無剣の騎士 第2話 scene1. 協定

原作者様の書かれた元の文章では残り2行くらいしかないのに、話がどんどん膨らんでしまい、書けば書くほど終わりが見えなくなってきています……(汗)。
その結果、第2話は新キャラと後付け設定のオンパレード、風呂敷をたたむどころか広げまくりです。これは多分悪い文章のお手本と呼ばれるのでしょう。

 穏やかな晴れの日だった。青空は広く澄み渡り、白い雲は下界の戦争など知る由も無くのんびりと流れている。暖かな風が吹いていた。

 アストリアの宮殿を遠くに望む野原にも、その風は吹き抜けた。そこに躍動する二人の少年など、ものともしないで。
「やあっ!」
「はっ!」
 声と共に剣戟が響く。一方が振り下ろした剣を、もう一方が剣で受け止める。ややあって斬り返した太刀筋を、相手がすんでのところでひらりとかわす。そんな応酬の繰り返しだった。とはいえ、両者は互角という訳でもない。
 貴族の家の者と分かる派手な衣服を身に着けた黒髪の少年は、華美な造りの剣を握る騎士の少年にやや押され気味だった。じりじりと後退させられ、気が付くと、離れていたはずの小川がもうすぐそこまで迫っている。黒髪の少年は、綺麗に整った髪を振り乱して最後の抵抗を試みたが相手を押し返すには至らず、遂に反撃の手を止めた。
「参ったよ、アーシェ。僕の負けだ」
そう言って川辺の草の上へ大の字に寝転がると、荒れた息が整うのを待つ。
「やっぱり、脈玉の付いた武器相手じゃ、敵わないや」
確かにこれは脈玉の埋め込まれた剣だけど、とアーシェルは少年を見下ろしつつ笑った。濃茶の短い髪が太陽に反射して少し眩しい。
「今は、戦闘状態を発動していないよ。ほら」
そう言ってアーシェルが示した剣の根元の部分には、嵌め込まれた丸い脈玉が鮮やかな銀色に光っていた。

 脈玉。ほぼアストリアでのみ産出される、霊格を宿した宝石。
 使い手の強く純粋な思いに呼応して効果を発揮するのだが、その効果は脈玉の種類によって幾つかあった。例えば、通常時は銀色、覚醒時は赤色になる脈玉は攻撃的な性格を持ち、主に武器に用いられる。同様に、通常時は真珠色、覚醒時は青色に光る脈玉は癒しの効果を持ち、怪我や病気の治療に用いられたりした。

「はは、普通の剣の状態で負けたということは、単に実力の差か」
「ごめん、キース。自慢するつもりは無かったんだけど」
 アーシェルは剣を鞘にしまうと、キースの隣に腰を下ろした。
「謝る必要は無いよ。同じ学校の同級生とはいえ、君は現役の近衛騎士なんだからね。稽古でも僕を負かすくらい強くないと」
 アーシェルが王太子直属の近衛騎士に任じられてから三年。任命時にエドワードから与えられた脈玉入りの剣は、今ではすっかり手に馴染むようになっていた。三年間の修行の成果も勿論あるが、エドワードを守るために剣を振るいたいと望むアーシェルの気持ちに脈玉が応じていることも要因である。
「そろそろ僕じゃ、相手になれないな。練習相手は僕より王太子殿下に頼んだほうがいいんじゃないか?」
キースよりも、アーシェルよりも、エドワードの方が数段 腕が確かだということは、キースでも知っている。エドワードとアーシェルが幼馴染であり、幼い頃から剣を交えていたことも、キースは知っていた。
「エドワード殿下に? うーん、そうして頂きたいのは山々なんだけど、このところ殿下は以前にもましてお忙しそうなんだよね。もう長いこと、稽古をつけてもらってないし……」
アーシェルは城の方に目を向けた。
「今日も――今日は僕は非番なんだけど――お城で大事な式典があるらしいんだ」
相変わらず政情には疎いな、とキースは内心で苦笑しながら、むくりと上半身を起こした。
「今日は、ウィンデスタールの外務大臣がいらしてるんだよ。今日は同盟の調印式だ」
「同盟?」
「そう。陛下と殿下が何年もかけて進めてこられた政策の、一つの里程標ともいえる盟約だ。君も王太子直属の近衛騎士なんだから、少しは知っておいた方が良いと思うぞ」
このようにしてキースがアーシェルに内外の時事情報を解説してやることが、二人の間の紳士協定となっていた。

