心霊写真~或いは、彼の死に対する一つの妄想

 心霊写真を撮ったことはないです。

 私はこの夏、彼から一葉の絵ハガキを受け取りました。
 それは彼が旅先から送って来たもので、絵ハガキのそれは恐らく彼自身が撮ったであろう(ご存じの通り写真は彼の趣味です)何のへんてつもない風景写真でしたが――その写真には一つ気になる点がありました。そのために私はそのハガキを受け取って以来、暇さえあればこれを眺めて過ごしていたのでした。
 その写真、いわゆる心霊写真だったのです。
 人間の脳は案外単純なもので、例えば点を3つ配置すれば、それだけでそれが人の顔のように見えて来ます。ですから私も、初めはそれもそういうもの、いわゆる目の錯覚のようなものと思うようにしたのですが――しかしどうしたってそれはやはり人の顔なのです。しかも、どこかで見た顔でした。
 だから私はこの顔が誰の顔なのか思い出すために、写真を眺めて過ごしたのです。
 当初、私は心霊写真にばかりに気をとられ、その絵ハガキに添えられていた一文には、一向関心を示していませんでした。
 しかし、彼の死を知って、私はその一文の意味を考えずにはいられなかったのです。
 
 ――五日には帰る、土産話をお楽しみに。

 私がその絵ハガキを受け取ったのは、三日。
 そうして彼が死んだのは、十日でした。
 彼は、確かに五日の夜に戻ったそうですね。
 そうして五日後、自室で首を吊って自殺した。
 何故、彼は自殺したのでしょう?

 彼から貰った絵ハガキに添えられた一文――土産話をお楽しみに――これが私を苦しめるのです。つまり、この一文を書いた時点、彼は自殺する気などなかったわけですから。
 彼は五日の夜に帰宅した。
 それから自殺するまで五日ある……。
 もしこの五日のうちに彼と会っていれば、もしかすると、私は彼の自殺を止められたんじゃないだろうか? 
 そう思ってしまうのです。
 確かに、彼は私の許を訪ねてはくれませんでしたし、彼の方から連絡もありませんでした……。
 しかし私が絵ハガキの一文に気を留め、私から彼に電話の一本、メールの一つでも送っておけば、彼の自殺を止めることが出来たんじゃないか?
 そう思ってしまうのです。
 それなのに私は心霊写真に気を取られ、それを怠ってしまった。
 
 結果彼は、自殺した。

 もとより私が、彼と会ったとして、果たして彼の変化――自殺を臭わせる予兆のようなものに気付けたかは分かりません。
 私と彼とは学生時代からの友人です。今でも月に二三度は飲みに出掛ける仲であったのは、あなたもご存じの通りです。
 けれどその時に交わされる会話というのは、互いの仕事のこと、或いは家族の近況と言った、他愛のないことばかり――悩みを打ち明けあう、腹を割って話し合う仲では最早なかった……。

 聞けば、彼はあなたにも何の相談もなかったそうですね。そうして一番身近にいたあなたすら、彼の変化には気付けなかった。
 だとすれば、私は彼の死に対し、端から蚊帳の外であったのかもしれません……。

 私は、ですから彼の葬儀に対し、諦観の念をもって臨みました。
 であるならば、どうして私がこんな手紙をわざわざあなたに寄越したのか、さぞかし訝られていることでしょう。
 ご尤も。
 しかし、彼の葬儀に参列した時、突如ある疑念、というより一つの妄想が私の脳裏に過ったのです。

 ――彼の死は、自殺と違うのではないか、と。

 何故、私がそう思ったのか? 
 これはまさしく私の妄想にほかありません。
 あくまで妄想ですから、あなたにお伝えするのです。 
 どうぞ、一笑に付して下さい。でなければ、なりません。

 葬儀の折、喪主を務めるあなたの姿、拝見致しました。多くの方が、気丈に振る舞うあなたを誉めていました。私も、始めは同じ思いでした。
 けれど、ふとその時あなたと目が合って以来、実に今日に至るまで、私はある妄想に捕らわれているのです。
 ともかくも同封した件の絵ハガキをご覧下さい。
 それをご覧になれば、どうして私がそんな妄想に捕らわれてしまったのか、そうして何ゆえあなたにそれを伝えるのか、全ての謎はあっという間に氷解してしまうことでしょう。

 写真の右上隅に映るその顔らしきもの――どうもあなたに見えませんか? 

心霊写真~或いは、彼の死に対する一つの妄想

 霊感すらないです。

心霊写真~或いは、彼の死に対する一つの妄想

旅先の彼から送られてきた絵ハガキは心霊写真だった、という話。 1811文字。

  • 小説
  • 掌編
  • サスペンス
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-07-09

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