ゆう

あなたに

あなたに出逢ったのは、偶然なんかじゃないと思っています。とってつけたように言うねってあなたは笑うかもしれないけれど。
あなたに出逢わなかったら、私は本当の幸せってものを感じることができなかったかもしれない。そう思うのは本当です。
わがままで、馬鹿で、愚かで、浅はかで、どうしようもない私だけど、今は頑張って生きています。あなたが教えてくれた優しさを胸に。

アルバイト

平成二十五年三月、私はバイトを探していた。二十六歳になって、私はこのままでいいのか、資格も何もなくて、この先一生ご飯が食べていけるのか、そんな不安を感じた。だから仕事をやめた。資格を取るために勉強しようと思ったからだ。特に何がやりたいというわけでもなかった。だけど、彼氏が地元の八戸に帰りたいと言っていたから、私は医療事務の資格を取ることにしたのだ。彼の家族は医療系の仕事に就いている人が多い。母親は看護師、しかも師長。父親は医師会の事務局長。親戚は医者ときたもんだ。弟は医療系ではないが、貿易関係の大手企業に勤めている。私の彼はというと、バーテンダー。一人だけ全く色が違うが、彼のご両親に気に入られる為には、医療系がいいだろうとひそかに決めていた。しかもゆくゆくは実家の八戸に帰りたいなんて聞いてしまった。何の資格もない私にとって、田舎に行くことは就職に苦戦するのは目に見えている。小さい会社の事務員にでもなれればいいが、スーパーのレジ打ちや、コンビニのパートくらいが現実だ。そんなのはご免だし、私のちんけなプライドが許さない。医療系の資格があれば、彼の両親のコネがあるだろう、と勝手にあてにしていた。そこで私は、医療事務の資格を取ろうと、民間の学校に入学手続きをした。大人の為の資格取得を謳っている学校で週に一度だけ通学すればいい。勢いで仕事をやめた私にとって、週一というものはありがたいような迷惑なようなシステムだったが、他の学校では授業料が高すぎるのでそこに決めた。学校は三月の後半から通うことになった。週に一度しか授業がないので、平日は暇だ。資格取得の為とは言え、二十六歳にもなってニートというのは考えものだろうと思い、バイトを探し始めた。
 最初は派遣会社に登録し、バイトに行った。一日だけのスポットと呼ばれるアルバイトで、日替わりでいろんな所へ行く。ホテルで働いた経験があったので、受けてみた。でも、なかなかしんどいバイトだった。見知らぬ人と待ち合わせをして、一緒にホテルに向かい、急にレストランで食事だしの用意をし、お客様を迎え入れる。料理名も、配膳する瞬間に教わり、あたかも知っているようにふるまう。当然何もわかっていないので、お客様に詳しく聞かれると、
「確認して参ります…」
としか言えない。ホテルの館内の事を聞かれることもあった。周辺の観光案内のことを聞かれることもあった。その度に、冷や汗をかきながら過ごした。お客様が帰った後には、お皿やグラスを片づけて床掃除。社員の人は派遣スタッフが気に入らないようで、あたりがきつい。特に女の女性スタッフ。同じ派遣でいった男性の人は怒鳴られていた。私は運よく、男性スタッフに囲まれての勤務だったということと、見ない顔ということもあり、怒鳴られるという事はなかったが、精神的なプレッシャーが続くのか、と思うと心が沈みホテルへ行くのは二回でやめた。その後紹介してもらった派遣は、コピー機のリースをしている会社で、事務員として派遣された。勤務地が遠く、車を持っていなかった私はバスでの通勤になった。派遣では珍しく、一ヶ月間の長期派遣となった。コピー機屋さんでは、ここが事務所なのか?というほど小さなプレハブの様な事務所だった。完全事務職というものが初めてだった私は、会話の少なさに驚いた。みんな無言でパソコンをたたいている。電話がひっきりなしになっているが、受ける人は決まっていて、その人の声だけが響いていた。お昼の休憩なんて悲惨だった。誰一人話をしない。携帯をみているか、雑誌を広げているか、昼寝をしているか。私は息が詰まって仕方がないので、トイレへ行く振りをして、煙草を吸いに行っていた。一か月が過ぎ、契約終了間近となると、いきなり支店長に呼び出された。なにか失敗でもしてしまったのかとびくびくしていると、正社員にならないかというお誘いだった。ありがたい話だったが、正社員となると学校へ行けない。仕事と勉強を両立できるほど、私は器用ではない。しかも、正社員になってしまったら、新しい職場に慣れるのに精いっぱいで、勉強どころではなくなってしまう。能力をかってもらい、声をかけて頂いたのは嬉しかったが、お断りをすることにした。これでまたバイト探しが始まった。