        *    *

 ウィンデスタールは、アストリアに隣接する国の一つである。小国アストリアに比べれば大きな国だが、かといって大国と呼べるほどでもなかった。アストリアにとって貴重な同盟国の一つだが、この度、軍事面での協力関係を更に強化する事となり、その具体的な施策が今回の協定で定められることになっていた。
 例えば、いずれかの国が第三国から攻撃を受けた場合、もう一方の同盟国はそれを自国に対する攻撃と同様に見なして軍を派遣すること。この条項は主としてアストリアの防衛を想定していた。アストリアは、ウィンデスタールとは反対側に位置する隣国リヒテルバウムと戦争状態にあり、いつ攻め込まれるとも分からない危機に瀕しているからであった。しかしこの条項によって、リヒテルバウムはアストリアに侵攻することが難しくなるという抑止力が働くことになる。
 その見返りともいえる条項として、国家間で武器関連の売買を行なう際の関税や制限を大幅に縮小もしくは撤廃するという項目が盛り込まれた。これは、脈玉入り武器をウィンデスタールでも生産することが可能になることを意味する。これまで、脈玉の生産および加工はアストリアの専売特許であり、脈玉入りの武器も輸出時に高い関税が課されてきたためウィンデスタールでの流通量は少なかった。今後は脈玉関連の輸出量増加を促し、また脈玉の武器への加工技術をも提供することによって、ウィンデスタールの軍備を強化するのが狙いだった。その一環として、脈玉加工の職人を養成する学校にウィンデスタールからまとまった数の留学生を受け入れることも決まった。

「……滞りなく終わりましたな」
「うむ、ケネスよ、大儀であった」
 調印の式典が終わった大広間の一角で、エドワードと初老の男が語り合っていた。ケネスと呼ばれた男は、このアストリア王国の外務大臣である。
「いえいえ、私の働きなど微々たるもの。全ては殿下のご尽力の賜物でございます」
「いや、そんなことはない。そなたはよくやってくれた。
 これでわが国の安全も向上することだろう」
 エドワードはふっと表情を緩めると、部屋の中央にある噴水を見やった。獅子の立像の口からは途切れることなく水が溢れ出し、小さな池を巡り、そして再び地下へと流れ落ちてゆく。その流れに、エドワードはこれまで流れた歳月を重ね合わせていた。
「長かった……。いや、まだ道半ばではあるがな。これで、父上も喜んでくださるであろう」
「はい、それはもう」
ケネスは微笑んで頷いた。
「叔父上の方も上手く行くと良いのだが」
「リヒテルバウムとの協定の件ですな。フロックス公も、聡い御方。きっと大丈夫でございますよ」
ケネスはもう一度、微笑んで頷いた。

        *    *

 その頃、アストリア国王の弟フェリックス――通称、フロックス公――は、リヒテルバウムへ来ていた。休戦協定を結ぶためである。本来ならケネスやエドワードが赴いても良かったのだが、二人ともウィンデスタールとの条約締結のために出国する都合がつかなかったこともあり、リヒテルバウムに留学した経験のあるフェリックスに白羽の矢が立ったのだった。

 護衛に付き添われて謁見の間に入ったフェリックスを出迎えたのは、眼鏡をかけた細身の男だった。
「ようこそリヒテルバウムへ。お待ち申し上げておりました」
「久しぶりだな、コンラート」
フェリックスは片手を挙げて軽く挨拶をしながら、真っ直ぐ部屋の中へ進んだ。正面に座ったまま彼を迎えたのは、恰幅の良い中年の男であった。
「ようこそ、フロックス公。遠路はるばるお疲れ様でございましたな」
「これはこれは、ヴュールバッハ公。此度はよろしく頼む」
フェリックスは軽く会釈をして相手に敬意を示した。
(椅子から立ち上がりもしないとは、無礼者め)
内心では多少苛立ちを感じながら、彼は休戦協定調印の席に着いた。

