由香とトイ7
由香とトイ7
由香は夏休みの終わりの頃に、小学校の頃の同級生から相手がいないなら俺とつき合わないか、と告白されていた。由香は即答で「嫌」と言ったので実際につき合ってはいなかった。そのことを知った由香の友達の知子が「なんで断ったの?いいチャンスだったじゃない?」と聞いてきた。由香にとっては幼稚園児よりも馬鹿なやつら、というイメージがあったので、由香は「反射的に無理って言っちゃった」とあっけらかんと笑って答えたのであった。それから由香はバイトを変えた。保育補助の仕事はとても好意的に評価されたらしく、園長先生に週一でいいから続けてやってみない?と誘われたが、やはりきついし、長時間のみの採用と条件も合わなかったので由香は断っていた。由香は次のバイトを何にしようか悩んだ。以前にトイプードルの毛をトリミングした時にうまくいかなかった事を思い出し、犬のトリミングを習っておくのもいいかなと思いたった。そういうことで由香は、トリミングのバイトを何気なく探してみると知り合いの獣医さんで募集をしているのを発見した。その獣医さんは以前由香の家で犬を飼っていたときに世話になった先生だった。先生は由香のことを覚えていたのでスムーズに話しがまとまり、獣医さんでトリミングその他の手伝いを週一に一回、半日だけバイトをすることになった。そして月日は流れ夏休みが終わり二学期になった。由香と由香の友達はすっかり日に焼けて真っ黒になっていた。いつものようにみんなとお昼を食べていると、近所にいる変な人の話で盛り上がった。大声で歌いながら散歩する老人「大御所」、夜になると上半身裸でジャケットだけ羽織るスタイルでコンビニに来る若いにーちゃん「ワイルド」。お金持ちなのにゴミ捨て場を漁るおばさん「ゴミ拾い婦人」、ござるとか拙者とかいう外国人留学生など。そして、友人の一人がある人を上げた。それが「埋蔵金おじさん」だった。埋蔵金おじさんは昔の文献を熱心に読んでは掘りに出かけるような変な人で、常にフル装備でそこらへんをうろついている人らしい。他の友達も知っていて、「あー知っている。テレビ番組にも紹介されていた」と言った。そんな有名な変人がこの街に住んでいたなんて。由香は知らなかったので印象に残ったのであった。由香たちの間で肝試しが行われることになった。友達の一人が歴史マニアで昔合戦があった場所が、電車で三十分ほどのところにあることを知っていた。その場所が肝試しをするにいい場所じゃない、と話が膨らんだのだった。歴史マニアの子は、ここは敵側の姫様と恋におちた若くてイケメンな武将が、無念の死を遂げた合戦の場所だからと反対した。リーダー格の恵美が「死人が一杯出たってことは幽霊がでそう。ここがふさわしいね」と言って強引に決めて肝試しは行われることになってしまった。男女七名ずつ参加で彼氏、相手持ちはそのまま参加、相手がいない人は知り合いを用意してもらう事になり、彼氏がいない由香も参加可能になった。肝試し当日。由香は同世代になぜだか興味を持てないでいた。そのため恵美の大学生の彼氏が連れてくるという大学生の友人には結構期待していた。まず食事会が行われ、次に肝試しの流れである。グループ内で女芸人と呼ばれる内田が話をうまく盛り上げてくれたので相手がいない組もそれなりに盛り上がり、肝試しには全員で参加ということになった。流石にまだよくわからないこともあり、カップルでない方は、三人ずつで。恋人同士は二人ずつ一組で肝試しをする事になった。この後は現地解散である。由香と内田と友人は肝試しに、大学生、同世代の空気、同世代の空気と行くことになった。女三人は当然大学生狙いである。しかしながら、勝負はすでについていた。大学生は内田さんの手をさりげなく取って歩き出したのであった。由香と友人は唖然としたのち、憮然とした。「そっち専の人だったのね」と友人はいいくやしそうにしていた。由香も今回はあきらめる他ないなと思った。消化試合となった感のある肝試しだったが、実のところ雰囲気は抜群に出ていた。月明かりすらなく、静まり返り返る林道。散らばっている家庭ゴミが何かに見えるような錯覚を由香は感じて背中がゾワゾワとした。由香と友人はお互いの腕をつかんでカップルのように進んだのだった。そうして由香たちが進んでいく内にザクザクという音が聞こえてきた。林道を外れた林の中からである。「土を掘る音じゃない」と友達が言った。更に続けて「由香。どうしよう、先に行った人たちがいない」と泣き顔で言った。由香は変人が肝試しに来たカップルを襲い、死体を埋めている映像が頭に浮かんだ。由香と友達は抱き合って怯えた。男たちは怯えながらも大丈夫さと先行して進んだ。何かの叫び声が聞こえると、光が突如こちらを向き迫ってきた。男たちは悲鳴を上げてパニックになって逃げ出した。由香がライトを向けるとそこには頭にライトを土で汚れた作業着を着たおじさんが立っていた。おじさんは「おまえら、何やっている」と怒鳴った。