花の香

「小説家になろう」時代。


 殺してね、と。

 温かい指先が顔を包んだ。
 大きい瞳に厚い唇。健康的に黒い肌は、いつも真夏の陽射しと共に思い出す。
 やや日本人離れしたその容姿を、彼女は毛嫌いしていた。

 ――それでも俺はね、と。

 頬に触れる手をさらに上から握り込む。

 ――君が好きだったよ。

 だから殺すの? という問いが返ってきた。
 いつぞやの不良刑事と同じことを訊く少女に、ゆるゆると首を横に振って答える。

「ただの自己満足なんだよ、これ」

「ただ、あの時あの瞬間に」

「君の笑顔を見たいと願ってしまった俺のエゴ」

「その先の君の人生なんて、考えてもいなかった」

「俺にはあの時しか、見えていなかったんだ」

 ――そしてそれは、今も変わらないままに。

 ――あの夏が、俺を捉えて離さないんだ。

 ――離れたくないと、望んでしまっているんだ。

「殺したくはないよ」

「でもそれ以上に、君が泣いたり傷付いたりすることが嫌なんだ」

「世の中を見ていると、全ての人がいつかは」

「巡り巡って君を傷付けるような、そんな気がしてしまう」

「そんな事も許せないから、俺は」

「君を傷付けるかもしれない誰かを、殺さずにはいられない」

 ――病気なのかもしれないね、と。

 暖かな掌に頬をすり寄せた。

「だからこれは夢なんだ」

「殺しすぎて、もはや君に会うことの叶わない俺にとって」

「最高に都合の良い」

 君が今の『俺』を肯定してくれる夢。

 ――お願い、もう少し待っていて。

「ちゃんと殺すから」

「最後の最後にはきっと」

「君の幸せの可能性さえも殺し尽くす俺のことを」

「ちゃんと殺すから」

 暖かな掌は、俺の首を包んだ。

 ――やっぱり嘘。



 殺されるなら、君にが良い。

花の香

花の香

たまに訪れる白昼夢。花屋の前で、どぎつい香りにあてられた。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-07-10

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