貝の瞳

「小説家になろう」時代。

 彼女は喪服姿だった。
 だからこそ直感したのだろう。
 これが『終わり(いぶつ)』なのだと。

 喉はやめろと懇願し続けて、
 涙腺は堰を押し流しそうなほど。

 そんな僕の絶叫に、彼女は彼女は。

 ――こんにちは

 と。
 言ったようだった。
 聞こえなかったはずだ。
 彼女は一度も口を開かなかったのに、それなのに聞こえた。

 そして始まる『終わり(いぶつ)』。

 彼女の言葉は文字通り刃物で、
 ああ、僕の心臓を、大腿を、関節を、首を切り裂いて、
 ああ、そこから流れ込むたくさんの言葉!

 僕自身の言葉を上書きするような未知の言葉の奔流。
 それは、僕という意識を押し流す知識だった。
 判らないはずの言葉がだんだんと理解できて、
 そして体はぶるぶると震え出した。

 空は青くて、
 鳥は飛ぶイキモノで、
 人の手指は五本ずつで、
 子どもは無邪気で、
 大人は働いて、
 お金は紙きれで、
 地球は丸くて、
 空気は心地よいのだという。

 ――ち、がう

 声を上げようとしても、できない。
 僕の喉はとっくに切り裂かれてしまっていて、声帯は機能しない。

 ――ちが、う

 微笑む彼女は口を動かす。
 それでも聞こえてくる言葉はおよそ言葉と思えないような雑音(ザツオン)
 耳を塞ぎたいと思って、それでも肩はもう動いてくれなくなっていた。

 人は笑って、
 涙を流して、
 辛くて、
 ひどくて、
 世界は美しくて、
 生は素晴らしくて、
 愛は存在するらしい。

 ――そんな、わけ

 あるものかという反論を彼女は許してくれない。
 そんな暇いとまはない。
 絶えず流し込まれる僕の知らない知識はもう僕からパンクしそうで。

 そうして終いには僕は。
 止めてと懇願する代わりに僕は。
 押し流されてもみくちゃにされた僕は、
 唯一覚えていられた否定形の言葉だけを遺して、消え失せた。

『全てが間違っている』

貝の瞳

貝の瞳

この世に生を受けた時、あらゆるものを否定された絶望と共に生まれ落ちた。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-07-10

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