Sheep's Parade

「小説家になろう」時代。

Sciencer

 黒髪なびかす森の魔女。
 いつも子どもに囲まれ暮らしていた。
 お花を咲かせて。
 池に虹の橋をかけて。
 おいしいお菓子を作って。
 そんな願いに一つ一つ答えてみせた。

「愛情と、暖かい世界。それだけで花は自分から咲きたがるのよ」
「虹はいつだって架かっているわ。少し視点を変えるだけで良いのよ」
「それは一番簡単そうで、一番難しいお願いね」

 にこにこ、にこにこ。
 優しい魔女はお母さんでお姉さんで妹で、魔女だった。

 ある日泣きじゃくりながらミリィが一人でやって来た。
 一人だと思ったら一人と一匹だった。

「私の猫が死んじゃう。魔女さん助けて」

 心を痛めた魔女はミリィから猫を受け取った。

「大丈夫よ。こういうものは案外に簡単なものなのだから」

 魔女は受け取った猫をテーブルに寝かせて、たくさんの魔法の杖や道具を取り出した。
 針と糸と虫眼鏡、それから大きな裁ち鋏。
 じょきじょきと猫のお腹を覗いて、魔女は苦しそうに首を傾げた。

「困ったわ。何も分からないじゃないの」
「魔女さん、猫は助かるの? もう死んでいるように見えるけど」
「何を言っているのミリィ。まだこの心臓は鼓動を打っているじゃない」

 魔女は小さなミリィを抱え上げて猫の心臓を見せた。
 ミリィは悲鳴を上げる。

「でも血が出てる」
「生きているのだもの。出なかったら血も涸れるほど昔に死んでしまったということなのよ」

 魔女はミリィの疑問に一つ一つ丁寧に答えていった。
 けれど猫は救えなかった。
 最期にみゃあと泣いてそれっきりの猫を持ち上げると、魔女はそれをミリィに手渡した。

「ごめんなさいね。魔法じゃできないこともあったみたい」

 受け取ったミリィは大声で泣きじゃくった。
 その話を聞いた大人たちが怒り出した。

「ただのペテン師のくせに」
「何と残酷な仕打ちをするのか」
「所詮は魔女でもない、ただの余所者が」

 魔女は魔女ではなかった。
 世の中の不思議なことを解き明かすのが上手で、
 ついでにクッキーを焼くのが大の得意な、
 ただの科学者だった。

Stranger

 余所者の科学者は森の奥へと身を潜めた。
 頭の中を何度も反響する村人たちの声に、子どもの泣き声。

「ああ何て耳障りなの。ただここには調査で来ただけなのに」
「たくさん助けてあげたというのに何ていう仕打ち」
「科学が何たるかを知らないお馬鹿さんたちに知識を与えてあげたのに」
「どうして私がこんなに嫌われるの」
「調査がやりにくいったら」

 ぶつぶつと科学者は大きなスパナを振るった。
 よろよろと科学者は小さなネジを締めた。
 綺麗な綺麗な男の電気人形が出来た。

「お前が代わりに私の仕事をしなさいな」
「あの村の調査を終えなければ、研究所に帰らせてもらえない」
「こんな救えない村より、研究所に帰りたい」

 科学者の言葉に、電気人形はただ頷いて答えた。
 それから毎日彼は森を通って村へ通いつめた。

 美しくて賢い電気人形に、村人たちは夢中になった。
 毎日どこからともなく現れる彼に服を分け与えた。
 お菓子を持たせた。
 時折情熱的な少女たちが真っ赤な花を贈った。
 その一つ一つに、電気人形は笑顔を向けながらきっぱりと答えた。

「僕の唯一の人の場所は誰にも譲れない」

 皆その唯一の人を知りたがった。
 魔女のような科学者のことなんて忘れていた。
 だから電気人形も黙っていた。
 彼が村で気に入ったのは、かぐわしい情熱の花だけだった。

Society

「家がほしいの」

 老女の言葉に美しい電気人形は頷いた。
 ただ無言で森の奥の細い木を切り倒し小さな家を作った。
 そこに老女は無言で暮らし始めた。
 電気人形も無言で村へ出かけていった。
 もう村の誰も魔女を知らなかった。
 誰も科学を知らなかった。
 ただ毎日やって来る美しい電気人形に、赤い花をくれた。
 最近は貴重なんだぞと、どこか誇らしげに渡してくれた。

