墓への便り

 高校生の松山千里は10数年前に何者かによって殺害される。千里は毎日墓参りに来る彼氏であった加藤智哉のことを鬱陶しくも大切に思っていたが・・・
 一人の少女の殺人事件を巡る短編小説です。


 土の中は冷たい。
 いくら田舎だからって土葬はさすがに勘弁してほしいと愚痴の一つでも言ってみたいが、生憎今の私の口はピクリとも動かない。
 土葬されてからは本当に大変だった。肌はどんどん(しな)びていくし、棺がボロボロになって身体が土に接触したときに感じた土のねっとりとした感触が今でも忘れられない。
 何より最悪だったのは虫たちだ。どこからともなく現れて、私の身体中を這いずり回っていくのだ。土葬しても虫に身体を食われることなんてないとおばあちゃんは言っていたけれど、あれは嘘だったのだ。この村の風習である土葬を嫌悪していた幼い頃の私を安心させるために、おばあちゃんが私に言った嘘だったのだ。
 私の身体はどのくらい残っているのだろうか。死んでからは痛覚が働いていないためか、一体どのくらい私の身体の腐敗が進んでいるのかさっぱり分からない。感触は感じられても、それでどの部位が欠損しているかを判断するのは案外難しい。
 もしかして、もう私の身体は完全に分解されて骨も残っていないのではないだろうか。いや、こうして思考できるのだからおそらく頭の部分はまだ大丈夫なのだろう。まあ、私が幽霊にでもなっていれば話は別だけれど。
 そもそも、私がこんな目に遭っているのはあのふざけた男のせいだ。学校から帰宅している私に急に後ろから飛びかかってきて、私をなぐり殺したあの男。
 いったいどこの誰だかは知らないが、とにかくあの男のせいで私の華々しい人生は幕を閉じさせられたのだ。
 思い出しただけでも、腹が立ってきた。あの男絶対呪ってやる。私ももう死んでいるんだから、人を呪うことくらいできると思うんだけど、残念ながら顔も名前も知らないような人を呪うことなんてできないだろう。
 とりあえず、適当に呪ってみましょう。少なくとも、こんなことをして全然知らない人が呪われることなんてないだろうし。死んでからはほんとに暇だから、こうしたちょっとした暇つぶしも貴重なのだ。あーあ、受験勉強で忙しかった生前に戻りたいなあ。
 いつも通り独り言を考えながら、私は瞑りきっているはずの瞼をちゃんと閉じて、寝る体制に入った。
 朝昼晩真っ暗な土の中でも、外の景色が私にはよく分かる。
 もう、夜が深い。

 目を覚ますと、ちょうど地上から声が聞こえた。
「調子はどうだい、千里。僕は相変わらず元気だよ」
 智哉の声だ。こいつも本当に暇な奴だ。私が死んでから、もう軽く10年以上経つというのに毎日私の墓参りに来る。いい加減、新しい彼女でも作ったらどうだろうか。
「今日はうれしい報告があるんだ。実はね、時効が無くなったんだよ。これで、千里を殺した犯人もきっと捕まえられるよ。俺は絶対にあいつを捕まえて千里を殺した罪を償わせてやるんだ」
 智哉がうれしそうにそんなことを言う声が聞こえる。でも、時効が無くなったって言っても、それで犯人を捕まえられるとは思えない。智哉の話を聞く限り、いまだに犯人の顔や名前は特定されていないようだ。これだけの時間をかけても何の進展もなかったのだから、いくら時効が無くなったからってそれで犯人がいずれ捕まるとは私には思えない。
「そうそう、俺昨日隣の家のチエばあちゃんからピーマンをもらったんだ。チエばあちゃんが作る野菜は新鮮だからそのまま食べれるって言って、母さんが俺に生で食べさせるの。俺ピーマン苦手なのによお」
 知らない。そんな話を墓参りでするんじゃない。隣に私がいれば絶対に怒っている所だが、私は今土の中にいる。実に残念である。
 しかし、なんだかんだ言ってこうして智哉が毎日墓参りに来てくれるのは正直うれしい。私の両親は私が生きていたときにすでに他界していて、おばあちゃんと二人で暮らしていたのだが、そのおばあちゃんも私が殺されてすぐに死んだと智哉が言っていたから、今こうして私の墓参りをしに来てくれるのは智哉だけなのだ。
 智哉はもうずいぶん前に私の墓の前で警察官になると宣言していて、今はその宣言通り警察官になっている。私を殺した犯人を捕まえることが警察官になった理由らしいけど、こうして田舎の村の駐在さんをやっている間はそれもできないだろう。犯人だってもう違う場所にいるはずだ。
 しかし、私のために努力をしてくれた智哉のことを思うと、私も何かしなければならないと思う。
 だから、私は祈った。呪いはかけられなくても、祈ることくらいはできる。
「どうか、犯人が捕まりますように」
 神様が本当にいるのならば、この不幸で哀れな私に死後の安楽を与えてくれるはずだ。
 私はその安楽を智哉と共有したいのだ。

