氏がポツリとこう言った。
「ゴールドラッシュか」
荒川氏は溜め息をついた。
「昔ほどではないにしろ、地球を含め多くの惑星で金は大変高価なものじゃ。それがほとんど採掘の必要もなくゴロゴロ転がっているのだ。もし、これを安価によその惑星に運べるとなれば、欲の皮のつっぱった連中がドッと押し寄せて来るじゃろう」
「それっていいことじゃないんですか。金がじゃんじゃん売れたらこの惑星も儲かるでしょう」
「儲かるどころか、宇宙一金持ちの惑星になるじゃろう」
ちょっと大げさだなと思ったが、荒川氏の顔は真剣そのものだった。黒田氏も厳しい表情になっている。
「ふん。そう都合よくは行くまい。この宇宙にいるのは、紳士的な連中ばかりじゃないからな」
「そのとおりじゃよ。下手をすれば戦争になるかもしれぬ」
「え、でも、星連憲章に惑星間内政不干渉の原則があるじゃないですか」
「ほう、難しいことを知っとるね。じゃが、原則が守られなかった例は多々ある。それに、惑星に属さない武装集団、つまり宇宙海賊もおる。まあ、星連警察、いわゆるスターポリスが目を光らせとるから、何とか武力による略奪は阻止できると思うが、通常の貿易の範囲でもこの惑星の経済は激変するじゃろう。今のような平和な暮らしが維持できるかどうかわからんのじゃ」
おれは急にモフモフたちの身の上が心配になってきた。
「どうしたらいいんでしょう?」
(つづく)
ドラードの森(17)