落ち着きを取り戻した由香たちはおじさんに肝試しをしていたことを説明した。おじさんは「脅かすンじゃない。そもそもこんな夜中にここに来るなんて非常識だ」と由香たちにくだくだとお説教をしていた。大学生が「あんただって非常識じゃないのか。ここで何をしているんですか?死体でも埋めているのですか?」と反論した。おじさんは「馬鹿やろうー。死体なんか埋めるわけがないだろうが。いいか。俺は仕事でしょうがなくやっているんだ。お前たちみたいに遊んでいるわけじゃない。」そのやりとりの中、隙を見て由香は他の人に連絡を取った。先に行った人たちは「間違えて奥にいったの?危ないから早く帰ってきなよ」と由香たちにあきれられていた。他の人はとっくに肝試しを終えていた。まだお説教がしたりないおじさんをしり目に、由香はもういいからさっさと帰ろうとみんなを促した。おじさんは「早く帰りなさい。そうだ帰りに襲われないように」と言って鈴の付いたお守りを由香に渡した。おじさんの剣幕にちょっとビビっていた由香は黙ってお守りを受け取るとおじさんに向かって「ありがとうございます」と言った。
一同は早足で何事もなく駅まで戻り、そのまま解散となった。大学生と内田はどこかへ消えて行った。由香と友人は帰りの電車の中で途中まで一緒になった。「さっきのおじさんきっとうわさの「埋蔵金おじさん」だったよね。テレビで見たことある」「でも怖かったね。変な人だったし」「ねえ、おのおじさん何くれたの」「交通安全のお守り」「やっぱり変な人だったよね」二人はどっと疲れが出てきたのだった。次の週の金曜日の夜のことである。由香はテレビをいつものように編み物をしながら何気なく見ていた。テレビは地元のローカルニュースを放映していた。そして行方不明になった人がいた。藤田実という、会社員の人で近所の人の話では先週の日曜日から家に帰っていないようだった。藤田は宝堀りが趣味なのはこのあたりでも有名で、近所の人の話では、宝ほり用のいつもの格好で宝を掘りに行くと言って出て行ったきりらしい。写真を由香が確認するとやはり先週、肝試しでであったおじさんであった。由香はすぐに警察に報告して、おじさんに会った経緯と出会った場所を教えた。警察は「わかりました。すぐに探します。協力ありがとうございました」と言った。由香は安心して寝るのであった。次の日夜になってもおじさんが見つかったという報告がなく、由香は他人事ながら心配になってきた。いなくなってもう一週間を過ぎていた。由香の机にはおじさんから貰った交通安全のお守りがあった。肝試しの現場から帰るときに、由香はそのお守りの効果になぜだか期待して持っていたのである。そしてお守りを捨てるのにも抵抗があり、何となく捨てられなかったのであった。これを使っておじさんを見つけるのを手伝おうかな、トイが居れば見つけられるよね、と由香は思ったのであった。次の日午前由香はバイトに出勤した。由香は結局おじさんが発見されたというニュースがないことを知り、やはりトイに頼んで一度軽く捜索の手伝いをしようかと思った。荒井教頭の家に行くと教頭先生は不在だったがトイは涼みに来ていて、由香はトイを連れだす事に成功した。由香は荒井教頭の家にあった子犬用のゲージを借りて、トイをゲージの中にいれると駅へと向かった。その後肝試しを行った現場まで電車で移動した。電車から降りると由香はトイをゲージから出した。それから歩いて現場に着くと、由香は埋蔵金おじさんから貰ったお守りを取りだすとトイに渡した。トイはおじさんのお守りの匂いを嗅いで、その匂いを覚えた。トイは地面の匂いを嗅ぐと、ばっちり見つけたのか、匂いを追ってどんどん進んでいった。奥に入って行くにつれて林はうっそうとし、日が当たらないせいか、うだるような暑さがなくなって、涼しくすらあった。由香はちょっと嫌だなあと思った。由香はトイに「早く探そう、暗くなる前に帰ろう」。三十分ほど行くとテントを見つけた。トイの話では埋蔵金おじさんの物であるらしい。こんなところで一人寝泊まりするなんて、由香にはちょっと理解できなかった。しかし、ここにテントがあるということを考えると、埋蔵金おじさんはまだここら辺にいるという事だった。そこから捜索を続けたがこのテントを拠点にあちらこちらに歩いていたらしくトイも行ってみないとわからない、という事だった。由香たちは試しに一つ進んで見た。匂いのなくなった先で穴を掘って埋めたらしき場所を見つけた。埋蔵金おじさんは見つからず「他の場所に移ったのだろう」と、トイが判断した。テントの拠点に帰ってくると十六時になろうとしていた。由香は迷った。まだ探すべきなのか。由香は捜索前には割とあっさり見つける自信があった。しかしトイプードルにとっては林道が移動しづらい事、また色んな場所に行っている場合確定するのに意外と時間がかかる事、と由香たちにとっては完全に誤算だった。由香は埋蔵金おじさんが今どうしているか考えてみた。意外と山を下りてピンピンしているかもしれない、怪我をしているかもしれない、遭難しているかもしれない、死んでいるかもしれない。