29.亜季・・・大人になれなくて

因果は廻るってほんとう?

 29、因果は廻るって・・本当?

  時計は12時10分を回ったところ。朝香はあれからまた寝てしまった亜季を思い描いてひとりそわそわしていた。
(亜季のあのボーッとしたところ直さないとね。頭の回転が遅いわけじゃないんだけど・・・んん、あれはなんなのかしら。)


もう一度時計を見て電話しようとしたその時亜季が歩いてきた。

朝香は亜季の表情を見て心が騒ぐ。
(何!どうしたの。いつもならポワーンと入ってきて私を見るなりニコッとするのに。)

朝香は亜季の顔をも一度間近で目をこらしてみる。
(うん。確かにいつもの亜季じゃない。・・・前にも2度程こんな事があったかな。どちらももう死にたぁーいなんて言い出す前だった。
その上妙に我が儘だったり、強気になったり。悪酔いみたいなもんね。仕方ない、付き合うしかないか。)


「亜季、大丈夫?」

その声に反応するかの様に亜季はソファーにもたれるた。
「大丈夫・・・・大丈夫じゃない。もう人がわからない。朝香ぁ!もう頭の中は蜘蛛の巣状態。」

「蜘蛛の巣?・・・とにかくゆっくり話し聞くから中に入ろう。もう予約してあるからさ。はいはい、足を前に出す。おいしいもの食べれば気分も変わるから。」
そういうと亜季の手を引っぱる。亜季はしぶしぶ応じたものの足は重い。


「お腹なんかすいてないもん。それに食べ物で気分が豹変するなんて聞いたことない。」

「わかった。でも豹変なんて言ってないよ。少しは気が晴れるっていうか。ほら。」
(まったくこの人は普段はあまり自分を見せないのに・・・時々あふれ出すんだから。まあ、このギャップがおもしろいけど。)


こんな時朝香は不思議と冷静で客観的になる事ができた。いつもの口の悪い軽さに慎重さと優しさが顔を出す。これが朝香の持ち味かもしれない。

友達はもしかしたらいつも波長が合い、共感できるというよりむしろ波長が少しずれていて補い合える方が長く続くのかもしれない。

亜季が落ちこんでいる時は朝香が冷静。朝香がカッカしている時は亜季がどこか冷めている。その分女友達にありがちな「そうだよね。わかる、わかる」という共感度の大きい会話は二人には少ないが。


 テーブルに案内されると亜季はもう動けませんとばかりに椅子にドサッ。

「ほら、亜季の好きなものいっぱいあるじゃない。取りに行こう。」

「だって食欲ない。なんか持って来て。なんでもいいから。」

「わかりました、お嬢様。暫くお待ちください。」そう言うと行きかけて振り向く。

「どこか行ったりしないでよ。こんなとこで成人の迷子のお知らせなんて頼むのいやだからね。」
そう言うとおどけた顔を見せた。ひとり残った亜季はぼんやりとバイキングを楽しむ人達を見ていた。

(どうして人って食べ物を前にするとあんなにうれしそうなの?・・・毎日食べてるのに)

そして5人のおばさんさん達がにぎやかに笑いながらお皿に料理を盛るのを見る。
(それにしてもあんなに一つのお皿にもらなくてもよさそうなもんだけど。いったいどれだけ食べるつもり?)

そこに朝香がきれいに料理を盛ったお皿を二つテーブルに置いた。
「おまたせ。何がいいかわからないから亜季のすきなイタリアンと今日の私の気分、和食にいたしました。よろしいですか?」

朝香はふざけながらも実は注意深く亜季の変化をみていた。
(さっきよりは落ち着いたかな・・・?)