「あなたはどうして喋らないの」

 老女に訊かれて、電気人形は答えた。

「喋りますよ。でも貴女はそれを嫌がるでしょう」
「嫌がらないわよ」
「じゃあ怖がるでしょう」
「どうして怖がるの」
「分からないからですよ。自分が作ったものなのに、何を言い出すのか分からないからですよ」
「馬鹿馬鹿しいわ」
「人間はそういうイキモノでしょう」
「……そうね。きっとあなたには分からないでしょうね」

 老女は少し不機嫌になった。

「やっぱりもう二度と喋らないでちょうだい。とても不愉快だわ」

 電気人形は黙って頷いた。
 老女の機嫌は直った。

 喋らない電気人形を村の人間たちは心配した。
 彼はただ首を横に振って、彼らの心配を拒否した。
 彼がほしいのは、真っ赤な花だけだった。

「この赤い花は絶滅危惧種なのよ」

 喋らない電気人形に、老女はよく話しかけた。

「私がずっと調べていた種の亜種で、とても生命力が弱いの」
「そのはずがこの地域では野生種の群生が見られてね」
「その時野原一面が燃えるように赤くなってとても美しかった」
「私はあの謎を解き明かしたいわ」

 毎日持ち帰る花を生けた花瓶を、老女は満足そうに眺めた。

 老女は死んだ。

Scared

 彼がそこを訪れたのは調査の為だった。
 百年以上も昔から凍結されていた計画が再び動き出したのに合わせて下調べに来たつもりだった。
 何でもこの調査地で終生研究をし続けた科学者がいたのだが、そのまま遺体すら見つからずに放置されてしまったのだという。
 親類も何もいない寂しい女だったというのに、誰かが丁寧に埋葬してしまって掘り起こすのを拒否したのだという。
 でももう百年経った。
 もう誰もいないだろう。
 だから彼は記録を頼りにそこを訪れた。
 だから人の気配がした時にはとても驚いた。

「……研究所の人だろう」

 彼の口調はひどくぶっきらぼうだった。
 せっかく美しい顔立ちをしているのに、ずっと風雨に晒されていたように汚い顔をしていた。
 こういうものを見ると、彼はとても苛立つ。
 どうして美しいものに限って、その存在をこうもぞんざいに扱うのだろうか。
 もっと美しいものは大事にしなければいけないのに。
 だから彼の好きな真っ赤な花は、彼が生まれるよりも昔にとうとう絶滅してしまった。

「……どういうことだろう」
「何がだい」
「君の存在は知っていたけれど。もう百年より昔の話だ」

 彼の問いに、守り人は柔らかく首を傾げた。

「僕は魔女に作られた電気人形なのさ。年も取らないし、死んだりしない」
「……魔女だって?」

 百年前にそんな生き物がいたのだろうか。
 また問いを口にしようとした彼を、守り人はからかうように止めた。

「冗談さ。ここに眠る、」

 苔ひとつ見当たらない石碑を指して、守り人は言葉を切った。

「美しい科学者の作った、君たちの言葉で言う『ロボット』だよ」
「……信じられない。百年も昔だぞ」
「百年も昔だったからこそ、彼女は魔女と呼ばれたのさ」
「興味がある。いったい今までどうやって機能してきたんだ」
「魔女に聞いてくれよ」
「科学者を相手に魔女だなんて何て笑えない冗談を口にする」
「ユーモアを君たち人間はお好みだろう?」

 彼は戸惑っていた。
 目の前に佇む守り人のような『ロボット』のことならよく知っている。
 彼の研究所にもいるし、彼が日頃の実験の手伝いを頼むのも便利な『ロボット』たちだった。
 けれど彼らは笑ったりしない。
 人をからかったりしないし、こんな、こんな。

