32、亜季・・・大人になれなくて

友情、信じてますか?

32、友情、信じてますか?

 眠りたいのに整理のつかない言葉や、出来事が勝手に頭の中を走りまわり心を締め付けていく。どれほど楽天的に見える人も一度や二度はそんな夜を経験する。悩みや苦しさは一時的ではあっても眠りという本能さえも狂わせるら

亜季は何度も寝返りをうちながらエリカの傲慢にも思える言葉を怒りでたたきつぶしていた。
(あの人は・・・私を子供のように扱う。冗談じゃない!確かにまだまだ甘さがある事は・・・認める。でも、私のしたい仕事の主導権をエリカには握らせない!)


そしてもうひとり眠れなに夜を過ごす人、朝香。
朝香は寝ることをあきらめたようにべッドの上に座り込み携帯を強く握りしめた。時間は午前3時20分。一瞬の戸惑いを飲み込み指は亜季への元へと動き出していた。


 真夜中に突然の着信。亜季のモヤモヤとした感情が一気に崩れる。携帯には朝香という文字。

「もしもし、朝香・・・どうしたの?」

「ごめん、こんな時間に。なんか眠れなくて。寝てたよね?」

「私も同じ。やっぱり眠れなかったから。」

「そうか。エリカの事?」

「うん・・・まあね。それよりどうしたの?」

「私さ・・・卒業したらすぐ結婚することに決めた。」

いつもより少し低目の大人びた朝香の声。

「ええ・・でも少しは最後の独身生活を楽しむんじゃなかったの?ああ、もちろん朝香が望んでいるならそれでいいんだけど。でも・・・なんか急だね。」

「うん。そう思ってたけどどうせするならいつでも同じかなと思って。彼は早くしたいって言ってたから。でさ・・ちょっと考えてたら亜季の声が聞きたくなって。」

どこか寂しい結婚の決断という空気が亜季の頭をよぎる。どういうわけか「おめでとう」の言葉が出てこない。

「ねえ、朝香・・・?本当に彼の事好きなの?」
暫くの沈黙。そして次に発っせられた音はもういつもの朝香だった。

「やだぁ、当たり前じゃない。好きでもない人と結婚なんかするはずないじゃない。ただ、彼しか見えないとかそんなんじゃないっていうだけ。
まあ・・なんていうかほんのり好きっていうのか。亜季も知ってるように今までの恋愛は熱いのが多かったから・・んんん・・ちょっと物足りない気はするけど。でも、結婚にはこれくらいがいいかなって思うの。いつ焼けどするかわからない程熱いまま結婚なんて身がもたないもん。」

「そうか・・・それでいいなら何も言う事ないけど。幸せになってほしいから。」

「ありがとう。で、披露宴に亜季に生演奏お願いしたいんだ。丈先輩も帰ってこれらるかどうかわからないけど呼ぶつもり。」

「そうなの?だって朝香は先輩の事あまり好きじゃなかったでしょう?」

「男としてはね。でもいい人だよ。それに亜季のピアノと先輩のベース、最高に合ってる。いつも先輩が亜季の事心配そうにみながらうまくフォローしてるし。ジャズ研でもみんな言ってたよ。先輩は亜季が好きなんじゃないかってね。」

「ないない。あの人の頭の中は音楽だけ。恋愛とかまるで無縁の人に見える。もちろん男だからそこそこ遊ぶことはあるだろうけど。」
そういう亜季の声はあまりに無邪気すぎる。

「亜季・・・いつも思うけど・・・わかってないな。熱くなるだけが恋じゃないんだから。まあ、今はもう恋愛なんかって思うかもしれないけどその間に大切な人を見逃しちゃうかもよ。ちょっと偉そうだけど最近思うんだ。愛してるを何百回言ってくれる人より大切に見守ってくれる人の方が数倍いいって。・・・んん?年寄りみたいね。」

さっきまでの亜季の心配をよそに朝香の笑い声が妙に美しく亜季の心を揺さぶる。

「そうか・・・でも朝香、幸せなんだね。おめでとう。」

「ありがとう。何かを決めた気持ち、冷めないうちに亜季に聞いてほしくて。こんな遅くにごめんね。」

 ここから先、二人の歩く方向はまるでかけ離れたものかもしれない。ただ、どんな友情も長い間には近くなる事も遠くなることもきっとある。そのいったり来たりが命の最後まで続けばその友情はひとまず本物と受け止めてもいいのかもしれない。

電話の最後、朝香はこう言った。

「亜季、エリカの事だけど・・・あの人は確かに血がつながった姉妹かもしれない。でも多分わかり合う事はないと思う。憎しみから始まった関係はけして愛情には変わらない。許す事を拒否してしまうから。
特にあの人はそれが強そうだし。他人では出せない息の合ったセッションができるかもしれないけどそこにはまっては危険よ。音楽はどんなものであれ気持ちを音にのせるんだから心がボロボロになったらいいものはできない。
何かあったら丈先輩を思いだして。あの人、亜季が危ないと思ったらきっと仕事放っても帰ってくる。もちろん結婚してもこれまで通り人生相談には私があたりますからご心配なく。」

そう言うと朝香はふざけたように笑い声をもらした。

 電話が切れて、音が止まり、会話の余韻だけが暗い部屋の中を埋め尽くす。エリカ、結婚、先輩、危険、言葉の断片が少しずつ自分の胸の中に詰まれていくのを亜季はじっと感じていた。

32、亜季・・・大人になれなくて

32、亜季・・・大人になれなくて

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-07-11

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