《神霊捜査》 第八部「男、一、二、三」(下巻)

《神霊捜査》 第八部「男、一、二、三」(下巻)


《目次》
第七章 天山々脈南東部
(1)艾丁湖(アイデインコ)
(2)賽里木湖(サイラムコ)
第八章 金の行方
(1)天山天池
(2)台湾野柳(ヤリュウ)
(3)報告会

第七章 天山々脈南東部

(1) 艾丁湖(アイデインコ)

敦煌賓館の朝はゆっくりとした目覚めだった。
昨夜の月牙泉からの帰りが遅くなり、疲れていたせいで、朝寝坊となった。
それでも今から吐魯糞行の43夜行列車に130km離れた柳園(りゅうえん)駅で乗車しなくてはならず、130kmをバスで走って14時27分迄に到着する為には、遅延を考えて、4、5時間前に出発となっていた。
軽い朝食をホテルで済ませて、9時30分に出発した。
柳園駅は多くの人々で、混雑していた。かなりの軍隊や、警察官の警備が厳しくチェックをしていた。五島達は横の特別待合室から今回も、フリーパスで通過して、入って来る列車を待った。
こうしてまた、夜行列車の旅が始まった。
列車食堂の中華料理は美味しかった。
列車の乗客は五島達の車輌以外は満杯になっていた。
この列車を引っ張って行く蒸気機関車は悲鳴をあげて、草原や、原野や、砂漠を越えて行った。
翌、7月4日朝5時10分に吐魯糞駅に着いた。
ここでも、警備は厳しく、まるで、どこかの国が中国軍に占領されたみたいな様子だった。
というのも、普通の人々の様子は、イスラム教徒や、回教徒が多く、着ているものが違っていて、民族衣装も増えていた。
町の外れには、テントや、トタン屋根の出店の集まった市場が至るところで営業していた。
特に、食べ物屋が多く目に着いた。
中国は、元々自宅で、朝食を食べずに外食するという習慣があり、北京でも、蘭州でも、街角に朝早くから、湯気が立ち上ぼり、美味しそうに、屋台の出店で、人々が、朝食を食べている風景をよく目にしていた。
そんなのどかな吐魯糞の街を武装した兵隊達が、連隊をなして、警護していた。
吐魯糞盆地の中にある艾丁湖は標高マイナス154m地点にある塩湖だった。
折からの好天に干からび地割れした地面はめくれ上がっていた。
広い湖面の遠く向こうに微かに水が見えるが、そこまで行くには、無理があった。
少し干からびた湖底に入ったところで、五島達は、立ち止まった。

「雫ちゃん何か聞こえていないかね?」

「はい、狐がコンコン哭いています。」

「フム、ゴビ砂漠の狐か。」

この時、警官が王秘書室長のところに駆けて来て、何かを告げた。

「皆さん、吐魯糞の市場で自爆テロが起きたそうです。
若い娘だそうです。
今日はこのまま吐魯糞には戻らず、烏魯木斉(ウルムチ)に行きましょう。」

「そうですか、それでは烏魯木斉に急ぎましょう。
彼等はこの辺りの新疆ウイグル自治区を好きなように動き回っているようですね。
早めにカザフスタンとの国境近くの賽里木湖(サイラムコ)に行ったほうがいいみたいですね。」

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(2) 賽里木湖(サイリムコ)

