ラッキーアイテムかき氷

かき氷の大好きな女の子の物語

もう夏だ。蝉の鳴き声が響き、街行く人は薄着となる。空を見上げると、真っ青な空に、もくもくと真っ白な入道雲が立ち込めていた。
もう、この季節か・・・
「どうした? 百香、さっきからずっと空見て」
そんな物思いにふけていると、隣に座る拓海が心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
「いやー・・・もうこの季節かーって思ってね」
「あー、確かに。むっちゃ暑くて、怠くなる季節だよなー」
「え? たっくん暑いの苦手? 」
得意な人はいないだろうけど、拓海は高校時代はバリバリの運動部で、暑いのは慣れっこだと思うけど。
「いやいや、暑いのは嫌だ。夏は嫌いだー」
手のひらで扇ぐ仕草をする。
「でも、かき氷は美味しくなるよ? 」
「まぁ確かにな・・・つか百香ホントかき氷好きだよなー」
「うん。夏になったらかき氷は食べなきゃねー」
だって、かき氷・・・これは私のラッキーアイテムだから。


3年前の、夏のことだ。
高校生二年生だった私。でも、お父さんの転勤で北海道から都内の学校に転校になったのもあってか、中々学校に馴染めずにいた。一応部活には入ったけれど、何せ北海道と違ってここの夏はとびきり暑くて、そのせいで無気力状態になっていた。
そんなある日、その日は一学期の終業式で、早くに学校が終わって、私は帰り支度をしていた。
「なぁ、百香」
鞄を肩にかけ、帰ろうとしたら後ろから声をかけられた。この声は・・・
「もう、楠木くん。名前で呼ばれると恥ずかしいから苗字で呼んでっていつも言ってるのに」
「あ、ごめんごめん。栗原」
楠木拓海。同じクラスで、私が転校してきたときから、出席番号が近いのもあって私にいつも話しかけてくれていた男の子だ。普段は無気力でも、こんな調子でいつも楠木くんは笑ってるから、楠木くんと話してると自然と笑顔になれる。
「で・・・どうしたの?」
「俺今日さ、部活無いからこれから帰ろうと思ってんだけど、一緒に帰ろうぜ?」
楠木くんとは家が近くて、たまに朝は一緒に学校に来たりする。
「うん、一緒に帰ろう」
「よっし、じゃあ行こうか! 」
ポン、と私の頭に手を載せ、ニコッと笑う楠木くん。こんな感じでいつも一緒にいるから、他の子たちからは付き合ってると勘違いされることもしばしば。
「うわぁ、でかい入道雲だな」
「あ、本当だー」
昇降口を出ると、西の空に大きくて少し黒っぽい色をした入道雲が見えた。
「こりゃ雨だなー」
並んで歩きながら、楠木くんはそう呟く。
「でも、天気予報だと今日は通り雨の心配もありませんって言ってたから大丈夫じゃない? 」
「いいや、これは絶対降るね。絶対降る! 」
「やけに自信あるじゃん」
雲見ただけで雨降るか分かる・・・楠木くんが海の男みたいに見えてきた!
「何だったらなんか賭けてでもいいくらいの自信ある」
「じゃあ私は雨降らないにかき氷一個っ!」
「俺は降るに・・・どうしよう」
なんじゃそりゃ、賭けるものは思いつかないのか。
真剣に思い詰めてる楠木くん。こういう所真面目というか何というか・・・面白い。
「じゃあ降った時に考えよ? 」
「そうだな」
どうせ降らないし。
「そうだ! これから栗原、用事ある? 」
「ないけど」
どうしたんだろう? 賭ける物でも思いついたのかな?
「ちょっと寄り道していこうぜー」
「何処に? 」
「いいから来いって! 」
と言って私の手を引っ張る。

しばらく歩いた。
「実はさ、最近知り合いがかき氷屋さん開いてねー」
暑いよ。暑いからしばらく休憩し・・・え?
「え? かき氷?」
「余程かき氷好きなんだな。暑そうな顔が一気に変わったぞ」
だってかき氷だもん仕方ないじゃん。
「まさか、雨降らなさそうだから先に食べさせてくれるの?」
「そうじゃないよ! なんなら今日は辞めとく?」
「いや、行きたい! 」
かき氷ってワード聞いたら、食べたくなる体質なのだ。辞めるなんてとんでもない。
「んで、その店があそこ」
「へぇ、結構おしゃれなところじゃん」
「だろ? 」
外見はカフェみたいだ。中に入ると「いらっしゃい! お、拓海、久々じゃん!」と店主が迎えてくれた。
席に着き、楠木くんはいちご味のかき氷を注文した。私はどうしよう。宇治抹茶にしようかな?
「宇治抹茶でお願いします」
私はそう告げると、「かしこまりました!」と元気よく店員さんは店の奥に消えていった。
この雰囲気は好きだな、何て事を考えながら店の中をキョロキョロしていると、店の奥からさっき楠木くんに挨拶してた店主が私たちの席に来た。
「おうおっちゃん!」
「拓海、今日は彼女連れか?」
おいおい、といった感じで店主は肘でつくような仕草をする。
「そ、そんなんじゃないって」
それに楠木くんはそう答えながらも、店主と楽しそうにお喋りしている。
そう、私たちは付き合ってる訳じゃないんだ。ちょっと学校でよく喋るだけの友達。登下校を一緒にするくらいの友達。そう、友達なんだ。
だけど、何故だか楠木くんの「そんなんじゃないって」と言う言葉に私はふと得も言えない気持ちになった。
手元に、注文したものが来た。
「うわ、美味そうだな! そっちにすりゃ良かった」
楠木くんはいつもの調子だ。
でも、いつもの調子で笑う楠木くんを見て、私はちょっとだけ悲しくなった。何故だか分からない。分からないけど、悲しいというか虚しいというか。
「どうした? 冷たくて頭痛くなった? 」
心配そうに、楠木くんは私を覗き込む。
「ううん、そんなんじゃないんだ」
黙ってると楠木くんに変な気を遣わせてしまう・・・笑顔にならなきゃ
楠木くんは楽しそうに私に話しかけてくれる。いつもなら楽しいけれど、今日は何故だろう・・・
駄目駄目、何か私からも話しかけよう。
「そういや・・・さ」
と話しかけてはみたものの、何を話しかけるか考えいなかった私は詰まる。
「私たちクラスの子たちに噂になってるよね」
そうして何故だか分からないけど、そんな話題を振ってしまう。いやいや、そんな事聞きたいんじゃないんだって。
「え、俺たちの噂?」
「そうそう」
「知らないなー」
いや、違うって。そんな答え方したら話が広がるじゃん。
楠木くんを見ると、心当たりがあるのか、なんだか落ち着かない様子。
なんだか、変な空気になったまま、私たちは店を出た。