 私が祈ってからしばらくして、智哉が墓参りに来なくなった。初めは、馬鹿が珍しく体調を崩したのだと思っていたけれど、3日、10日と智哉が来ない日が続き、私は智哉の身を案じた。もしかしたら、新しい彼女が出来たのかもしれない。あるいは、事故で入院でもしているのかもしれない。それとも、もしかして私と同じように死んだのかもしれない。
 私の空想はどんどん悪い方向に向かっていく。
「高校生の墓にビールのお供え物とはなあ」
 私が空想を飛躍させていると、急に地上から声が聞こえた。最初は智哉の声と思ったが、喋っている人の声をよく聞いてみると、聞き覚えのない低い男の人の声だ。
「松山千里ちゃん。今日は君に伝えたいことがあって来たんだが、いいかな」
 そう男の人は言った。全く、智哉にしろこの男の人にしろ、なんで墓の前でしゃべるのかがよく分からない。墓参りに来たなら大人しく手を合わせてお祈りして帰ればいいのに。
 でも、智哉じゃなくてもこうして人が来てくれるのはやっぱりうれしい。しかし、この男の人が言っていた伝えたいことってなんだろう。
「実は、君の友人だった加藤智哉。彼は君を殺した犯人だったよ」
(・・・・・え?)
 突然のことに、私の理解が追いつかない。
 智哉が私を殺した?
 そんなのありえない。
 私は久しぶりに、閉じきっているはずの口を大きく開けた。
(智哉が私を殺したなんて嘘よ。私とあいつは付き合っていたの。それに、あいつは私を殺した犯人を捕まえるために警察官にまでなってくれたのよ)
「彼が君を殺した動機はまあ、君を独占したかったからだろうな。君の同級生だった人に高校の集合写真を見せてもらったけど、なかなかいい容姿だね。その人に聞いた話だと、男子から相当モテたんだとか。それで周囲の女子に嫉妬され、いじめを受けていたそうだね。そんな君をいじめから守ってあげたのが、加藤智哉だったわけだ。しかし、その守り方もかなり乱暴だったそうだね。女子にも構わず殴ったり蹴ったりしていたそうじゃないか。まるで小学生みたいだね」
 男は、当然私の言葉は聞こえておらず、長々と私と智哉の馴れ初めについて語りだした。私のことを調べ上げられたことには腹が立ったが、何より智哉のことを小学生などと評したことは許せなかった。
(確かにあいつには乱暴なところがあったけど、根は優しいやつなのよ。あなたに何が分かるのよ)
「君は当時バスケ部の生徒から告白されていたそうだね。その告白した生徒、ハンサムでスポーツも勉強もできて校内でもかなりの有名人だったそうじゃないか」
 男にそんなことを言われて、遠い過去の記憶が思い出された。
 そうだ、確かに私はその生徒に告白されて、
「そして君は告白された生徒にその場でキスをされたらしいじゃないか。しかも、昼休みの廊下で。これは、相当印象深かったらしくって君のことについて僕が聞いた君の同級生のみんなが話していたよ。ちなみに、加藤智哉もそのシーンを目撃したらしい」
そうだった。確かにあの時私はキスされたのだ。あの時は、ファーストキスだったこともあり、色々と衝撃的なものだったが、もうすっかり忘れてしまっていた。
 しかし、それを智哉が見ていた?
 ありえない。もし本当にそうなら、気の短い智哉はその生徒に殴りかかるに決まっている。