「……君は俺を馬鹿にしているところがあるだろう」

 彼が少し不快感を見せると、電気人形は少し目を見開いた。

「へえ、これはなかなか。敏い人間もいるものか」
「いったい百年。君は何をしてきたというんだ」
「君ほどの洞察力なら見てお分かりだろう。ずっとここにいたんだよ」

 それ以上の言葉はいらなかった。
 電気人形の薄汚れた顔と、手入れの行き届いた石碑が、全て教えてくれた。

Propose

「俺の用件は二つだけだ」
「どうぞ。言うだけなら聞くよ」
「そこに眠る魔女の研究成果を研究所に管理させろ」
「断る」
「二つ目、君は俺と一緒に研究所に来い」
「断る」

 電気人形は笑ったままだった。
 けれどもきっとそれは表情回路の故障ではない。
 意図的に、彼を嘲笑するためだけに、電気人形はその表情を浮かべてみせるのだ。

「解せないな。俺だったら研究成果をそのまま埋もれさせておくなんて死後の話であってもゴメンだ」
「彼女もそうであると言うのかい?」

 すると電気人形は、初めてその笑顔を崩した。
 明らかに何かを嫌悪するような表情になって、肩を竦めた。

「そういうところがあるから僕は百年前にも君らの提案を退けさせてもらったんだよ。君は鋭いけれど、聡くはないね」
「…なら何が不服なんだ」
「彼女を科学者扱いされることだ」

 彼は、電気人形の言葉に目を瞬いた。
 一方電気人形はいたって真面目な様子で言葉を続ける。

「百年前の彼女の技術力は、その森を抜けた村ではまさに魔法だった」
「真冬に大きな花を咲かせてみせる」
「池の端から端に自在に虹をかけた」
「まるで村人たちには種の分からない魔法を使っていた」

「それをある日、種を教えてやったなら手の平を返したように嫌われた」
「魔法使いの魔女は愛されたけれど、世界の全てを知る科学者は嫌われるだけだったのさ」
「だから彼女は村から離れてしまった」
「魔女でいられなくなって、科学者に戻ろうとした」

「でも既に遅かったんだ」
「彼女は研究所から置いていかれていた」
「ただ野外調査をする便利な人員としてしか見られなかった」
「研究所に帰れなかった」

「もう彼女は何にもなれなかった」
「だからせめて僕は、彼女が科学者であり、魔女だったことを証明していたいのさ」

 証明、と口の中で繰り返す彼に電気人形は頷いた。

「こんなによく喋って、人を不愉快にも愉快にもさせる『ロボット』を、君たちはご存知かい?」
「いいや。正直、君を作り上げた彼女には尊敬させられる」
「当然だろうね。そういう風に作られたのが僕だから。この上ない参考をもとに、こうして成長するように作られたのが僕だから」
「参考だって?」
「分からないの?」
「分からないよ」
「彼女自身さ。あの時の彼女は君たち研究所の人間にとって、便利な『ロボット』と変わらなかったんだ」

