いつか かならず

一本の電話

始まりは、
弟からの電話だった。


「あんな、山内って人、
知ってる?」


「え? 山内?

・・・あ、
高校の時にいたけど」


「あ、そうそう、その人。
覚えてる?」


「うん。覚えてるよ」


「その人がな、
俺の友達の先輩で
姉ちゃんの電話番号
教えて欲しいらしい。
教えてもいい?」


「うん、いいよ」


「電話かけてくるとしたら、
何時頃が都合いいか
聞いといて欲しいって」


「そうやなぁ・・
夜の9時頃かな」


「わかった。
じゃあ、明日の夜9時に
電話するってさ」


「はいはい、了解」


電話を切ったあと、
押し入れにある
卒業アルバムを
久しぶりに開いてみた。



(懐かしいなぁ〜。

あれ?
山内って、 3年の時
同じクラスだったのか。

あれから何年だろう・・

うわ〜

27年も経ってる。


自分では全然
変わってないつもりだけど
年とったよなぁ〜)


そんなことを考えていると
息子が


「なぁなぁ、見せて見せて!
これがお母さん?


うわ〜
いまとおんなじ顔や!」


と言うので、


「え? 変わってない?」


と、思わず喜んで
洗面所の鏡を見た。



・・・・・



どこがおんなじやねん。
めちゃ変わってるやん・・。


そら そうやわな〜
27年やもん。

変わってるに決まってる。


山内は、
どんな風に
なってるのかなぁ〜


そんなことを考えながら
いつも通り、眠りに着いた。

思い出

私は高校時代の記憶が
ほとんど無い。


貧乏な家に育ったので
高校になったら
バイトで稼ぐと決め

とにかく毎日バイトに
明け暮れていた。


お金を稼ぐことに
目覚めてしまったのだ。


初めてのバイトは、
時給450円。

駅前のうどん屋さんだった。

3カ月で辞めてしまった。


原因は、
きつねうどん用の油揚げを
厚手のビニール袋に入れて
長靴で踏む作業が
イヤだったからだ。


食べ物を長靴で踏むなんて・・
あー、いま思い出しても
イヤだイヤだ!


煮込んだ油揚げの
汁気を切る作業だと
説明されたが、

貧乏暮らしの私には
食べ物を踏むなんて
考えられない!

なんだかバチが
当たりそうな気がして
結局3カ月で辞めてしまった。


二つ目のバイトは、
ケーキ屋さんだった。
ここは一週間で辞めた。


店主のセクハラが原因だ。

当時はセクハラなどという
いまどきの言葉も無く
バイト中におしりを触られた。

ケーキを入れる
ショーケースの裏で
すれ違いざまに触られた!

身の毛がよだつほどの
恐怖を覚えた。


その日で辞めた。当然だ。
でも、警察に言うとか
訴えるとか、当時はそんな
勇気も無く、泣き寝入りだ。


三つ目のバイトは、
高級寿司店だった。

しかし、そこも残念ながら、
板前さんにおしりを
触られて辞めた。

昭和の時代は、
そんな事が多かった。


四つ目のバイトは、
回転寿司だった。

ここは結構長く続いた。
一年ぐらいかな。

でも、バイトを入れた日に
友達から遊びに行こうと誘われ

悩んだ挙句、バイト先に
電話をかけて休ませてもらった。


翌日、店長に
病気以外で急に休むのは困る
と言われ、申し訳なく思い、
辞めさせて頂いた。

とても良い人ばかりだったので
後味の悪い辞め方だった。


その次のバイトは、
喫茶店だ。

ここが一番長く続いた。
卒業するまで続けた。

そして、ここで出会ったのが
元旦那だ。



その話は、また今度にしよう。


そんな感じで、
高校時代の記憶といえば
バイトの思い出ばかりだ。


毎日夜10時まで
バイトしてたお陰で
学校は休みがちだった。

だから学校の記憶が
ほとんど無い。


でも、不思議な事に、
山内の記憶は
いくつかある。


背が高くて、
ひょろひょろと細く、

いつもフラ〜っと
私の前に現れては

ぼそっと喋って、
どこかに行ってしまう。


そんな記憶がある。


それと、バイク!
バイクに乗せてもらった!


山内が、原チャリではなく
大きなバイクを買ったと言うので
乗せてもらった記憶がある。


当時は、大きなバイクなんて
すごくカッコイイ
男の象徴だった。


250ccとか400ccとか
750ccとか
色々あるみたいだけど


私には、50cc以上のバイクの
違いが全く分からない。


山内のバイクは
何ccだったんだろう?


でも、山内の後ろに
乗せてもらった記憶は
今も鮮明に残っている。


私達の通う高校は
山の中腹にあった。

大阪だけど田舎の方だ。

今思えば自然に囲まれた
とても良い所だった。


学校の正門から
少し離れた所で
待ち合わせをした。


いつもは、ひょろひょろと
頼りない印象の山内が
大きなバイクに跨り

フルフェイスの
ヘルメットを被って
こっちを見た時

思わずドキッ
とした。


背が高くて、大きなバイク。
高校生の私にとっては
それだけでカッコイイ。


そして、ヘルメットを渡され
後ろに乗せてもらった。


(えー、どうしよう
どこを持ったらいいの?