由香はそこまで考えるとぞっとした。トイは探そう、と言ってきた。理由は次のようなことだった。雨が降らない内に探さないと匂いが弱くなること、警官の姿が見えないと言うことは捜索をしていないか打ち切られたということ、何らの理由でまだ山にいるなら早く見つけないと手遅れになること。由香は興味本位で捜索なんかするんじゃなかったと物凄く後悔した。意を決めてもう一度だけ違う方向へ探索することにした。十五分ほど進むとやはり穴掘って埋めたような場所に出てきた。しかし、今回は全部が埋まっていなかった。穴を掘ったままほったらかしにしている場所があった。トイはそれを見て、「ここで何かあったと思う」と言った。由香たちはその近辺を捜索し始めた。トイが不意に「うめき声の様な声が聞こえるゾ」と言った。「ちょっと脅かさないでよ」由香は声を震わせて言った。「そうだった。由香には聞こえないのだったな。僕の耳は人間よりよく聞こえるからなあ。こっちの方から聞こえるナ」由香は半分やけくそ気味でトイについて行った。「匂いはするし、こっちだな」とトイは進んでいたが、不意に立ち止まった。何かを見つけたようで、トイは由香に言った。「由香、気をつけてこっちに来てくれ」由香がトイのいる方向を見ると地面に直径1.5mほどの穴が開いていた。由香は落ちないようにおそるおそる穴に近づいて穴の中を見た。暗くて底の方が見えなかったので、スマホのライトを照らした。暗い穴の底にうごめく物があることに由香は気が付いた。人のようであった。由香は悲鳴を上げると後さずって腰が抜けたように座り込んだ。その時に砂が入ったのか、穴の中の人はごほごほと急き込んでいた。「助けてくれ。助かったー。早く助けてくれー」と必死に叫ぶ男の声が穴の中からした。由香はなんとか精神を立て直すと、再び穴から遠い位置から、穴の方に向かって言った。「少し待っていて下さい。レスキューを呼びますから」由香は怖かったので穴には絶対近寄らないようにしようと思った。トイがスマホのアプリの地図で今いる座標をメモって消防署に伝えるといい、と由香にアドバイスした。由香はアプリで位置を確認すると消防署に電話し、経緯と今いる場所を伝えた。消防署の人は「すぐにいきますのでそこで待っていてくださいね」、と返事した。由香は次第に暗くなっていく林の中、恐怖を感じながらトイを抱きしめて、ひたすら待ったのだった。十八時半過ぎに、五人のレスキュー隊員が来た。由香はほっとして涙ぐんでしまった。男は無事に救出されて、直ちに病院に運ばれた。落下のショックで両足を骨折するという大けがをおっていたものの、命に別状はなかった。由香は警察に事情を聞かれた。以前肝試しに来た時におじさんを見かけていて、気になって来てみたらたまたま見つけたと説明した。そして後日。由香は別に義理もないのだが、気になっていたので埋蔵金おじさんのお見舞いに行った。おじさんは命の恩人である由香に心から感謝していて、退院したら必ずお礼に伺いますと言った。そして由香が聞いてもいないのに何故自分がこんなに宝探しに夢中になってしまったのか説明しだした。おじさんは趣味で化石掘りをしていた。いろいろ独学で文献を探して掘りに行ったりしているうちに、思いがけず小判が二千枚入ったつづらを掘りあててしまったのだった。持ち主が現れず、お宝はすべておじさんの物になった。そこから、おじさんの運命は変わった。前以上にお宝ほりにのめり込み、奥さんとは離婚。休みはテントを貼って穴掘りにすべてを費やすような荒んだ生活だった。しかし、それ以降一度もお宝を見つけることはなかった。そして埋蔵金おじさんは恐ろしい事をいいだした。おじさんが今回参考にしていた文献はフェイクであったと。この文献を作った人が、全部埋めていない危険な古井戸の場所だと知っていた上で、そこにお宝があると示したというのだった。「自分の様に欲に目がくらんだ人をトラップに嵌めて、ほくそ笑んでいるに違いない」とおじさんは自傷気味に言った。由香は「怖い話はやめてくだい。すごく苦手なんです」と明るく笑ってごまかすことにした。今回の事をおじさんはすごく反省していた。これに懲りて引退すると言っておじさんは締めくくった。由香は「それがいいですよ」と言って引きつり笑いをしたのであった。後日。由香は荒井教頭の家でこの話をしていた。荒井教頭は「その説が本当だったらと考えると本当に怖いですね。お化けよりも人間の方が怖いといいますしね。それにしても由香さんにモコ。あんまり危ないことはしないでくださいね」そんな雰囲気を消すように由香はトイに「それにしても小判二千枚だって。トイさん、一緒に探そうよ。トイさんの鼻ならいけるって」と由香は無邪気に笑って言った。「両足を折るだけだからやめな」と馬鹿馬鹿しそうにトイは言うと目を閉じた。
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