「でも、加藤智哉は手を出せなかった。なぜなら、その生徒は彼の部活の先輩だったからね。同じバスケ部の先輩に対してはさすがの加藤智哉も手を出せなかったってわけだ」
 そうだったのか。
 私は怒っていることも忘れて、男の話に聞き入っていた。
「そこで、加藤智哉は考えたんだ。先輩と衝突せずに、君を自分のものにする方法をね。そして、思いついたんだ。最悪な方法を」
 男が言うまでもなく、私の頭は自分でも不思議なほど冷静だった。もしかしたら、私は智哉が私を殺したことを実は知っていたのかもしれない。知っていた上で、犯人のことを知らないフリをしていたのかもしれない。
 つまり私は、10年以上も智哉とふざけた犯人探しゲームをしていたというわけだ。
「あと、加藤智哉は現在行方不明だ。しかし、昨日彼の母親の許可を得て彼の部屋を調べたところ、遺書が見つかったよ。奇妙なことに君宛ての封筒に入れられていてね。この墓地の住所が書かれていたから来てみたんだ。彼は毎日ここに君の墓参りをしに来ていたそうだね。これは重要な資料になるから君にあげるわけにはいかないけれど、今日一日くらいは置いておくよ。好きなときに見てくれればいい。それが、彼から君への最後の便りだ」
 男はそう言うと、合掌をしてから去っていった。去り際に、
「今度ノンアルコールを持ってきてあげるよ」
 と言っていた。全く変わった人だ。しかし、あの男の人には感謝しなければならない。
 あの時、どうして私が神様に祈ったのか、今なら分かる。あれはきっと茶番を終わらせる時が来たと私が思ったからなのだろう。私と智哉が行ってきた遊び。殺人犯と被害者がずっと続けてきたふざけた茶番。私はそうした茶番を終わらせたくて神様に祈ったのだ。
 私が望んでいたのは、私と智哉の死後の安楽だったのだ。
 私は、頭の中で封筒から一枚の紙を取り出した。あいつに文章力があるなんて思ってもないけれど、最後の便りなんだから、きっとちょっとは工夫して書いてくれているはずなのだろう。
 しかし、そういった私の期待はすぐに裏切られた。私は紙からはみ出さんばかりに書かれている言葉を見て苦笑した。
 ああ、本当にあいつらしい。
 


 

 
 

墓への便り

この作品の元となる作品を作ったのは小学生の頃で、当時大好きだった「名探偵コナン」に影響されて書いたミステリーもどきが原作になります。その当時は学校の先生に見せたら誉められるけど、同級生の子たちに見せたら馬鹿にされるような小学生の作る絵本程度の作品だったのですが、高校生になってすぐの頃に推敲し直して出来たのが、こちらの作品になります。もともとのタイトルも「お墓のお手紙」だったのですが、それも少し変えてこのタイトルにしました。短編で完成度の高い作品を作れるように努力していますが、やっぱり難しいと感じる今日この頃です。ミステリーと言っても難しいものではなく、誰でも読めて、読み終えた後にすっきりした気分になれるものを作っていこうと思います。

墓への便り

高校生の松山千里は何者かに殺害される。生前の恋人である加藤智哉が毎日お墓参りに来てくれる中、犯人の逮捕を祈る千里。そんな千里のもとに一人の男が現れ、智哉が犯人だと千里に伝える。

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更新日
登録日
2015-07-09