お腹に腕を回すのかなぁ?
恥ずかしくて出来ない〜)


そんな事を思いながら
持つところが分からない。

その時、山内が

「ここらへん持って」

と、教えてくれた。
またまた、ドキッとした。


なんだか山内が、
すごく男らしく見えた。



そして、
ゆっくりと走り始めた山内は
大きな声で私に


「ここが養鶏場。
にわとりがいっぱいおる」


と、教えてくれた。

電車通学の私にとって
初めて通る知らない道。


すごく新鮮だった。
あの時の風景は
今も心に残っている。


徐々に加速するバイク。
振り落とされないように
しっかりと握り締めた。


でも、どこを掴んでいたのか
それは全く覚えていない。


華奢だと思ってた
山内の背中は
意外と大きかった。


私にとって貴重な
青春の思い出だ。

懐かしい声

20時58分

スマートフォンの時計を見ていた。

本当にかかって来るのかなぁ・・



21時01分

知らない番号からの着信!



「はい。もしもし?」


「あ、俺、分かる?

山内やけど」



「わかるよ〜、
全然変わってない
昔とおんなじ声や」


「え〜、ホンマ?
良かった〜
覚えててくれて。

元気にやってんの?」



「うん、元気やで。

久しぶりやなぁ〜」



「うん、久しぶり〜」


高校時代と変わらない
少し、もったりとした
話し方も、あの頃のままだ。


一気に記憶が蘇った。


27年ぶりの会話
何を話せばいいのか
少し戸惑ってしまう。



仕事の話や家族の話、
お互い、結婚して
子どもがいるので
もう、うちの娘は働いてるよ

など、近況報告や
高校を卒業した後の話を
ざっくりと喋った。


高校時代の薄い記憶を辿り
山内の顔を思い出しながら
電話をしていた。


最後に、会う約束をした。


私は今、神戸で働いている。
山内の家からは
かなり遠い場所だ。


しかも、休みが少ない。
会うと言っても、
なかなか時間が合わない。


「じゃあ、神戸まで行くわ」


「えー?
いいよいいよ、遠いし」


「いや、仕事のついでとかで
行ける日、あると思うし。
大丈夫、迎えに行くよ」


「ホンマに?
ついでがあれば
じゃあ、来てくれる?」


「うん、わかった。
また連絡する。じゃあな〜」


10分以上は話しただろうか。
でも、何を話していたのか
あまり覚えてない。


ただ、懐かしい声が聞けて
とても嬉しかった気がする。


今は、携帯電話の番号が
分かればLINEが出来る時代だ。


電話を切った後は、
LINEでのやり取りが始まった。



今日は、ありがとう
嬉しかった!


電話では、少々照れくさい事も
LINEなら書けてしまう。

文字の力は不思議だ。



なんだかいつもより
心が軽くなった気がする。

友達って、いいもんだなぁ〜


そんな事を考えていると
息子が


「お母さん、今の電話、誰?
男の人の声やったみたいやけど」



狭い家なので、お互いの行動は
すぐに分かってしまう。



「うん、男の人やで。
高校時代の同級生。
27年ぶりに喋ったわ」



「ふ〜ん。なんか嬉しそうやな」


「そんな事ないよ〜
あ、でも嬉しいかも。
だって懐かしい友達から
電話があってんから」


と、言い訳する必要も無いのに
なぜか一瞬焦ってしまった。



山内かぁ〜
いつ会えるんかなぁ〜


ま、友達として会いたいだけで
特にそれ以外の感情なんて
無いですよ。



と、自分に話しかけている。
変なの。


でも、本当に嬉しかった。
早く会ってみたいな〜

再会の時

山内からの連絡は
もっぱらLINEで
週に1回程度だった。



「元気〜?
毎日頑張るな〜
えらいな〜」



穏やかで優しい人柄が
短い言葉から伝わって来る。


なんだか、癒されるな〜


思わずスマートフォンに
微笑みかけてしまう。


こんなにも
優しい気持ちになれたのは
久しぶりだ。



気が付けば、山内からの
LINEを心待ちにする私がいる。



でも、一向にLINEは来ない。


まぁ、そんなもんよね。
だって働いてるし、
家族もいるんだもの。
忙しいに決まってる。



待つからダメなのよ
来ないと思ってたら
来た時に嬉しいじゃん。


そうしよう。


スマートフォンに充電器を差して
気にしない事にした。



それから数日後
やっとLINEが来た!



「神戸まで行くわ〜」



あ〜、
すごく待った気がする。


うわー、ドキドキするなぁ〜



何を着て行こうかなぁ〜
変にオシャレしても
おかしいよなぁ〜


やっぱ普段の格好でいいか。
だって仕事帰りに会うんだし
気取らず飾らず、ありのままが
一番いいよね。


結局、着なれた
いつもの服にした。


18時30分

仕事が終わった。

待ちに待った
再会の時だ!