艾丁湖からバスで烏魯木斉市の友誼賓館に入った。
ここでも警備が万全で、戦場の中のホテルにいるような感じであった。
五島が18年前に来た時は、緑のブドウの樹のトンネル等があり、まるで、農村に建てた保養地の高級なスパを持っているクラブにいるようなのどかな場所でだった、と記憶していたのだが、まるで、様変わりしていた。
翌朝、7月5日朝からバスを西に向かって11時間走らせた。
向かうは、ポルタラ、モンゴル自治州の天山々脈西部標高2,000mを越えたところにある賽里木湖(サイリムコ)だった。
この湖から西に行くとすぐにカザフスタンとの国境検問所があり、この当たりでは、この道しか国境越えの道は他に無かった。
辺りは広大な自然の牧草地となっていて、カザフ族とモンゴル族が、パオを建てて、放牧して生活している地域だった。
昔からの、シルクロードの天山北路である。
湖の広さは454K㎡もの大きさがあり、その景観は、この上もない歓喜、弥栄、清浄の気に満たされて、大自然は、無数の美しい小花に満たされて天山北路を彩っていた。
11時間もの長駆をバスに揺られて来た上に軍隊が護衛に就いての移動の殺伐とした気分を一度に吹き払う程の景色に一同は、胸一杯に吸い込んだおいしい空気で癒されていた。
夜は湖畔の草原でバーベキュウの羊の骨付き肉を頬張り、飲んだことも無い 強い酒を味わって、草原にたてられていたパオで、一夜を過ごした。
少し離れた所で夜営している軍隊の動く音が時々聞こえて来ていたが、いつの間にか、パオの中は、静になっていた。
五島は朝早く目が醒め、パオを出て、眼前に広がる湖面に映る冠雪の銀嶺を眺めて、18年前、ここ、この場所で、五島自身が先達をした祭事のことを思い出していた。
平成8年7月6日、朝7時丁度に点火されて始まった祭事は、北西に向いた 五島達の左後方上空に半月の月之大神様のご神覧の中、賽里木湖上の天山々脈の稜線上から、荘厳極まる日乃出となった。
仏暁→暁→曙へと移行する自然美が祭事の進行とともに、旭日天照と光輝していくその都度に、湖畔の高原植物の色採々の小花と朝露と、仏暁から活動していた小鳥の啼声と、遠方の草原に草を喰(は)む羊やらくだや馬の群れや、正面深奥の冠雪した銀嶺たちや、五島達の視界の全ての森羅万象が、「日乃出」の"ひかり"に満たされて反応し、"色"をおりなし、その転瞬の微妙な変化が生き続け、賽里木湖の湖面に映える朝日は、極美実相の濃密な神在を、その湖中に明らかならしめて行った。
そのことを思い出していた。

「美しいですね、大自然というのは!」

いつの間にか、雫が五島の横に来て、座って、今日も美しい旭日を眺めながら、五島に話しかけた。

「ああ、おはよう。何時の間に来たんだね!」

五島は、昔の思い出に浸っていて、気付かなかった。

「日之大神様が『男三はカザフスタンに入った。』と言われています。」

と、今まさに目の前に昇った日之大神様からの通信を取り継いだ。

「男一はどうしたでしょうか?」

「『逃げる途中で男三とはぐれて、天池(あまいけ)の小屋に隠れている。過激派と行動を伴にしている。』 と、言われました。」

やがて起きて来た王秘書室長と外山秘書室長にことの真相を告げると、王さんが部隊の指揮官を読んで何か強く言い合っていたが、五島の所に来て、指揮官から聞いたことを告げた。

「昨日国境越えをした過激派グループがいたとのこと、少しの所で、3人射殺したが、5人程カザフスタンに逃げたとの事実が判明しました。
今、指揮官から聞き出しました。」

「では、男三については、もう諦めざるを得ませんね。
後は男一が、天池に隠れていると、聴いたのですが、この近くで天池というところがありますか?」

「もしかして、天山天池(てんしゃんあまいけ)では無いでしょうか?」

と、いうと、王秘書室長が指揮官にたずねた。

「今の天山天池の治安はどうですか?」

「はい、あそこは今は危ないですね。
イスラム過激派のアジトがあるようです。」

「そこだ、そこに男一がいるはずだ。
それで、そこに例の10億円の金があるかも知れないですね。
男三達は銃撃戦の中を逃げたのだから、重たい荷物は運べなかったはずですから。」

「分かりました。明日天山天池を包囲攻撃します。
我々が彼等を駆逐した後から来て、下さい。
今から部隊の一部を天山天池に向かわせます。
山深いところですので、空軍にも攻撃に参加依頼をしましょう。」

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第八章 金の行方

(1)天山天池

7月7日、五島達は、朝から軍用バスで烏魯木斉の北東90kmの天山天池の入口付近で、中国軍のイスラム過激派の掃浄作戦完了を待った。
かなりの戦闘が起こっているであろうと思える 銃撃音が響き渡っていた。
昼を過ぎた頃、バスは動き出した。
海抜1,910mの天山天池(てんしゃんあまいけ)の湖畔の遊覧船待機場から、船で、南北3,5k東西1,5の広さの湖面に遊覧船を使って出港した。
10分程走って、兵隊が多く集まっている小花が咲き群れた草原に接岸して、板の簡易桟橋がセットされて、全員降りた。
軍の隊長が説明をしてくれた。

