それは夢のはなし。

「小説家になろう」時代。


 もういいよ、と目を逸らす横顔。
 完全に突き離されたのだと気付いて、こっちの怒りも増す。

「誰が、いつ頼んだんだよ」

 実際声に出してみれば、何てことはない。
 ああ、怒っている。
 物凄く今、怒っている。
 その怒りに任せて地団太を踏むと、ぬたりと嫌な感触と音がする。
 不愉快で、それでもって、これが怒りの源泉だった。

「ただの冗談を、真に受けてんじゃねーよ」

 こちらを見ようともしない、硝子球のような右瞳。
 そこに写る自分が実に不細工なのが、場違いに愉快だった。
 それ以外は、ひたすらに不愉快だった。

「頼んでねーよ、こんな事」

 だって、とささやくような反駁。
 それを、無理やり抑えこんだ。

「誰が殺せ、って頼んだんだよ」

 ぎゅ、と唇を噛み締める横顔は。
 貴方のためなのにという言葉を実に雄弁に物語っていて。
 映画館に放り込まれたみたいな声の反響が。

「死にたい死にたいと言ってはいたけど」

 腹から生えた彫刻刀。
 そこから不恰好に滲む真っ黒な血を見下ろして、唐突にその『終わり』を感じた。

   *

「え? あー……泣いてないかなとか思って。

 いや、本当ごめんなさい。

 調子乗ってたかも。

 ――気持ち悪い、って。

 素直に謝る人捕まえて気持ち悪いて貴方たちね。

 だからって殺すなよな。

 すごく痛かったんだからな」

それは夢のはなし。

それは夢のはなし。

起き抜けの腹痛。心当たりはあった。痴情のもつれ、ってヤツだ。

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-07-10

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