陽光より
「小説家になろう」時代。
もう疲れたよ、と叔父はぼやいた。
ぺかぺかと産毛まで剃られた頭部はそんな憂いに反して今日も翳り一つない快晴だ。
「何が疲れただぁ、たかが年に一度の仕事のくせに」
ええから働け、と訛りのきつい叔母が覇気の無い夫を後ろから豪快にどつき回す。
一族にとってはもはや年末年始の風物詩と呼べるかもしれない光景だった。
だいぶ酒が回ったのか、男共はやんやと囃し立てるばかりで、叔父の味方は一人もいない。
ただ唯一、横では年子の弟が将来の己を想起したのか、眉根を寄せて何とも言えない表情を浮かべていた。
それがあまりに悲惨だったので、景気付けるつもりで空いた杯に酒を注いでやった。
「叔父さんはうちに婿入りしたのが運の尽きやねえ」
「毛根の尽きとちゃうの……」
「別にそんな、大丈夫やろう。もうちょい慎ましい奥さんもらえば気にならんって」
「そういう問題と違うわ……俺の好み、女王様系やし」
「それこそ知らんわ。女王様系やったら将来ハゲてもええのん」
「だから違う言うとろう。そうやわ、違うやろう。何が楽しゅうて姉貴と嫁談義やの」
「何を今思い出したみたいな顔しよって。やっぱ要らん気ぃ回すんやなかったわ。――ほら、そろそろやろう」
ほい、と指差した先では、未だにごねる叔父を男衆で剥き出しの屋根裏へ押し上げていた。
えげつないわぁ、と女たちから言葉が洩れる中で、とうとう叔父の頭が梁の高さを超す。
気を利かせた誰かが、「ほい!」と天井の仕掛け扉を跳ね上げた。
真四角に、冷たい風と共に白い冬の結晶が畳の上へ差し込むと、おおっ、と親族でどよめきが起きた。
その間を縫って、遠くから波がさざめくような、人間の呼吸と囁きが遠くから聞こえる。
「――これは、また」
今年も盛況やぁ、と向かいで父方の祖母がお茶を啜った。
「毎年毎年飽きもせんと、何が面白いんやろう」
隣で弟がぼやくのに合わせ、ふと波のさざめきは大きな波の到来に変わった。
おおおおおっ、というどよめきが向けられたのは、仕掛け戸から現れた叔父の後頭部――積もり始めた結晶を反射してまばゆい光を放つ禿頭だ。
「今年も見事な初日の出が山間から顔を出しました!」
人間の報道陣が声を張り上げるのが、遠くから朧気に聞こえてくる。
「顔やのうて、後頭部やん」
弟の苦々しい言葉が、ほろ酔いの度を越し始めた大人たちにウケて場は盛り上がる。
酔っ払いに囲まれ小突き回されながらも、叔父は観念したように仕掛けの梯子をゆっくりと上っていく。
「おめえがあっこ上るのはいつになるんやろうのう!」
もはや関係の分からない中年の男に酌をされ、弟の笑顔も引き攣る。
それを横目に、私は反対の隣に座る夫と杯を合わせた。
「今年もよろしゅう」
「うん、よろしく」
所在は山の陰、雲の上。
初日の出一家の朝は今年も騒がしい。
陽光より