「奴らは全員射殺か捕虜しましたから、もう安心です。
皆さんが追われていた男一も捕虜にしました。
足を怪我していますが、取り調べには問題無いようです。」

「分かりました。御苦労様でした。
男一に聞きたいことがあるのですが、会うことはできますか?」

「今連れて来させます。」

と、部下に命令して1人のびっこを引いた汚れた服の歳の頃40すぎの男を連れて来させた。

「こいつが男一です。」

外山秘書室長が王秘書室長の通訳で尋問をした。

「お前は朝鮮族の男一か?」

「・・・・」

「男三はお前をおいて自分だけカザフスタンに逃げたぞ!」

「あいつ、無事に逃げたか?」

「男二は昨日死刑されたぞ、お前もいずれ死刑になるだろう。」

「くそ、自爆すればよかった、そうしたら天国に行けたのに、悔しい!」

「金はどうした?あの重さでは動かすのに困ったはずだ。
何処へやった?白状しろ!」

「ああ、あの金は今頃、男三の手に渡っているだろうよ。」

「何だと!どうして移動させた?」

「北京から香港に送って、すでにマネーロンダリングされて、アフガンの我らの仲間の手に渡ったはずだ。」

「嘘を言うな!」

「今さら嘘を言ってどうなる?」

「お前は地獄行きだ!」

「アラーの神、バンザイ!」

「よし、もういい。連れて行ってくれ。」

男一はわめきながら兵隊に連れて行かれた。

「やっと、お金のありかが分かりましたね。北京に伝えて、100kもの重量物を香港に送った会社を見付けるように支持率します。
そして我々は、お金の送られた先の香港にいくため、烏魯木斉から広州に飛行機で飛んで、香港に入って、北京からの知らせを待つことにしましょう。」

と、王秘書室長がはりきって言った。

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(2) 台湾野柳(ヤギュウ)

烏魯木斉の友誼賓館で一夜を過ごした五島達は7月8日、烏魯木斉空港から一気に南東に8時35分発X09301便の飛行機で飛んで13時15分に広東省の省都、人口850万人越えの広州市に到着し、招南賓館で一泊して、中国本土の最後の夜を王秘書室長のねぎらいの気持ちに任せて楽しい夜を過ごしたのでした。
広州の王秘書室長に北京からもたらされた情報だと、北京から送られた荷物は、香港を経由しただけで、台湾の漁港の野柳(ヤリュウ)に送られたことが判明した。
五島達も、香港経由で台湾の台北空港に飛ぶこととなった。
7月9日、広州空港を8時25分発C2319便搭乗、9時5分香港着、12時40分香港発CX406便搭乗、14時10分台北空港着と飛行機を乗り継いで、ついに台湾まで来て、しまったのでした。

外山秘書室長が台北の 日本交流協会の台北事務所々長に連絡をとっていたために、空港には、警察庁から派遣されている警察担当事務員が小型バスで出迎えていた。
台北事務所からの連絡の為に、入国はスムーズにすんだ。
王秘書室長は時間がかかると予想したが、問題もなくパス出来た。
この日はそのまま台北のKIRINHOTELに投宿、英気を養い明日の調査に備えて早寝をした。
翌7月10日 台北から高速道路を使って車で1時間20分位の台湾北東部の漁村に向かった。
この新北市万里区野柳村という台湾最北部に近い野柳半島の付け根部分にある奇怪岩で有名な地質公園がある漁村に多くの漁船が止まっていた。