 電気人形は、そっと石碑の傍に腰を下ろした。
 今までずっとそうしてきたような、邪魔をしがたい姿だった。

「だから僕が証明するよ。彼女が何を作り出したのかってね」
「彼女の魔法が作り出した電気人形の、科学じゃありえないところをね」

 電気人形の意思は固かった。
 そこに、プログラムの制御や介入はないように思われた。
 今や彼の疑問はただ一つだった。

「どうしてそこまでするんだい? 自分を作り出した彼女はそんなに偉大かい」

 すると電気人形は、初めて本当に笑った。

「愛してるのさ。赤い花を絶滅させるほど贈り続けたくらいにね」

Storage

「赤い花」

 鸚鵡返しの彼に、電気人形は薄く笑った。
 まるで電気人形らしくない笑い方だった。

「君らが今さらになって探している赤い花の野生種」
「その研究試料を持っているのは僕だ」

 それを渡してくれ、という彼の声は掠れていた。
 愛してやまないあの美しい赤い花。
 それに手が届くかもしれないという期待が、彼の喉を震わせた。

「そう言うと思っていた」
「百年前と何一つ変わらないんだな」

 すると電気人形は、心底軽蔑しきった醒めた表情を浮かべた。

「何故、そこまで協力を拒むんだ」

 彼の問いは当然だった。
 そして電気人形の答えも当然のように放たれた。

「不公平だからだよ」
「失われて戻ってこないはずのものを取り返せる」
「それが君たちには許されて、僕には許されない」
「それが、僕には許せない」

 それは電気人形の心だった。
 誰よりも人間らしいことを言う、電気人形の言葉だった。

「彼女の居場所を奪った君たちを、俺は許さない」

 彼は、眩暈がした。
 こんなに美しい電気人形を、彼は知らない。
 皮肉にも電気人形に出会って、彼は知った。

 何て、人間とは美しい生き物なのだろう。

Produce

 じゃあこれは提案だ、と彼は前置いた。

「俺がその不公平をなくすよ」
「何だって?」

 電気人形の首が傾いだ。

「君が試料を渡してくれれば、俺は君に約束する」
「君の望みを叶えると」

「だから僕の望みが何だって言うんだ」
「分からないのか? よく考えれば分かるだろう?」
「僕の言い分は全て屁理屈だ」
「君たちに試料を渡したくないがために詭弁を連ねているんだ、駄々をこねているんだ」

 電気人形の目に、光が宿る。
 彼は、その反応に手ごたえを感じた。

「だから、さっきまでの君の言い分は戯言だと思うことにするよ」

 電気人形が、身を引いた。
 無意識なのか、その背中に石碑を庇うようにして。
 彼は、その距離を詰めずに言った。

「君の魔女がいたこと――それを証明しよう」
「……え」
「村にも研究所にもほとんど記録の残らない彼女が、日の目を浴びるとしたら」

 彼らの間を、風が強く吹きつけた。
 枯れ葉が巻き上げられる合間に、彼は電気人形に眼差しを据える。

「君の持つ試料の有用性」
「実に簡単な話であるはずなんだ、本来は」
「百年前に既に現在を凌駕するような科学力を持っていた女がいる」
「それを明らかにするだけで、君の望みは叶えられるはずなんだ」
「研究所からは相応の礼もある」
「君がこだわる村は今やその技術の恩恵にすがらずには生きていけない」
「その全ての起源に、君の魔女は位置しているはずなのだから」

「……でも」

「それでも君が渋るのは、ひょっとして別の理由かな」

 彼の推測に、電気人形が目を逸らす。
 彼は確信した。

「結局君は、魔女の傍から離れるのが嫌なだけなんだ」
「試料を差し出したいと思いながら」
「魔女の名を埋もれさせたくないと願いながら」
「まだその愛情を贈りたいと願いながら」
「それでも彼女の傍を離れることだけは、できないんだ」

 まるで呪いだ。
 愛情という名で囚われた電気人形を、彼は少しだけ哀れに思った。

「だから俺は提案する」
「君が俺に協力してくれるなら」
「必ず赤い花を復活させよう」
「そうしたらその時に、思う存分傍を離れたことを詫びるといい」

 その手に、真っ赤な花束を携えて。

 電気人形は、ゆるゆると顔を上げた。
 そこに浮かぶ不安げな表情は、どうして彼が人間でないのかを訝しむのには充分すぎた。

Parade

「俺と一緒に来い」

 彼の言葉は簡潔だった。

君の望み(・・・・)を叶えろ」
「……僕の」

 約束してくれるの、という電気人形の声は掠れていた。
 どんな声帯模写をすればそんな芸当が出来るのか。

 もうそんなことを考えるのは彼はやめた。

「来い。それだけで、良い」

 踏み出す覚悟と勇気を。
 一度だけ石碑を振り返った電気人形は、それから彼を見上げた。

「出来なかったら、殺してやる」
「僕の百年が、たった数年でも無駄に消費されてみろ」
「絶対に、殺してやる」

「やってみろ。そんなことにはしない」

 挑戦的な眼差しを受け止めた彼は、手を差し出した。

「君の呪いを、解きに行こう」

   ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

 真っ赤な花があった。
 誰かに愛を伝えるための言葉を備えた花が。

 いつかその花束を持って、この石碑を訪れる人影があるはずだ。

Sheep's Parade

Sheep's Parade

彼は間に合わなかったかもしれないが、諦めることはしなかった。僕はその情熱に敬意を表して、奇蹟と名付ける。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-07-10

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  1. Sciencer
  2. Stranger
  3. Society
  4. Scared
  5. Propose
  6. Storage
  7. Produce
  8. Parade