身体貸します

とにかく早く、とにかく終わらせるを意識して書き上げた作品です。今回から「及第点を付けられるオチ」が安定して生み出せるようになってきたかなと思い始めました。製作時間約一時間二十分。

身体貸します

 新しいビジネスがこの世に誕生した。それも身体を貸す、というものだ。このビジネスであるが、これまでの肉体労働のような、労働力を貸す代わりに対価を得るといったような、古めかしいものではない。本当に生身の身体を貸すことができるのである。詳しい原理は企業秘密ということだが、より分かりやすく言うなら、ある人間の意識を別の人間に移してしまえるのだ。その際元の身体持ち主の意識は眠らせている。ただそれだけだが、このサービスによって誰か別人の身体に入り込むことが可能となったのだ。
 これは主に高齢者向けビジネスとして役だった。その世代を中心に、若かった頃を思い出したい、あの頃に帰りたいといった要望が強かったためだ。また夫婦からの需要も強かった。夫婦間で意識を入れ替え合って、互いの立場をより理解しやすくするためだ。その結果、様々な新しい障害や衝突を生み出すことにはなったが、ほとんどが最終的に絆が強まることとなった。そういった幸せな結果ばかりが注目されたことで、このビジネスは大いに繁盛した。
 しかし、ある人間が気づいた。そのケイ氏という人は、身体を奪い取ってしまえばそのままその人間として暮らせるのではないかと考えた。そして、そのことを利用すれば、若い人間にばかり乗り移り続けることで、自身は精神的には成熟し、それでいて肉体は若く保ち続けることができるのではないか、そう考えたのだ。
 ケイ氏は早速行動に移した。まず手始めに、その企業内に潜り込んでみることにした。実はケイ氏は既に一度、このサービスを体験していた。ただ現在その企業が提供しているサービスは、利用期間が必ず限定されている。元々は他人の身体を借りるわけであって、いつかはその持ち主に返さないと互いの人生に支障をきたすためだ。また勿論、意識を移すための特別なマシンがあるのだが、それにはほとんど触れることも叶わなかった。マシンの中身を確かめる機会・時間ともになかったため、まずはどのような仕組みでこのような魔法じみたことが実現できているのか、確かめる必要があった。幸いなことにまだケイ氏は若かったこともあり、意欲も当然旺盛だったので、入社することは特段難しくなかった。こうして晴れて正々堂々、ケイ氏は社員となったのだった。
 しかしそこからはまた新たな壁が立ちはだかった。この会社に入社した人物は、最初は必ず末端として接客の仕事を担当することになっているのだ。このサービスは、接客においてかなりの仕事の量がある。まず身体を貸してくれる人のリストを正確に作らなければならない。そのためにはその人間の身分はいかようなものか、いつからいつまでの期間なら、問題なく身体をレンタルすることができるかを正しく把握しておかねばならない。それでいて、その期間中であるならば必ず会社の要求に応えられるようにするための、誓約書と契約書を取り交わさねばならない。また期間中に何かしらの体調不良が起こってしまうと、利用者に多大な迷惑をかけることなる。せっかく身体を借りたのに、期間中ずっと風邪で寝込んでしまってはなんの意味もないからだ。そのため貸してくれる人の体調の管理も当然求められる。これらの条件から、常に一定以上の人数をリストに留めておく・更新し続けるのは至難の業だった。
 それでいて、借りる人の方にも厳正な処置が求められる。意識だけが入り込んでいるとはいえ、元々は別人の肉体だ。今のところ、裁判では当人の中の意識が一体誰だったのかが重要となっているようで、身体を借りている際に何らかの罪を犯したら、中の意識の人の罪となるようになっている。しかし、それだけ法律が整ったのも、これまでの犠牲があってのことだ。これから意識を移した人が、自らの意志で犯罪を犯さないよう、チェックする必要がある。また不慮の事故や感染病の蔓延などから、身体に何らかの問題を起こしてしまうとこちらもまた大変なことになる。意識を元通りにしたあと、元の身体の持ち主から多額の賠償金が請求される。この対応もかつて起きた事件からこのように整えられた。現在では必ず契約書に賠償金について記すようになっている。
