訳あり掌編集 その2
掌編の『苗』のようなものです。
もう少し水をやれば良かったかもしれません。
間違った祈り
ある日。
地球に、宇宙人来襲。
圧倒的科学力を前に、為す術もない人類は、神様に祈りました。
神様、どうか地球をお守りください――と。
この祈りは聞き届けられ、神様は、地球に一体の光の巨人を使わされました。
光の巨人はあっという間に宇宙人を殲滅し、再び人類には、平和が訪れる――筈でした。
けれどあろうことかその光の巨人は、人類を襲い出したのです。
なぜなら光の巨人は、地球を守るために神様が使わしたのですから……。
竜殺し
山に篭ること幾星霜。
男は遂に竜殺しの必殺剣を身に付ける。
意気揚々と山を降り、その足で、王宮を訪れる。
当然、門番に取り押さえられ、不審者として、退屈な王様の前に連れ出される。
「王様、私は竜を殺せます。山に篭り、厳しい修行の末、竜を殺す技を身に付けたのです!」
男は、自分の価値を訴える。
そんな男に対して、王様はあくびしながら仰った。
「どこにいますか?」
「はい?」
「ですから、この世界のどこに竜などいますか?」
ここは、異世界じゃありません。
屠竜の伎――すごそうに思えて、実は何の役にも立たぬ技。
by荘子
かぼちゃの巨人
一体どんなものだろう?
わくわくしながら待っていたのに、彼女が食卓に置いたのは、何てことはないかぼちゃの煮物。
「はい、どうぞ。かぼちゃの炊いたん」
彼女は、京都の人。
紙飛行機
十月の第一週。
その日私は、前期の成績表をもらうため、大学を訪れた。
成績表は、ゼミの教授から直接受けとることになっている。
法学部棟の前まで来て、私は顔を上げた。
目に飛び込んだのは、秋空を真っ二つに切り裂く白い飛行機雲。
それから、やや視線を落とし、教授の研究室を見た。
六回の最上階の一室に、それはある。
窓は開いている。教授は在室のようだった。
教授は、携帯を持たない人だった。
学部棟に入ろうとしたところ――やおら地震。
それも、大きい。
入り口前で思わずしゃがみこむ私。
大きく縦に揺れている。
しかしそれも、数十秒ほどで収まった。
私はスマホを開き、ニュースを確認。
心臓がドキドキしている。
震度四。
ここが一番大きな震度で、ホッとした。
改めて学部棟に入る。
正面に、法学部の窓口。後で履修届けの用紙を貰おう。
ちなみに現在、我が大学は、電子化の移行期間。
来年からはWebからしか履修届けは出せなくなるらしい。
となると、事務員さんたちの何人かはリストラされるのだろうか?
その左脇にエレベーター。
ボタンを押す。
「うん?」
反応がない。
「しばらく動きませんよ。今の地震で」と、わざわざ窓口から身を乗り出して、女性の事務員さん。
この人は、いい人。リストラされることもないでしょう。
「え……」
「お気の毒さま」
ウフフと笑って、引っ込んだ。前言撤回。
教授の研究室は六階。
私は、仕方なく階段を登ることにした。
文明の利器のありがたさを噛み締めながら、登り切る。
汗だく、ふらふらの足で、教授の研究室へ。
良かった、ドアサインは『在室中』になっている。
ノックすると、どうぞと返答。
私はドアを開けた。
「……うわあ、ひどいありさまですね」
本棚は空っぽになっていて、さながら坂口安悟の書斎のように、床一面に本が散乱している。それを教授が直しているところだった。ちなみに教授、眼鏡の似合うナイスミドル。
「ああ、成績表ですね。ちょっと待って――」
教授は、窓際の研究室奥の机の引き出しから成績表を取り出し、
「はい、どうぞ」
――と、言われても……。
「どうしました?」
「ええっと……本が」
「ああ、別に踏んづけたって構わないけれど?」
「まさか!」
床に散乱するのは、明らかに古くて高そうな本の数々。
おいそれとは踏めやしない。
と言って、お互いが精一杯手を伸ばしても、届きそうにない。
「じゃあ、私の方が――」
「だ、ダメです本を踏んじゃ――」
私は慌てて教授の暴挙を止める。
そんな私の脳裏に過ったのは、さっき見上げた飛行機雲。
「そうだ、紙飛行機。紙飛行機折って下さい、その成績表で」
「……なるほど。しかしいいんですか?」
「ええ、構いません。お願いします」
教授は、机の上で私の成績表を紙飛行機に折っていく。
私はその様を研究室入り口から眺めていたが、ハッキリ、嫌な予感がした。
折り上がった紙飛行機を手に、教授。
「行きますよ」と言って、紙飛行機を放つ。
「あ、あああ」
嫌な予感、的中。
案の定、紙飛行機は円を描き、教授の許へ舞い戻る。
教授はそれをキャッチし損ない、開けっ放しの窓から――。
兎を一羽二羽と数える理由
みなさんは、どうして兎を一羽二羽と数えるか、ご存じですか?
それにはこんな、切ない(?)理由があるのです。
森に聖(ひじり)さまがいらっしゃるご様子。
動物たちは、聖さまをもてなさんとしてあれやこれや。
猿が木の実を集めれば、熊は川で魚捕り。
けれど、愚図でのろまな兎さんは、何も用意できませんでした。
と、言うわけで、兎さんは聖さまの前で火の中に飛び込んで、言いました。
「聖さま、どうぞ私を召し上がれ」
聖さまは、苦笑い。
「……いや、仏教じゃ四つ足の畜生をほふるのは、禁止です」
「そ、そんな――」
聖さまは、そんな兎さんを哀れと思ったか、あるいは肉の焼ける香ばしい匂いに負けたかは定かじゃありませんが、
「まあ兎って、ぎりぎり鳥だよね。ぴょんぴょん飛び跳ねるし、うんうん」
そう言って自分を納得させると、兎さんを美味しくいただきましたとさ。
実にそれからです、兎を一羽二羽と数えるようになったのは。
ごちそうさま。
厄介な事件
先頃、大田区で起こった、近所でも評判のO脚一家宅から脚立が強奪されるという凄惨な事件――いわゆる『大田区O脚一家宅脚立強奪事件』は、警察関係者に多大な犠牲者を出したものの、見事犯人逮捕で幕を閉じた。
――が。
ほっと一息き吐く間もなく、今度は洋食シェフの曾祖父ばかりが忽然と消失する怪奇的な事件が起こる。
失踪ではなく、消失である。
煙のように、人が消失するのだ。
それも何故か、洋食シェフの曾祖父だけが……。
警察はこの事件を『洋食シェフ曾祖父消失事件』と仮称。直ちに第一回捜査会議が開かれる。
新任署長による第一声。ちなみに前の署長は、先の事件の犠牲者の第一号。
「えー、それでは第一回ようしょくしぇふしょうしょふ――ぐふっ」
「しょ、署長!」
早くも、一人目の犠牲者。
その後、数々の証言が集まる。
洋食シェフはみな、恋愛に対して受け身な今時の若者であること。
曾祖父の消失は、朝ごはんの最中に起こること。
消失した曾祖父たちはみな、歳のせいか近頃めっきり食が細くなっていたこと。
最終的に、この事件は『草食系洋食シェフ少食曾祖父朝食時消失事件』と命名された。
訳あり掌編集 その2
掌編の『苗』でした。
もう少し水をやれば(水増しすれば)掌編になったかもしれません。