しばらく歩いた。突然、
「そういや、さっきの噂って何? 」
そう楠木くんは私に尋ねてくる。
うわ・・・そりゃあんな感じで言ったら気になるよね・・・
「ううん、なんでもない。忘れて」
「えー、なんだよ気になるじゃんよ」
私の返し方、変だったかな。楠木くんも様子が変だ。
「あ・・・」
そしてその微妙な雰囲気のまま、しばらく歩いた時だった。楠木くんが変な声を出した。
「あ・・・」
私も不意に、変な声を出してしまった。
大粒の雨が降ってきたのだ!
「やっべ、雨宿りできる場所この辺だと・・・あそこがあるか! 」
楠木くんが私の手を取る。
「ちょっと走るぜ」
「う、うん」
雨はいよいよ土砂降りになり、少しの間で道路のくぼみに大きな水溜りを作る。
楠木くんに握られた私の手が、自然と熱くなる。手だけじゃない。冷たい雨粒が、本当なら私の身体を冷やしてくれるはずなのに、何故だか今は、手も、顔も、熱くなっていく。
しばらく走った。近くのマンションのエントランスに、私たちは駆け込んだ。
「はぁ、はぁ・・・栗原、これ飲んで」
肩で息をする私に、楠木くんはスポーツドリンクを勧めてくれた。
「あ、飲みさしじゃないからそれ」
「ありがとう・・・」
それを飲んで息を整える。そしてしばらくして
「雨だな」
外を見ながら楠木くんが呟いた。
「そうだね」
駄目だ、折角助けて貰ったのに、ぶっきらぼうになっちゃ。何か話を振ろう。
「そう言えば、雨降っちゃったけど楠木くん何賭けたんだっけ? 」
「そうだった忘れてた・・・ってかもうよくね? 」
なんだ、そっちから賭けてもいいって言ったくせに。
雨はまだ、弱まる気配なく地面を叩いている。このモヤモヤした気持ちも洗い流してくれたらいいのに。
「じゃあ・・・」
楠木くんが、私の方を向く。
「何?」
「賭けたやつのこと」
ニコッと笑い、楠木くんは話し出した。
「俺のお願いを聞いてほしい」
「え?」
「だから、俺のお願いを栗原が聞くってこと」
わ・・・何をお願いされるんだろう?
「一つ目、これから俺は栗原を下の名前で呼ぶ」
・・・え?
「二つ目、栗原も俺の事を下の名前で呼ぶこと」
・・・それって
「ちょ、どういうこと? 」
「そのままだ。俺たちは下の名前で呼び合うってこと」
ちょ、それ私たち本当のカップルみたいになるじゃん・・・
「んで、三つ目は・・・」
三つ目のお願いを、楠木くんは少し恥ずかしそうに、でもはっきり私の目を見て言った。
もう、何で賭けで告白なんて・・・楠木くんの不器用さが滲み出た方法だ。
「最後のやつは、絶対じゃないけど・・・」
「いいよ」
「え?」
「だから、いいよ・・・た、拓海」
今までは、ただの友達だと思ってて、楠木くんも同じように思ってると思ってたけど、それはどっちも勘違いだったみたいだ。
「あ・・・」
しばらくして、青空が見えてきた。
「晴れたな」
「そうだね」
外に出ると、爽やかな風が私たちを包んだ。
「私からも、お願いがあるんだけど」
「なんだ?」
私はとびきりの笑顔で言った。
「これから一生、私にかき氷食べさせてね」


「なぁ、百香」
「どうしたの? 」
あれから三年、お互い下の名前で呼び合うことも、もうすっかり板についてきた。
「今度の日曜空いてるか? 」
「空いてるよ」
「じゃあ、ちょい遊びに行こうぜ! 最近出来た美味しいかき氷の店あるとこ」
「やったー!」
今でも私の大好きな食べ物はかき氷。

多分、これからもずっと、いっぱいかき氷を食べるだろう。
拓海の横で

ラッキーアイテムかき氷

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かき氷が好き過ぎて・・・

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更新日
登録日
2015-07-13

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