「雫ちゃん、何か通信が来ていないか?」

「いいえ。アッ!ハングル文字が見えました。」

五島達はこの漁船の中にハングル文字を探した。
一隻の古い黒船に幽かにハングル文字が書かれた船を発見した。
台北連絡事務所々長の手配で同行していた台北警察 の係官がその船の臨検を始めた。
船底から、数個のジュラルミンの鞄を発見、差し押さえて、中味を見聞して、日本円の束であることが分かり、事情を問い詰めた。
しかし、船長は他の国から乗せて来たものとしらを切った。
でも、野柳の漁協員等の証言で、今朝、ここで積み込んだことが判明した。
船長は逮捕され、船は出港停止処分とされた。
乗組員等の証言等で、北朝鮮の船と判明した。
それもどうも、パキスタンのカラチに北朝鮮の武器を届けて帰りに代金を受け取りに、この台湾の野柳に寄港したということが判明した。
つまり、北朝鮮がイスラム過激派にパキスタンのカラチから武器を密輸して、その代金として、特定不明者を使った詐欺事件で不正取得した10億余りもの金を支払いに使おうとしたことがこの事件の真相であったということが明るみに出たのでした。
五島達はこの日の16時50分台北発CX510便福岡行きに搭乗して19時55分に20日ぶりに日本の地を踏んだのでした。
外山、王両秘書室長は最終便で羽田空港行きの便で東京に帰り、五島達は、出迎えに来ていた、本郷課長、山崎課長輔佐等と西長住の玉の井に向けてタクシーを走らせた。

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(3) 報告会

久しぶりの日本酒は美味しかった。
こんな時は日本人で良かった思える瞬間であった。
肴は〆鯖(しめさば)のお造りにノドグロ(あかむつ)と中ネギの煮付けにトロロ飯に豆腐の味噌汁で、帰国したばかりの4人には、涙が出そうな料理だった。

「こんどの事件は大変でしたね。」

と、本郷課長が言った。

「そうだね、大変な事件だったが、18年前の中国縦断神業の型出しと、解っていたから、次の展開が読めていたんで、良かったよ。」

「五島先輩は始めから解っていたのですか?」

「いや、はじめ話を聞いた時は、疑問を持っていたが、長白山、三人の男、延吉等のキーワードを聞いて、或いはあの中国神業の型出しでは無いかと気付いたんだ。
将に行ってみると、ほとんど、18年前の神業工程どうりに事件が進んだんだよ。
それで、途中からは、先が見えるようになったんだが、真ちゃん、今回の事件の総まとめとして、始めから課長達に話してあげてくれないか?」

「判りました。」

と、返事して真ちゃんは、手帖を取り出して、読みながら説明を始めた。

北朝鮮がイスラム過激派に武器の密輸をしてその武器の代金の支払いの為に仕組まれた国際詐欺事件といえること。
その詐欺事件に、北朝鮮が行った過去の日本人拉致事件をネタにして、家族を取り返したいと願う親達の思いを逆手に取った凶悪な詐欺事件といえる行為でした。
事件には、三人の、男一、男二、男三が係わっていたこと。
男一は中国と北朝鮮との北部国境長白山、北朝鮮の名前は白頭山、の近くの延吉に住む朝鮮族のイスラム過激派信奉者。
最後に天山天池で中国軍に捕らえられた。
男二は漢民族ではなくて、中国中心部、青海省の青海湖近くの村で生まれた、ウイグル族とチベット族の混血で、やはりイスラム過激派の信奉者。
中国警察に捕まえられて死刑執行されたこと。
男三は日本のパスポートを所持していたが、在日朝鮮人に生まれて、北朝鮮に帰国した家族の一人で、後に北朝鮮を脱国して日本に帰国した男と判明した。
何処でイスラム過激派に入信したかは、不明だが、今は、まんまと中国国境をカザフスタンに逃げて、恐らく今は、イスラム過激派のグループに加わっていると思われる。
詐欺で奪われていた10億の金は、少し目減りはしていたが、無事台湾の漁村で、北朝鮮の工作船から取り戻したこと。
今、台湾政府と日本政府の政府間協議で、返還について話し合いがこれから行われることになるだろうということ。
等々が語られた。

「我々の出向中、こちらでは問題はありませんでしたか?」

「君達が居ないと、本当に静で良かったよ。体が鈍ってしまったようだ。」

「そうだろうと思い、良い土産品を買って来ました。ハイこれです。」

と、誠さんが本郷課長と山崎課長輔佐に箱を手渡した。

「これは何かね! 老酒かい? 違うね。軽い。」

「冬虫夏草です。これを煎じて飲んで元気を出して下さい。」

《神霊捜査》 第八部「男、一、二、三」(下巻)

フイクションですので、人名、社名、店名、国名等は全て架空ですので、その点をお断りしておきます。

《神霊捜査》 第八部「男、一、二、三」(下巻)

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-07-06

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  1. 第七章 天山々脈南東部
  2. 第八章 金の行方