「 」の声
それは聴こえない音だった。音にならない声だった。
俺のご主人様は、自由気ままで自分勝手だ。こっちのことなんかお構いなしに引っ張りまわす。最初のうちは、着いていくのが精いっぱい、何を考えているのかも、さっぱり分からなかった。数年たってやっとご主人様の気ままについていけるようになった。・・・というか諦めて従うことにした。
そして、また数十年たつと、なんとなく性格が掴めてきて、さらに数百年たつと、彼女の抱えてるものに触れられた気がした。
本当にわかりにくいご主人様だ。全然素直じゃなくて、隠すのも嘘をつくのも得意だ。
・・・ほら、今だって声にならないほどの痛みを全部我慢して耐えている。泣いたらいいのに泣かない。ほんと、意地っ張り。
雨の中、そこから一歩も動かない。その目線の先は俺からみても地獄絵図だった。でも、こんな状況は今まで何回でもあった。助けられることの方が極端に少なかった。どうしても届かいないことも一歩遅かったことも多くあった。その度に彼女は心を痛めては次へと翔ける。
もう、やめてしまえば楽なのに。
そう思っていても言葉にはしない。彼女との付き合いが長いとかではなく、彼女がどんな想いでここに立っているか知っているからだ。知ってるからこそ、俺にしかできないことをしようと思う。
遠くからみていた俺は、彼女の前に行くと一言いった
「帰りましょうよ、マスター」
聴こえてないのか動かない。そんな彼女を俺はゆっくりと抱きしめた。びくっと彼女の身体が震える。
「あ、蒼輝、?」
「お前の仕事はここで突っ立ってることか?」
違うと小さな声が聞こえる。絶対に甘えたり頼ったりしない彼女は俺を抱きしめ返すことはない。それでも。
「じゃぁ、帰ろう。もうここは持たない。」
「また、届かないかな・・・・・なーんて・・・」
「小宵」
彼女・・・小宵は、ぽたっと涙を零す。すると、不思議なことに涙はあふれたまま止まることを知らない。
初めて、小宵が泣くところをみた。小宵自身も驚いてるみたいだ。俺は少しだけ抱きしめる力を強くした。そのまま黙ったままでいると、おそるおそる俺の服に手が伸びてきて、小さくきゅっと服を握ってきた。
ばかだな、最初から甘えていたら良かったのに。
「ありがとう、」
照れ臭かった俺は、ぶっきらぼうに、いーえと返すと小宵を離した。そして、そっぽをむくと、小宵より先に歩く。我ながらとても子供っぽいとは思うけど、意外と恥ずかしかった。だから、小宵が俺に何か言ってたことに気づくはずもなく。
隠しごとも嘘も上手な彼女の声に気づくのは、いつだって傍にいて少し浮世離れをした雰囲気の青年でした。その青年の後ろ姿を見ながら、彼女は小さく聴こえない声で言いました。
「すきだよ、蒼輝」
「 」の声
今度、書こうかなぁと思ってる小説の一つです。旅してる二人の物語。