SONG 〜失われた記憶〜
「世界中のどの歌より俺はお前らの歌が好きだ」
それが最後に交わした言葉だった。
だから私は歌う。
ねえ、聴こえる?……ハル兄。
episode.1 My Birthday
七月七日、今日は七夕。彦星と織姫が年に一度だけ、逢瀬を許されたロマンチックな日。そして私の二十回目の誕生日でもある。なのになぜか私は、ダイニングでイヤホンから流れるメロディーに言葉を乗せる作業に四苦八していた。
《 Do you remember?
those words you said to us
"My favorite song in the world"
100% overflowing Magic word
You of that when you remember always a…》
途中まで出来ていた歌詞を口ずさんでみた。次なる言葉が出てくると思ったが、人生そんな甘くなかった。
私はこの作業、作詞がなによりも苦手だつた。作曲は得意なのだが、どうもこれだけは慣れない。かなりペースが遅い。
「あー、もうダメ。全然浮かばない」
私はデスクに項垂れながら呟いた。せっかくの誕生日なのにデスクに向かって必死こいている自分が虚しくなる。
自己紹介が遅れたが、私の名前は箕山詩。二十歳。詩と書いてウタと読む。おばあちゃんが名付けてくれた名前で、結構気に入っている。
二年前にメジャーデビューを果たしたロックバンド、BAZZのヴォーカリストで歌詞が全文英語なので万人受けはしないが、それなりに売れているんじゃないか、と私は思っている。
ギター、ベース、ドラム、キーボード、ヴォーカルの五人組で欠席され、当時から作詞作曲は全て私が手がけており、アレンジなども私が行っている。それは今現在も同じで私が動かない限り、BAZZは前には進めない。責任重大だ。
ふと、窓の外を見やる。いつの間にか辺りは夜の闇に包まれ、優しい月明かりと街灯が街並みを照らしていた。
その時だ。来客を知らせるチャイムの音が耳に届く。
卓上時計に目をやる。時刻は後数十分で午前零時、日付けが変わろうとしている。
こんな遅くに一体誰だろう?もうすぐ私の誕生日は虚しくも終わってしまうというのに……。
赤坂にあるこの家は地下がプライベートスタジオになっていて、極親しい友人や仕事仲間にしか教えていないので滅多にチャイムは鳴らないはず。メンバーはお上品にチャイムなど鳴らさず、窓から不法進入してくる。迷惑な話だ。
インターホンで来客の姿を確認する。そこにはよく見慣れた顔が映し出されていた。
モデル並みにスラッとした長身に黒髪のパーマがかったお洒落な髪型はいつもとなんら変わりない様子。目鼻立ちのはっきりした顔立ちはカメラ越しにこちらをじっと見ている。
名を栗山義人という。二十七歳。行きつけの美容院、"An"のオーナーで私の担当美容師でもある。
彼は七歳年上の兄の小学校からの親友で私ともよく一緒に遊んでくれていた。それは今でも変わりなく、こうして突然訪ねてくるのは珍しいことではない。
そして私の初恋相手でもあり、その思いは今でも色褪せることなく心の奥底に留まっている。決して開けてはいけない、パンドラの箱に思いを閉じ込めて…。
「間に合った…?」
「え?」
玄関まで出向き、彼を迎えたその第一声の一言に私は目を大きく見開いて瞬きを何度か繰り返した。一体何のことだろう?
「今日、誕生日でしょ?」
「ああ…多分、ギリギリセーフ」
「よかった。お祝いしよ?ケーキ、買ってきたんだ」
と、目の前に差し出されたケーキの箱。大きさからしてホールケーキだろう。
彼は毎年、どんなに忙しくても私の誕生日には必ずケーキを持って一緒に祝ってくれる。私が寂しくならないように、と。
「わあ、ありがとう!義人さん。どうぞ上がって。散らかってるけど…」
「ん、お邪魔します」
渡されたケーキの箱を受け取り、私は彼を家の中へ招き入れた。
*****
楽器や機材に埋もれたこの家はお世辞にも綺麗とは言い難く、生活スペースがあるかどうか疑わしいが、一応一階だけは寛げる空間となっている。
いつものように彼を一階のリビングに通す。
「何か飲む?って言ってもビールしかないんだけど……」
「いや、今日車だからやめとく」
「じゃあ、コーヒーでも淹れるね。適当に座ってて」
カウンターキッチンになっているそこへ、私はケーキの箱と共に足を運んだ。
コポコポコポ、とサイフォンでコーヒーを抽出している間に義人さんが買ってきてくれたケーキを箱から取り出して綺麗にカットする。
色とりどりの沢山のフルーツで彩られたキラキラ、宝石のように輝いているフルーツタルト。真ん中にちょこん、とネームプレートが置かれて"Happy Birthday Uta"と記されている。こんな風に祝ってくれる者がいるというのは、やはりいいものだ。心がぽかぽか、温かくなる。
「美味しそうでしょ?」
耳元で囁かれた低く聞き慣れた声に驚き、私は大きく身体を跳ね上げた。
「ぎゃっ!………びっくりした。もう、驚かさないでよ!義人さん」
「ははっ、ごめんごめん」
年齢とは不釣り合いなほど無邪気な笑顔。怒る気も失せてしまう。
私はいつもこの笑顔に癒され、救われてきた。辛いこと、悲しいことがあっても彼の笑顔でまた明日頑張れる。
……色気のない声を出してしまったが、気にしないことにする。
「こんな時間に来たってことはもしかして仕事だった?」
「あ、いや。まあ…」
言い忘れていたが、彼は数年前から別居中ではあるものの既婚者である。仕事ばかりで家庭を顧みない自分に愛想尽きたんだ、とよくお酒の場で嘆いていたのを覚えている。
別居をしていても月に一度は会っているらしく、こうして歯切れ悪く答える時は大抵、奥さん絡み。なぜか私には話したがらないので深くは追求しないが。
SONG 〜失われた記憶〜