 ある日、SNSを見ていると、よく飲みに行っていた居酒屋の主任がお店をやめていた。自分で独立するらしい。しかもバイトを募集している。話したことはあるが、いつも酔っている中で話をしているから、関係性は完全に店員と客だ。私が急にバイトで雇ってください、と連絡したところで雇ってくれるのだろうか。週に2回は飲みに行き、なんとなーく仲良くなったつもりではいたが、個人的な話をしたことなんてない。ましてや、シラフで話をしたことがあるのかどうかも怪しい。だけど、もしスタッフになれたら、いつもの飲み仲間が店に集まることができて、バイトしながら仲間にあえる。それって楽しそうだな、しかも笑える、なんて安易な考えで連絡をしてみることにした。
「寺内さん、お久しぶりです。覚えていますか?三浦です。アルバイト、まだ募集してますか?私、バイトしたいんですけど…」
とメールをしてみた。返信がすぐに来た。
「久しぶり!覚えてるよ!面接あるからこれるかな?履歴書持ってきてね!」
…話はやすぎ、と思いつつ履歴書を書き始めた。
面接の日、私はまだコピー機屋さんのバイトをしていた。今週で契約終了という時だった。バイト終わりに面接に行くことにした私は、帰りのバスを途中で降りた。慣れない道をなんだかそわそわした気持で歩き、面接の場所へと向かった。指定されたのはビルの二階。エレベーターに乗り込み、二階のボタンを押した。エレベーターが開くと真っ暗だった。私は間違えたかな?と思い、二階では下りずにそのまま一階まで戻った。なんだか不安になり、寺内さんに場所が分からないと電話した。寺内さんはビルの横に階段があるから、そこまでいくよと言ってくれた。ビルの名前も場所もあっていた。寺内さんが階段からひょこっと顔を出し、さっちゃん!と呼んだ。顔をあげると、私服の寺内さんが手を振っていた。店以外で会うのは初めてだった。なんだか新鮮だった。寺内さんはエレベーターでおいでと言って、隠れてしまった。私はあわててエレベーターに乗り込んだ。ドアが開くと、ひげを生やした寺内さんがいた。
「久しぶりだねー!ほんとに内でバイトしたいの?笑えるんだけど!!」
と言って、新しい店になるであろう扉を開けてくれた。まだ店とは言えない状態だった。物であふれかえっている。そしてなんとなく薄暗い。夕方なのに、電気もつけていない。入っていくと、女性が一人、華奢な男性が一人、長髪にヘアバンドをしている体格のいい男性が一人いた。
「こんにちは、はじめまして」
と得意の営業スマイルをしてみる。
「さっちゃん、面接するの俺じゃないから。ゆうすけ、ホール希望のさっちゃん。面接よろしくね。」
とヘアバンドをしている男性に目を向けた。
「了解っす。じゃあ、あっちでしようか」
と、ゆうすけさんという人が奥のテーブルを指差した。私は、寺内さんにありがとうございます、と告げて、奥のテーブルに移動した。
失礼します、と座るなりゆうすけさんが話し始めた。
「じゃあ、俺の自己紹介からね。面接させてもらう猪股裕介と言います。さっそくだけど、履歴書は持ってきてくれましたか?」
と、ゆうすけさん。
「あっ、はい。三浦幸子と申します。よろしくお願いします。」
と、営業スマイル。バックから履歴書を取り出し、差し出した。履歴書を見るなり、
「へー、小牛田農林卒業なんだ、俺、中田だよ!地元加美だし、地元近いねー!!」
と嬉しそうに笑っていた。
