帰ってきたスズキセンセイ

恐れるな、その一歩を踏み出せ

わたしの名前はスズキ。作家だ。エロとコメディを融合させた第一人者を自負している。しかしわけあって半年以上その活動を休止してきた。が、さすがに堪忍袋の緒が切れそうな編集者のツカハラ君が仕事部屋に乗り込んできた。
「ちょっと、センセイ」
「なんだい、ツカハラ君」
「なんだいじゃないですよ。半年以上も作品書かないだなんて。いくらマニアと言えども忘れられちゃいますよ」
そう。わたしの作家業はスズキマニアという一部の熱狂的なファン、いや信者によって成り立っているのだ。
「ほう。それはボンジョビにおけるジョンみたいなものだな」
「なんですか、それ」
「いや、わからなければいい」
「もっとわかりやすい喩えにしてくださいよ。若い私でもわかるような」
「それ、自分がもう若くないって言っているようなもんだよ、ツカハラ君」
「やかましい。で、どうしちゃったんですか?半年も」
「フフ、気になるかい?」
「どうしたんです?目を細めて。老眼ですか?」
「そんな年ではないぞ、わたしは。流し目だ、流し目」
「流れてませんけど」
「うるさい」
「とにかく教えてくださいよ」
「ふむ。実はな、小説を書いていたんだよ」
「は?何言っているんですか、あなたは」
「む?難聴かい?ツカハラ君」
「違うわ、バカ。じゃなくてなんで作家が小説書いてんのに原稿よこさねえんだって言ってんの」
「怖いよ、ツカハラ君。元レディース?」
「うるさい」
「話しは最後まで聞きたまえ。その小説をだな、送ったんだよ」
「はあ?どこに」
「ツカハラ君、ヤンキーみたいな顔だよ」
「うるさい、どこだよ」
「新人賞に」
「はあああ?」
「いや、ツカハラ君。すまなかったと思っているんだよ。こんなに長く休載して。でもね、わたしは悩んでいたんだよ、このままでいいのか、とね」
「どういうことですか?」
「誤解しないで欲しいんだが、わたしはマニアの皆さんには本当に感謝しているんだよ。わたしの下品な小説をこんなにも愛してくれているんだから」
「下品ではなくてユーモアです」
「ありがとう、ツカハラ君。しかしわたしはこれに甘んじてはいけないと思ったんだよ。それにね、わたしの実力をはかりたかったというのもある」
「それで新人賞ですか?」
「うむ。わたしの小説はN木賞などお呼びもかからないしA川賞などもっての他だ。だからここは初心にかえって新人賞だと」
「結構自分を客観的に見れるんですね」
「むっ、バカにしただろ、今」
「感心したんです。でもその気持ちはなんとなくわかります。不安感というか焦燥感というか。それで行動に起こしたのはいいことだとは思いますけど」
「だろ?」
「鼻の穴を膨らませて喜ばないで。褒めてませんよ」
「むっ、ツカハラ君。相変わらず手厳しいね」
「で、どこに応募したんですか?」
「D撃大賞」
「はあ?あの?めちゃくちゃ応募数あるんですよ。選考通る自信あるんですか?ていうか自分の年考えてくださいよ。あれって若いコ向きでしょ?おじさんが学生服着るみたいなものですよ」
「うむ。わたしもわかってはいたんだが書いた小説の枚数が応募規定に引っかかるトコはあそこしかなくてね。それで致し方なく」
「じゃあもっと内容膨らませて書けばよかったのに」
「いや、もう飽きちゃって」
「コラ、本音が出たな」
「まあでももうひとつ書いて応募できたから。どっちかが引っかかるんじゃないの?」
「他人事ですね、完璧に」
「でね、そこから創作意欲がグングン湧いてきてね」
「だったらウチに原稿くださいよ」
「まあまあ。それとこれとは別だから。別腹って感じ?」
「違うでしょ。ウチに原稿書いてないんだから」
「それでね」
「無視すんなよ」
「P社の新人賞に向けて書いていたんだよ」
「次はP社?あのヒロがとったP社の新人賞?」
「ヒロ?あ~エクザイルの」
「違うわ」
「じゃあ安田大サーカスだ」
「もっと違うわ」
「じゃあ誰?」
「やめましょう、この話題は。ちょっとした業界のタブーなんで」
「それで締め切り前日に完成したんだけど、ここで予期せぬ出来事が起きてね」
「えっ。なんですか?」
「規定枚数に届かなかったんだ」
「アホですか、あなたは。それ、いきあたりばったりで書いたってことでしょ?しっかりしてくださいよ。仮にもプロですよ、あなたは」
「まあわたしってこういう人だから」
「ホントに悩んでたんですか?」
「でもせっかく完成したんだから出したいじゃない?で、P社以外にどこかないかなって探したらさ」
「すごい適当ですね」
「あったのよ、同じ締め切り日でちょうどいいのが。で、出したの」
「どこですか?」
「オールY物」
「ぶっ。この身の程知らず。レベルむちゃくちゃ高いんですよ?知っているでしょ?」
「うむ。全然知らない応募者への批評読んだだけで心が折れそうになったよ。すごく厳しいんだよ、選考委員の言っていることが」
「だったら自分で書いてみろって話しですよね」
「ツカハラ君。男前だね。ほれぼれするよ。さすが元レディース」
「違うって言ってんだろ」
「でもさ、あそこって応募するのに応募券がいるんだよ。本についてる応募券が。本買わないとダメなんだよ。それも千円。なんかズルくない?」
「しょうがないでしょ。大人の事情ってやつです。本を買ったと思えばいいでしょ」
「AKB的ビジネスだよね」
「で、センセイ。すっきりしたところでウチにも書いてくださいね」
「いや、ツカハラ君。わたしは溜まっているんだ。半年以上だからね」
「はい?」
「ツカハラ君、クチでいいからしてくれないかい?」
「するか、ボケ」

帰ってきたスズキセンセイ

まあ、お留守にしていた期間、私はこんなことをしてたんです。

帰ってきたスズキセンセイ

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-07-07

Copyrighted
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