ゆうたち

「小説家になろう」時代。

 すん、と鼻を鳴らす。
 人よりよく利くそれは鋭敏に、雨と、そこに混ざる血の臭いを嗅ぎ取った。雨が上がれば、加えて腐臭が、辺りに立ち込めるだろう。
 きっとその臭いは、誰にも拭い取ることができないし、拭い取ってはいけない。この土が、木々が、茂みが吸った血を、忘れてはいけない。
 これは自分が直接被りきれなかった血だ。敵も味方も、数えることが面倒になって悼みきれなくなるほど死んだ、そのせいで流れた血なのだと、叩きつけるような雨粒が喚き叫ぶ。

「こんなものが」

 雨で凍えた身体が吐き出すのは白い息だった。
 それでも自分は生きている、と実感するには充分すぎる。

「こんな戦いが、未来のためになどなるものか」

 美しい未来のために今を犠牲にして何になる。
 そんな足し算と引き算でしか世界は回らないのか。

「そんな世界を、救いたかったわけじゃない」

 頬が熱いものが伝う。
 それもすぐに雨に冷やされて、ああ酷い臭いだ、と目を閉じる。
 救えたところで、救うには力足らずな己の手を見下ろすことも諦めた。

ゆうたち

ゆうたち

頭から被った生あたたかいものも忘れるような雨の夕景。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-07-10

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