「今何歳?二六歳ってことは、俺の二つ下か。あっ、じゃあさ、上辺信吾って知ってる?鈴木一平とか。農林の野球部だったやつ!!」
知ってるも何も、私の先輩だった。私は高校の時、野球部のマネージャーをしていた。信吾さんと一平さんは今でも覚えている。高校へ入学したばかりの時、入学生に向けて生徒会主催の歓迎会が開かれた。そこでは部活紹介が行われ、なぜだかわからないが野球部がとても印象的だった。もしかしたら、中学のころに好きだった男の子が野球部のキャプテンをしていたからかもしれない。野球の応援ができるように、タッチとH2という漫画を熟読していたからかも知れない。そして、タッチに出てくるヒロイン、野球部のマネージャーの南ちゃんに憧れを抱いていたからかもしれない。いずれにせよ、野球部に魅力を感じ、マネージャーも応募中です、という言葉を聞き友達に付き添ってもらい、部活見学に行った。あいにくの雨だったが、野球部は校舎内で練習をしていた。マネージャーの先輩がにこにこして対応してくれ、キャプテンの元へ連れて行ってくれた。マネージャー希望なんだって?と廊下全体に響き渡るような大きな声で話しかけられた事を覚えている。高校一年生から見る高校三年生はとても大人に見えて、私はどぎまぎしてしまった。やっとの思いで、はい、と小さく答えると、キャプテンは眼鏡外してみてよ、と言った。訳がわからないまま言われたとおりに眼鏡をはずす。すると、より一層大きな声で、「合格!!」と聞こえた。それが信吾さんだった。かわいーじゃん、と言い放ち当時エースだった一平さんとじゃれあって練習に戻って行った。入部した後も、さっちゃんと呼んでくれて、かわいがってくれた。重いものを持っていると、マネージャーにもたすなよ!と部員に指示を出してくれたり、麦茶を作るとありがとうとわざわざ言いに来てくれた。笑うと顔がくしゃっとなり、年上だけど可愛くて、信吾さんは憧れの先輩だった。そんな信吾さんがこんなところで登場するとは、予想外もいいとこで、思わずテンションが上がった。
「知ってます!私、野球部のマネージャーだったんですよ!!」
一気に緊張がほどけた気がした。
「マジで!?俺も野球部だったんだよ!中田の四番打ってたんだけど、覚えてない!?信吾と一平君は友達でさ、よく昔遊んでたんだよね。そういえば、農林のマネージャー二人いたような気がしたな。一人は三浦さんだったんだね?すごい偶然だね、やべー、なんかテンションあがっちゃった!!」
猪股さんは、満面の笑みで私を見た。
「ごめんごめん、昔話はこれくらいにして、面接しようか。さてと、今はどっかでアルバイトしているんだよね?いつまでなんだろう。」
「今のバイトは今週いっぱいで終了です。私、医療事務の資格がほしくて、学校に通うことにしているんです。週に一度のみの授業で毎週日曜日に授業があります。なので、日曜日はシフトに入れませんが、平日であればいつでも入れます。他に何もないので、時間も曜日もそちらで決めて頂いて大丈夫です。できればたくさんシフトをいれてもらったほうが助かりますが、他の人の兼ね合いもあると思いますので。」
「そうなんだ。わかりました。いつ位までつづけられるのかな」
「予定としては、七月末位を考えています。七月末に資格試験があるので、それに合格できれば、就職活動をしたいと思っています。なので、短期でも良ければ雇って頂けないかと思いまして。」
「短期なのか、その七月末ってゆうのは絶対なのかな。少し融通きかせられたりしない?今募集かけて応募してきた子たち、ほとんど飲食未経験なんだよね。どのくらいできるかわからないし。」
「絶対ではないです。学校は7月末までですが、資格試験に合格しなければ、次の資格試験まで、自分で勉強しながらフリーターです。なので、どうなるかは分かりませんが、早くて七月末でという感じです。」
「了解、じゃあ合否は追って連絡しますね、これ俺の携帯番号だから登録しておいてくれないかな。この番号から電話するので。面接はこれでおしまいね、…でさ、もう少し思い出話してもいい?」
とまたまた笑顔になった。物腰の柔らかい、人当たりのいい人だった。面接が終わり、帰りはエレベーターまで猪股さんが見送ってくれた。エレベーターがきたので、乗り込んだ。ありがとうございました、と伝えエレベーターのドアがしまりそうになった瞬間、猪股さんがドアを抑えた。
「ごめん、言い忘れてたけど、下ネタとか大丈夫?」
「え?」
「あぁ、あの、ほら、居酒屋とかって酔っ払いばっかりだから、絡まれたり、下ネタ言われたりすること多いんだけど、そうゆうの大丈夫かなあって思って。嫌な子とか苦手な子とかいるじゃん?」
「あぁ。大丈夫ですよ、私夜働いていたことあるので。スナックとかで働いていたことあるので大丈夫です。セクハラも下ネタも慣れてますから。」
「そうなの?ならいいんだけど…。そんなふうには見えなかったから。じゃぁ、また連絡しますね。気をつけて!」
「ありがとうございました。」
頭を下げると猪股さんの手がエレベーターのドアから外れた。エレベーター閉まり、面接は終了。私は最後の質問がおかしくてたまらなかった。
今思えば、十八歳で高校を卒業し、初めて仕事をした時からセクハラを受けてきた気がする。高校を卒業してすぐ、私は新潟の旅館で仲居として働き始めた。温泉観光地で、とてものどかなところだった。商業施設などなく、買い物に行くのには、バスで隣町まで行かなくてはいけない。バスの本数も少ないため、休みの日も出掛けることはめったになく、毎日ホテルと寮の行ったり来たりだった。若い先輩は3人。仲居頭の先輩は鬼のように怖かった。二番目の先輩は対照的で優しく明るく、笑い声が絶えない人だった。三番目の先輩は、いい人だが愚痴が多く扱いにくかった。そんな三人の先輩から、セクハラされることがあるから、気をつけるように、と言われていた。泊まりにくるお客様のほとんどは、おじいちゃんかおばあちゃん。家族連れや、会社の旅行で中年のサラリーマンの団体客が来る。最初は、セクハラなんてないだろうと思っていたが、実際は違った。中年男性の団体客が泊まりに来ると、ほとんどのお客様が、宴会時に「シースルーコンパニオン」なるものを頼む。名前の通り、シースルーの衣装をきたコンパニオンだ。ブラジャーは着けずに来るため、乳首が透けて見えている。本当は触れてはいけないのだろうが、お酒に酔ってくると男性陣は胸を触りだす。そんな環境で、お酒を飲んでいるのだから、当然気が大きくなり、私たち仲居にも卑猥なことを言ってくる。抱きつかれたり、着物を脱がせようとしたり。ガマガエルの様な親父に、キスをされ、舌を突っ込まれたこともあった。仲居をやめてからは、スナックでバイトをしていたことがある。下ネタは当然、セクハラだって当然。
太ももをなでられることだってあったし、お尻を触られたり、胸に手が入りそうになったこともある。下ネタなんて毎回のように話をするし、むしろ話せないと客が喜ばない。下ネタの話をすることが好きなおじさんばかりではなかったが、大抵のおじさんは黙っていてもその話題になる。辞めた会社でもセクハラはあった。社長が私の腰に手をまわし、太ももをなでてくる。カラオケに行けば隣に座らされ、手を握られてラブソングを歌われる。夜も更けてくると、眠くなったと頭を私の肩にもたれさせ、俺の愛人になれと言う。セクハラなんてあきるほど受けてきた。面倒だと思いながら、これも仕事だと割り切って今まで過ごしてきた。そんな私に「下ネタ大丈夫?」はインパクトがありすぎた。気遣ってくれたのだろうけど、ちょっとやそっとの事では私は動じない。そんなふうには見えなかったから、と猪股さんは言った。側から見たら私は真面目そうに見えるんだろうか。清楚にみえるのかな、などと考えながらお店を後にした。

ゆう

ゆう

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 成人向け
更新日
登録日
2015-07-05

Copyrighted
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