亜季もようやく朝香のそんな優しさに気付き始めた。気分がどん底のピークの時にはわかっていても自分がコントロールできない。
もちろんそんな姿を見せる相手はごくわずか。というよりここ数年は朝香に限られていた。

(ああ、またやっちゃったかな。朝香が切れる前になんとかしなくちゃ。)
「ありがとう。・・・ごめんね。」

どうにもばつが悪い。それでも朝香はシラッと受け流してくれるからありがたい。
「いつもの事ですから。それより何があったの?話す気があるなら聞きますよ。」

「ある。話さないと頭壊れそうだもの。・・・エリカと私の事以前はなしたでしょう。それにジャズをやっていくと決めた事も。でね・・・」
亜季は昨日の出来事を感情を抑えるように話した。もちろん出がけにおきた淳との事もおまけのように添えて。ひと通りの話を頷きながら黙って聞いていた朝香が話の終わりとともにまずひとこと。


「なんか気分悪くなりそうなドラマ!ウヒャーっていう感じ。でも、それ現実なんだよね。そもそもこのドラマの主人公は誰?亜季?エリカ?お母さん?なんか私の頭も蜘蛛の巣状態。」

「でしょう?なにを考えているんだろう?ママもエリカも。それに淳も。さっぱりわからない。わたしがジャズを仕事にしたいという話がなんでこんな風になるの?」

「お父さんはどう言ってるの?」

「パパは何も言える立場にないから。でもエリカが来たらパパは地獄でしょうね。」

「そうだよね。・・・それにしても・・・これってなんだろう?」

朝香は暫く黙ってサラダをほうばる。亜季はさっきのお返しにとばかり小声でこう言って立った。
「今度は私がデザート持って来る。コーヒー?紅茶?」

「コーヒー。」

亜季が戻っても朝香はまだ考え込んでいる顔。亜季も黙ったままケーキを一口。その時朝香の顔が緩み、声がはずむ。
「ねえ、それってさふたりの復讐劇の始まりじゃない?だいたいエリカが亜季に会ったのも本当に偶然だったのかな。なんかできすぎ。」

「でも、丈先輩のライブに行った時始めて会ったんだし。それだって行くかいかないかわからなかったし。先輩は私達のこと知らないし。・・・あれはどう見ても偶然じゃない?」


「確かにね。最初は神のなせる技っていうのかも。でもその後はエリカの緻密な計算。お母さんはそれを見抜いた。だからそばにおいておきたいんじゃない。」

「でも。さっき二人の復讐劇って。それってママとエリカ。だけどママの相手はエリカのお母さん。エリカにしたってそんな昔の事に執着するかな?」

「そこが亜季はわかってないのよ。過去が未来を間違えた方向に引っ張るなんて話そこらじゅうで毎日起きてる。目にしなければ忘れてることも目にしたばかりに隠れた心を堀り起こすこともある。因果は廻るとも言うしね。亜季のお母さんはエリカへの復讐というよりエリカのそんな気持ちを汲んで亜季を心配したんじゃない。それと亜季のパパへの過去の気持ちが整理できてなかったというのもあるかも。」

「そうかなぁ・・・それにしても朝香まるで恋愛カウンセラーみたい。いつそんなに恋愛してた?」

「まあ、チョコチョコとね。・・・でも冗談はおいて、亜季、本当気をつけたほうがいい。ジャズはエリカじゃなくてもできるでしょう?淳の事にしてもさ、なんかエリカがしかけた感じ。亜季と会っているの知ってたんでしう?・・・もしかしてエリカの的は・・・亜季かも。」

「どういう意味?」

「だって亜季がお母さんと修復不可能になる程ぶつかったり、淳のことで心を痛めたりしたとして廻り廻って亜季の家庭はおもしろくない日々が続く。もしかしたら家族が壊れる事だって。そしたら叔母さんも叔父さんも悲しむ。亜季の家族の不幸・・・それが一番のエリカの望みだったら。」

「まさか。そこまで。」
そう言った亜季の体に一瞬震えが走った。

「確かに考えすぎかも。・・・でも気をつけて。まだ24の若さで叔母さんの提案を受けるなんてどう見ても普通の神経じゃない。」

そう言った朝香はいつになく真剣な眼差しを亜季に見せていた。

29.亜季・・・大人になれなくて

29.亜季・・・大人になれなくて

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-07-08

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