花の切っ先

「小説家になろう」時代。

「毎度思うけどな」
 喫茶店の向かいに座る古い友人は、煙草に火を付けながら言った。
 まるで顔をしかめるように点火の瞬間を見極めようとしていた。
「お前のやってることは責任転嫁以外の何でもないぞ」
 いきなりひどいじゃないか、と笑うと更に不機嫌そうに顔を歪めた。
 子どもにも好かれやすいこの男がそんな表情かおをするのは珍しい。
「俺以外言わないだろう、今さらこんな事」
 そうだね、と返してアイスティーのストローを咥えた。
 同じ白い筒なのに、ストローと煙草じゃ全然カッコの付け方が違う。
「お前今いくつだっけ」
 二十五、と短く答える。
「煙草は」
 ()えない。
「女は」
 二、三回かな。
「彼女は」
 いたことないよ。
「だから続けてるのか? それとも続けてるから出来ないのか?」
 どっちだろう、とその問いには答えられなかった。
「お前な……何がやりたくて、やってるんだよ」
 友人の言い方は全てがひどく曖昧だった。
 それが、彼の精一杯の気遣いだと気付けるのは俺だけ。
 俺にそんな気遣いをするのは、彼だけ。
「お前、女作ったほうが良いよ」
 煙草に指も添えず、彼は目を伏せた。
「その方が、良い」
 けれどそれは難しいだろうね、と俺も目を伏せた。
 お互いに分かっていた。
 だから何も言わなかった。
 代わりに男は別の問いを投げてきた。
「お前、好きな女いたことあるの」
 え、と思わず訊き返すと彼はそっぽを向いた。
「単純に興味だ」
 あるよ、と答えた。
 彼は分かりやすく興味を露にする。
「抱いたのか」
 まさか、と笑った。
 高校生にもならない時の話だ。
「最近のガキはませてるからな」
 でも俺は違う、とそこは強く否定した。
 それに多分あれは、恋とも呼べない想いだった。
 ただ一つ言えるのは。

「俺が人を殺し続ける理由かもね、彼女は」

 ストローから口を離し、少し唇の端を吊り上げた。
 グラスの向こうで、彼は目を見開いていた。
「中坊の恋煩いが殺し屋稼業? 世も末だな」
 そうかも、と俺も笑うしかなかった。
 けれど言葉にしたことで思い出した。

「あの子に笑ってほしかったから、俺は殺したんだったな」

 今も続けてるのは、それで誰かが救われるかもしれない、って思ってるから。
 そう答えを出したけれど、男は何も言わなかった。
 それでも否定はしなかった。
 だから俺は彼を殺そうと思ったことがないのだ。
 もしこの気持ちを否定されたら、殺そうと思ったかもしれない。
 それくらいの想いを、抱いていたことがある。



 おごる、と言われて面食らった。
「そういうの、警察は色々うるさいんじゃないの」
 ガキの茶をおごって何が悪いんだ、と開き直られる。
 俺はパーカーの袖で口元を隠した。
 笑っていると気付かれたら、何をされるか分からない。
「確かに今さらだけどさ」
 何がだ、と視線だけで訊かれた。
 だから素っ気無く答えた。
「殺人鬼の通報しない時点で、大した警官だよあんた」
 そりゃどうも、と惚れ惚れするような笑顔で言われた。

 俺には、あの子のための何かになりたいと思った夏がある。
 今がその夏だったら、警察と殺人鬼で迷っていたかもしれない。
 そんな不良警官と喫茶店を出てすぐに別れて、俺はなるべく人通りの多そうな道を探した。

 さあ今日は、誰のために殺そうか。

花の切っ先

花の切っ先

平日、昼間のファミレス。今日の世間話は少し刺激的だ。 【書きたいところだけ切り取った不親切設計。「花」が付く作品で主人公を張ってます】

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-07-10

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted