ドラードの森(11)

 モフモフは全員が袋を受け取ったことを確認し、声をかけた。
「さあ、みなさん、それではアミューズメントパークへ出発します。次はちょっと変わった枝橋ですよ」
 何が変わっているのか聞く前に、子供たちの歓声が上がった。
「わあ、すごい。滑り台だ」
 イヤな予感しかしない。
「さあ、きみたち、押しちゃダメだよ。ええと、お子さまをお連れのみなさま、しっかり手ををつないでくださいね。さて、パークのあるアゴラは、ここより少し低い位置にあります。そこで枝橋の中央部分をU字型にくり抜き、滑って降りられるようにしています。U字の上の部分はオランチュラの糸で編んだセーフティネットで覆われています。ちなみに、途中ジョイントはなく、こちら側の枝が向こうまで伸びていますから、ご安心ください。なるべくこの葉っぱのシートをお尻にしいて、お一人ずつ進んでくださいね。お子さまはご一緒で結構です。尚、出口の外にも丈夫なセーフティネットが張ってありますが、くれぐれもスピードを出しすぎないよう、ご注意ください」
 見ると、直径2メートルぐらいの枝をU字型に深く抉り、内側をツルツルに磨いた滑り台がずっと向こうまで続いている。
「それでは、安全確認のためわたくしが先に行きますので、慌てず順番に来てくださいね」
 モフモフが行った後、アッくんとお母さんも、日曜日のパパも、ためらいもせずに次々と滑って行く。それを見てビビっているおれとは違い、黒田夫人は目をキラキラさせていた。
「中野さん、悪いけど今度は先に行くわよ」
 そう言うや否や、黒田夫人は「イエーイ」と叫びながら滑って行ってしまった。
 唖然として見ていると、横に立っていたご主人が、ポンとおれの肩をたたいた。
「ふん、おてんば婆さんめ。あいつの絶叫マシン好きにも困ったもんだ。わがはいはゆっくり行くよ。中野くんも気にせず、自分のペースで行っていいぞ」
 そう言うご主人もまんざら嫌いではないようで、嬉々として滑って行った。
 続いて行こうとする黒レザーの女を制し、髭男が「念のため、自分が露払いを」と行ってしまい、ついに女とおれだけになった。
 女はおれを見て、皮肉っぽく笑った。
「どうするの。怖いなら、抱っこして一緒に滑ってあげてもいいわよ」
 くそっ。なんだってこんな時におれは顔を赤くしてるんだ。
「い、いや、別に怖いわけじゃない。レディファーストでいいよ」
「ふーん、そう。じゃあ、お先に」
 女は軽く助走をつけ、カッコよく滑っていった。
 誰もいなくなると、自然に膝がガクガク震えだした。レディファーストどころか、本当は動けなかったのだ。その場にへたり込んでしまったおれは、この後どうするか悩んだ。
 思い切って行くのか、誰かに助けを求めるべきか。助けを呼ぶとしても、どうやって連絡をとるのか。それとも両替所まで引き返すのか。いやいや、そんなことをすれば、またあの女に笑われる。おれは渾身の力を振り絞って立ち上がり、ヨロヨロと滑り台の前まで近づいた。
「そうだ。下を見るからいけないんだ。上を向こう。空だけを見ていれば大丈夫だ」
 その時、視界の隅に、何か白いものが飛んでいるのが見えた。先ほどのチョウではない。もっとずっと大きい。たぶん、宙港のある山の上で見たのと同じものだ。どう見ても人工物で、しかも、人間がぶら下がっているように見える。ハングライダーという言葉が頭に浮かんだ。
 確かめようと穴から身を乗り出した途端、おれは前のめりに滑り台に落ちてしまった。
「わああああーっ!」
(つづく)

ドラードの森(11)

ドラードの森(11)

前回のあらすじ:中野がようやく枝橋を渡ると、再び巨木の空洞が埋まった広場(アゴラ)があり、そこに両替所があった。ドラード人たちはアゴラを生活の場にしているという。そして、ドラードの通貨は…

  • 小説
  • 掌編
  • 冒険
  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-07-09

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