 以上のことから、借りる人・貸す人の扱いにはともに精神を削る作業が求められているのだ。会社にとって、これらの対応を行える人間はどれだけ採っても足りないほどなのだ。そんなわけで、ケイ氏も勿論その接客から始めることとなった。ただケイ氏はその業務に対して、そこまで重い印象を抱いてはいなかった。その後の適性判断により、このサービスの根幹を担っているマシンの開発・設計部門へ移れるという話を聞いたためだ。
 それからケイ氏は熱心に業務に励んだ。それでいて、余暇には設計技術を養うための学習を時間を惜しまず費やした。コンピュータ工学も学んだ。中身がどういうマシンかはわからなかったが、とにかく一般的な知識の下地があれば役立つかもしれないと考えたためだった。そんなケイ氏の思惑は当たり、上司から仕事熱心で、開発意欲が高い社員という認識を置かれるようになった。そして一、二年ほども経つと、上司から開発設計部門への異動を命じられたのだった。これでやっとこのサービスの中心である、意識を移すマシンに触れることができるのである。そしてそれさえ複製し、加えて別の若い人間を用意すれば不老不死も夢ではない。ケイ氏は夢に一歩近づいたことを喜び、そしていよいよスタートラインに立ったと意気込んだ。
 そしてケイ氏が開発設計部門へと初出勤する日がやってきた。ケイ氏は普段以上に力強い足取りでその部門のドアを開けた。しかしケイ氏はそこで立ちすくんでしまった。そこにあったのはあの意識を移すマシンだけであった。他には誰もいなかった。ケイ氏はただこの場所へと出勤するようかつての上司から命ぜられただけだった。ケイ氏は不審に思った。一体これはどういうわけなのか、と。
 そこでケイ氏の背後でドアの鍵が閉まる音が聞こえた。慌ててドアに駆け寄っても後の祭り。うんともすんとも言わなくなった。加えて急に空調が熱心に働き出した。何事かと思ったのもつかの間、ケイ氏はすぐにその場に倒れた。空調からは催眠ガスが吹き出していたのだった。ケイ氏が倒れたところを見計らって、マスクを身につけた男たちが数人部屋に入り込んできて、意識を移すマシンにケイ氏を慣れた手つきで乗せた。
 元はといえばこんなサービスが、世の中でまっとうに行えている時点で怪しむべきだった。ケイ氏の発想は、この会社を立ち上げた本人が既に思いついていたものだったのだ。偶然にもこのマシンを開発した社長は、すぐにこの世界において重要な役割を担っている人物ばかりを狙い、マシンを利用して自身の意識を入り込ませたのだ。それにはかなりの時間をかける必要があったが、社長自身はいつでも身体を若返らせることが可能だった。そのため、時間という多くの人々が悩まされてきた問題などは特に気にもとめなかった。そして各国の指導者と立法機関、警察機関、マスコミの上層部を社長そのものに変えきってから、新しいサービスとして提供し始めたのだ。国の指導者にはこのサービスを受け入れるための法律を必要に合わせて整えさせ、立法機関には適当な前例を生み出すことで国民の安心を得させ、警察機関にはこのマシンを奪おうとする輩を常に監視させ、そしてマスコミには後ろ暗い部分を完全に秘匿させ、安全で安心であるというコマーシャルを常に喧伝させる。この地球上には数十億もの人間が暮らしていたが、それを統治しているのはもはやたった一人と言ってよかった。
 地球は今や、緩やかに大多数の個人によって征服されようとしていた。

身体貸します

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身体貸します

身体を貸す、という新たなサービスが生まれた。これさえ使えば、若かった頃を再体験したり、違う性になったりできる。ただ、ある人「ケイ氏」はそれ以上の利用方法を思いついた。ディストピア風味のSFショートショートです。

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-07-12

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