三題噺「置き手紙」「お気に入り」「お星様」(緑月物語―その1―)
緑月物語―その2―
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――はるか昔、月が砂と岩だけの星だった頃。
一人の旅人が月へとやってきました。
旅人は何もない月の大地を嘆き、お星様へお願いをしました。
「この星がどうか豊かな大地になりますように」
すると、どうでしょう。
月の大地に植物が芽吹き、月が緑の星へと姿を変えたのです。
旅人はお星様に深く感謝をして、月の守り人になりました。
そうして、月は緑の星、緑月として末永く繁栄しましたとさ。
めでたし、めでたし――。
――『緑月物語』。
それは私が小さい時から聞かされた月の物語で、私の一番のお気に入りのお話だ。
百年以上昔のある日突然、月は緑の月になった。
大気ができ雨が降り、海ができるまで一年もかからなかったという。
その後の調査により人が住めることがわかると、自分たちの星の資源を食い潰していた地球人たちはこぞって月へと移住した。
私の家族もそんな移住民の子孫だ。
祖先に宇宙飛行士がいたぐらいだから、地球にはそれほど未練がなかったのかもしれない。
そうして私は今、緑月に住んでいる。
この大地がどうやって生まれたのか。
それは百年以上経った今でもまだわかっていない。
しかし、それは私には全く関係のない話だった。緑月で幸せな生活を送っていた私には。
そう、少なくとも昨日までの私には――。
(……………………)
誰かの声が聞こえた気がして、私は目を覚ました。
「お母さん? また夜更かしでも…………え?」
その日の朝、リビングに入った私が見たのは、いつも気丈な母がテーブルに突っ伏し嗚咽する姿だった。
テーブルに離婚届と父からの置き手紙があったらしい。
理想とは言えなかったかもしれない。
けれど少なくともある程度はまともだと思っていた私の家庭は、その日崩壊した。
そして、私の小さいけれどかけがえのない価値観も砕け散った。
――はるか昔、月が砂と岩だけの星だった頃。
月面基地の爆発事故で一人だけ生き残った宇宙飛行士がいた。
生き残った彼は、偶然にも他の惑星から来た宇宙人たちに出会いました。
「この月が地球の役に立てるようにしてほしい」
宇宙人たちはその願いを聞き届けました。
月の大地に眠るエネルギーを使い、彼らは月を緑の星へと姿を変えました。
宇宙飛行士は宇宙人に深く感謝をして、その身を彼らに捧げました。
そうして、地球人の遺伝子構造を得た宇宙人たちは、地球人として溶け込むことに成功したのでした――。
私の家庭は、私の平和な世界は壊れてしまった。
父は緑月を研究する国家調査部隊の隊長だった。
手紙には父が私たちを、そしてこの星を守るために旅に出ると書いてあった。
父は何を知ってしまったのだろう。
どうして父がその何かを背負わなければならなかったのだろう。
誰のせいだ? 部隊のせい? 国のせい? それともこの世界のせい?
母は気力をなくしてしまった。私の家は死んでしまった。私の生きる場所はなくなってしまった。
「……取り戻してやる。どんな手を使っても」
優しかった父を取り戻し、明るかった母を取り戻し、平和な私の世界を取り戻すために。
それが、たとえこの国を敵に回すことになったとしても。
――たとえ、それがこの星を敵に回すことになったとしても。
「私は、自分の世界を取り戻す」
三題噺「置き手紙」「お気に入り」「お星様」(緑月物語―その1―)
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