次の約束

山内からLINEが来た。


「仕事帰りやから
軽トラやねん。ごめん。
車とか気にするタイプ?」


「気にしないタイプ」



「ホンマに? 良かった~
もう着いたで。会社の裏の
ファミマのとこで待ってるから」



うわー、もう来てるんだ。
なんか緊張して来た。



タイムカードを押して
足早に階段を駆け下りた。


会社の裏口を出て、
角を曲がると
シルバーの軽トラが
停まっている。



ドキドキしながら
運転席を覗き込んだ。



うわー、山内だ!
ちょっと疲れた感じだけど
昔と全然変わらない。



私は助手席のドアを開け
「ごめん、お待たせ~」
と、少し高さのある
軽トラの座席に乗り込んだ。



「久しぶりやなぁ。
ごめん、こんな車で。
服も仕事帰りやから
こんな格好やけど、いい?」



「全然いいよ。
気にしやんといて」



山内は作業着らしき
ポケットがいっぱいある
実用的な服を着ていた。


相変わらず細い。
しかも細いだけじゃなく
腕の筋肉が逞しくて
引き締まってる感じ。


なんか、
大人になってるな~
結構、カッコイイ。



それに比べて私はどうだ?
中年太りでぶよぶよのお腹。
20年も事務職なので
運動不足が顕著に表れた体は
締まりがなく たるんでいる。



あぁ~、今日に合わせて
ダイエットしとけば良かった。



「神戸あんまり知らんねんけど
どっか美味しい店とかある?」



「私もあんまり知らんねん。
とりあえずハーバーランドに
行ってみよっか」



神戸ハーバーランドは
カップルや家族連れでにぎわう
飲食店やレジャー施設がある。



近いので、すぐに着いた。



「何食べたい?
俺は何でもいいで」



こういう場合
男が払うというのが
私達バブル世代の常識だ。



あまり高くない
普通のお店にしておこう。


そう思って迷っていると



「俺、肉が食いたいわ。
焼き肉とステーキの店あるやん。
ここにせーへん?」



と言うので、見に行った。
外から見えるメニューは
めちゃくちゃ高い。



「え~、高過ぎへん?」



「たまにやから、いいやん。
肉食えるやろ?」



「うん、食べれるけど」



と、私が言うと、山内は
店の中に入って行った。



一番奥の
窓際の席に案内された。



大きな窓には、港町神戸の
美しい夜景が広がっている。



そういえば、神戸で働いてる
と言っても、こんな風に
誰かと食事なんて初めてだ。



「何食べる?」


少し重厚感のある表紙だが
メニューは数少ない。



「これにしよっか?」



山内が選んだコースを
私も注文した。


旅館で食べる夕食のように
いくつか小鉢が出て来た。
自分でお肉を焼くタイプだ。



食べながら、色々な話をした。



どんな会社で働いているのか
聞いてみたら、自営業だった。
タイル工事の職人をしていると。
しかも二人雇っているそうだ。



実は私も一年だけ
社長の経験がある。
一人雇っただけだったが
それはそれは大変だった。



その自営業を何年も
続けているのだから
いかに努力しているかが
想像できる。


「すごいなぁ。
人を雇うって大変やもん。
立派やわ~」


「全然すごないよ。
儲からへんし、大変やで」



山内の表情と言い方から、
仕事の大変さが伝わって来る。



他にも色々な話をした。
休みの日は何してる?
趣味は何?などなど。



「私は子ども達と
山登りも何回か行ったよ。
奈良の葛城山は登りやすくて
景色もキレイやで~」



「今度一緒に登って~や。
俺も葛城山行ってみたいわ」



「そやなぁ。
5月のツツジは最高やで」



「じゃあ、5月に行こうや」


「うん、わかった。」


「日にち決めて~」


私は、手帳を取り出し
ツツジが満開であろう
5月16日に決めた。


「よし、じゃあ16日な。
絶対やで。忘れやんといてや」


「うん、大丈夫。書いたから」


そう言えば、山内は
いつも、次の予定を入れてくる。
仕事柄か、そういう性分なのか。



「そろそろ出よか」



「うん、ごちそうさまでした」



外は雨が降っていた。
夜景も霞んでいる。


駐車場に戻ると、帰る時間だ。
高速道路に乗り、
家まで送ってもらった。



「今日は、ありがとうね。
来てくれて嬉しかったわ。
気を付けて帰ってな」


「こっちこそありがとう。
葛城山、楽しみにしてるで。
じゃあ、またな」


そう言うと
軽トラで爽やかに帰って行った。


なんか、良いなぁ~
すごく優しいし
喋ってて癒される。



帰宅後も、余韻に浸っていた。



翌日も、昨日のことを
ひとつずつ思い出しながら
ぼーっとしていた。


あぁ~、楽しかったなぁ~

いつか かならず

いつか かならず

もう恋愛なんて一生縁が無いと思っていたのに・・・子育ても終わりに近付いた明るい母子家庭の母が、高校時代の友達と27年ぶりに再会し、恋してしまうお話です。

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 青年向け
更新日
登録日
2015-07-08

Copyrighted
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Copyrighted
  1. 一本の電話
  2. 思い出
  3. 懐かしい声
  4. 再会の時
  5. 次の約束