        *    *

 その日の後刻、満月には何日か足りない月が東の空で薄く輝く夕暮れ時に、フェリックスは護衛の近衛騎士団に囲まれながら、この国の外務大臣ヴュールバッハ公の屋敷に向かっていた。
 今回フェリックスの護衛として随行している彼らは、アストリア国王の近衛騎士たちであった。近年、国王は病気がちで、国内で彼ら護衛が必要とされる場面は多くなかった。そのため、かなりの人数がフェリックスに付いて来ても問題なかったのである。
「おい、リチャードよ」
 フェリックスは、すぐ前を歩く白髪の騎士に声を掛けた。
「治安の悪い地域ならともかく、ヴュールバッハ公に食事に招かれて少し出掛けるだけだ、そちまで付いて来る必要は無いのだぞ?」
「いいえ、殿下が御出掛けになるというのに、某だけが宿で休んでいる訳にはいきません」
リチャードはその規則正しい歩みを保ったまま、そして周囲への警戒を怠らないまま、フェリックスに答えた。
「如何に安全に見えたとしても、此処は敵地。殿下の身を任されている騎士団長としましては、御傍を離れる訳にはいきません」
「まさか、食事の席にまで付いて来る気ではあるまいな」
「勿論付いて行きますとも。それが某の務めですから」
フェリックスはそれ以上反論する代わりに、大きく溜息をついた。

 実は、リチャードにはフェリックスの傍を離れるべきでない理由があった。勿論、護衛が第一の理由であったし、表向きにはそれで十分なのだが、もう一つ、エドワードからの密命があったのである。
「フェリックス殿下を監視しろ、ということですか?」
リチャードはエドワードの聞き返した。その真意が今一つ掴めなかったからである。
「うむ。端的に言うと、そうだ」
エドワードは頷いて説明を続けた。
「叔父上と義父上が、リヒテルバウムに迎合して我が国を立ち行かせようと主張している派閥の長であることは、そなたも知っての通りだ。リヒテルバウムは敵国だが、お二人はその敵国と密かに繋がっている疑いがある。とはいえ、証拠と呼べるものは無く、相手がリヒテルバウムの誰なのかもまだ判ってはいないのだがな。
 しかし、此度、協定調印のためにそのお二人がリヒテルバウムへ赴く。この機に、向こうの内通者と接触する可能性があると余は考えているのだ。――そこで、リチャードよ」
「某が、その現場を押さえればよいのですな」
リチャードは頷き、それを見てエドワードも頷いた。
「その通りだ。頼んだぞ、リチャード」
「承知しました。騎士団長の誇りに懸けて、必ずやフェリックス殿下の鼻を明かしてやりましょう」

        *    *

 フェリックスがヴュールバッハの屋敷に着いた頃、一方のオークアシッドは宿泊中の迎賓館にとどまっていた。近衛騎士たちの大半がフェリックスの護衛に出払ってしまったため残っている者は僅かだったが、元々 迎賓館の警備に当たっている兵士達もいたので、警備上問題はない。
 彼らは普段通り、館の周囲に立ち、警備に当たっていた。
 日はすっかり沈み、空には輝きを増した月が、迎賓館を見下ろしていた。そこへ、雲が流れてきて月を覆い隠し、辺りは闇に染まった。その闇に紛れるかのように、黒っぽい外套と帽子で身を包んだ男達が数人、迎賓館へとやって来た。
「何者だ」
門衛が遮ると、男たちの一人が深く被っていた帽子を軽く上げて、門衛達を見やった。それは、眼鏡をかけた細身の男――昼間の協定調印に際して、フェリックスを迎えた秘書官であった。
「私はヴュールバッハ公の使いで、コンラート・クラップ・ザクラール。アストリアのオークアシッド候にお目通り願いたい。内々でお会いするよう、公から命を頂戴している」
門衛にとっては見知った顔だったので、彼らはすぐ警戒を解いた。
「これはザクラール様、失礼しました。オークアシッド候から話は聞いております。どうぞ、中へ」
 帽子を深く被り直したコンラートが唇の端を上げてにやりと笑ったことに気付いた者はいなかった。
 空には、雲間から再び顔を出した月が静かに輝いていた。

無剣の騎士 第2話 scene1. 協定

文章量の関係で、第2話は各sceneごとに投稿します。

無剣の騎士 第2話 scene1. 協定

第1話 (http://slib.net/37530) の続きです。初めての方は、プロローグと第1話を先にお読みください。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-07-12

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