【鬼を狩り、鬼となる】
こんにちは。一久一茶です。今回の作品も、少し暗いといいますか、重い雰囲気を漂わせていますが、是非読んでください!
鬼を狩り、鬼となる
この世に【鬼】が現れて今日まで、世界は混沌としていた。人間の生活は【鬼】の存在によって脅かされ、生きる糧を失った人間は、必死に生き抜くため、色々な【狩人】となっていった。
ひとつは【人狩人】。文字通り人を狩り、略奪により生計を立てる者。
そしてもう一つ・・・それは鬼を狩ることで生きる、【鬼狩人】
荒野と化した地に、ひとり歩く人影がある。長い髪と、白い肌。歳は二十歳前だろうか。その凛とした眼差しは、世が世ならば『美女』としてもてはやされそうな風体だ。
彼女は旅の狩人であった。各地を放浪しながら、狩りを行い生きている。その風貌は、正しく放浪女流剣士。袴姿のその腰には、相棒である【刀】を差している。まさしく、現代のかぶき者といった感じである。と言うのも今の世はほとんどの者が洋服の類を着、特に狩人たる者は近接武器と併用して大体銃、悪くても弓矢ーーーすなわち飛び道具を携えることが常であり、近接武器のみで戦う狩人など稀有であるからだ。しかし彼女は、腰に差した【刀】以外、武器らしい武器を持っていない。一見すると不利にも思える装備だが、彼女の【刀】はその秘める力を表すように、得も言えぬ妖気をはなっている。
ふと、彼女は立ち止まった。血の臭気を感じたからだ。狩人であるが故、この臭いにはかなり敏感だ。
「古い、人間の血の臭い・・・」
まるで、何かにこびりついた血の臭いーーー彼女はすぐにその臭気の主を見抜いた。
「【人狩人】か・・・物騒な」
彼女は辺りを見渡した。その鼻が確かならば、臭気の主は彼女に少しずつ近づいている。
「東へ進んでいる・・・私が目当てでなければ良いが」
彼女は人を斬る狩人ではない。そもそも彼女はその相棒に人の血を吸わせることを嫌っていた。刃に纏う妖気がその血で薄まるからだ。しかし、もし相手が【人狩人】であるならば、その相手は勿論人間。必要に迫られれば斬るが、極力刃を交えたくないのが本音だった。
しかし、そんな願いも虚しく、臭気の主は遂に目視できる距離まで彼女に迫ってきた。
相手もまた彼女と同じように、異形の狩人といった風体だ。洋服を着ているが、携えている武器は鎖鎌一つ。飛び道具の類を持っていない。それは余程の阿呆か、それとも・・・
「かなりの腕利きか・・・」
【刀】の鞘に左手を添えた。極力斬りたくはない。しかし戦いに生きる者として、向かってくるものに背を向けるほど彼女は愚かではなかった。
そして、遂に彼女と対峙し、声の届くところまで相手が迫って来た。相手は男。やはり、鎖鎌以外の武器を持っていない。
「女の匂いがしたもんでな・・・美人さんじゃねか。こりゃ嬉しい限りだぜ」
男はそう切り出し、品定めをするように彼女を上から下まで見て、舌舐めずりをした。
「私はガッカリしたわ。血の臭いがするから誰かと思えば、ただの人間だなんて」
負けじと、彼女は男を睨みつけた。
「ふん・・・面白え刀持ってんじゃねえか」
右手で柄を握った。掌を通じて、【刀】が騒いでいるのが彼女には分かる。
ーーー今すぐ目の前の穢れた血肉を引き裂きたい・・・
「へぇ、妖刀かい。またすげぇ刀持ってんなぁ」
彼女は心の中で騒ぐ相棒を鎮めながらも、集中力を高め、相手の動きを観察する。
男にもその強い妖気が伝わっているらしい。ニヤリと笑った男は鎖に手をかけ、さけんだ。
「その刀、いただくぜっ! 」
その刹那、男が視界から消えた。抜刀し、足元を薙ぎ払うようにして刀を振ると、硬い手応えとともに耳障りな金属音が響いた。
「流石だな女。鎖鎌の軌道も読み通しというわけだ」
感心したような口を叩きながら、男は追撃の手を緩めない。今度は彼女の首を狙った斬撃が飛んでくる。ギリギリまで引きつけた彼女は、絶妙な間で身を屈め、代わりに刀を突き上げる。その刹那、首を斬ろうとした鎖鎌が、彼女の刀に絡みつく。鎖鎌を刀に絡め引っ張ることで相手を自分の間合いに連れ込む作戦だ。
しかしそこは流石。男は彼女の行動の意図を見切ったのか、すかさず巧みな扱いで絡まった鎖鎌を解いた。
「お前の間合いには入らねぇよーだっ!」
そして解きつつその刃をこちらに向け投げる男。
「誰が人を斬りますかっ! 」
すぐに体勢を整えた彼女は、真っ直ぐ飛んでくる刃に意識を集中させ、相棒を一閃させる。
「なっ・・・!」
千分の一秒の世界で放たれたその斬撃は、正確にその刃に叩き込まれた。極限まで念を込めた一撃に、【刀】の妖気も反応し、その残像は鋼の刃を容易く斬り裂く。
「勝負あり、ね」
彼女は手慣れた様子で【刀】を鞘に収めると、いくら腕利きの男とて、武器を失っては最早これまでと悟ったのか。もう攻めてくることはなかった。
「人は斬らねぇ、か・・・ちっ、人間なんぞ斬るに値しない、ってか? 」
「えぇ、この【刀】に人の血を吸わせても何の肥やしにもならないもの」
彼女は刃を交える前に決めていた。相手を殺すのではなく、その牙を抜くことでこの戦いを切り抜けようと。
「だけどよ・・・」
突然、男は眼光を鋭くした。彼女も思わず刀に手をかける。
「女。お前気をつけたほうがいいぜ」
「それはどういう意味? 」
「見た所お前は【鬼狩人】だ。その刀も数多の鬼の息の根を止めてきたと見える」
どうやらこの男、ただの【人狩人】ではないらしい。彼女の纏う気を感じ、その刀の妖気を読んで【鬼狩人】と分析したあたり、鬼狩りにも心得があるようだ。
「その刀、もしや【妖刀 龍鬼刃】ではないか」
これには彼女も驚いた。まさか、自らの刀の名を当てられるとは。
面食らったように男を見る彼女。男は最期にこう続けた。
「お前とその刀の纏ってる妖気、下手すりゃ鬼のそれより強い・・・お前、もうすぐ狩人じゃいられなくなるぞ」
男の忠告に「気をつけるわ」とだけ答え、彼女は懐に忍ばせた小刀を取り出し、慣れた手つきで男の首を掻いた。狩人同士の戦いにおいて、勝者は敗者の息の根を止めることは慣例となっていた。
飛び散る血潮を眺めながら、彼女は呟いた。
「私はずっと死ぬまで狩人だ」
その時はまだ、彼女にその言葉の真意を知る由もなかった。
あれからしばらくたった。彼女の行方を知る者は誰もいない。噂によれば、西の果てにある鬼の牙城に向かう途中、鬼の大群に襲われたとも、鬼を狩る間に自らも鬼となったとも・・・どちらにせよ、あの時の男の忠告は当たっていたのかもしれない。
【鬼を狩り、鬼となる】
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