スリル・ドッグ

かるーく、らくーに。第三者視点で読んで頂ければと思います。

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「よしよし。おー、いい子だねぇ」
「そんなー。臆病に育ち過ぎちゃいましたよー。」

人は死んだらどうなるのか。
僕はそれが怖くて、そして死んだらその怖さも感じられなくのが余計怖くて、夜な夜な不安に駆られた。
しかしそれは生前の話である。

「ほら、マックス。お手は? ほら、お手!」
「あらまぁ、賢い子ねぇ。うちの子はまだお座りしかできなくて…」
「けっこう大変なんですよねー。お気持ち分かります」

人間の手というのは、綺麗なものと汚いものと極端だ。
そこに僕の可愛らしい右足をちょこんと乗せるだけで、人間は嬉しそうな笑顔をする。
面倒なことだけれども、生かしてもらってる以上、逆らうのは怖いのだ。

そもそもお手という行為にどんな意味があるのか…そんなことはどうでもいい。
僕は生前、いや、今も生きているけども。今は犬としての生活を送っている。
その前の生。いわば前世というもの。僕は人として生き、17年という短い生涯を終えた。
死は突然訪れるもの。今でもその瞬間は鮮明に思い出せる。
2tもあるトラックがキキーっとブレーキ音をかけながら近づいてくる。今思えばそれも懐かしい思い出か。

「…えぇ、そうなの。うちのマックスは何でも食べちゃって。散歩中も目が離せないんです」
「あらまぁ。食いしん坊なのねぇ。スラっとした身体してるのにねぇ」

僕の名はマックスという。何かと何かのハーフとして生まれたらしい、曖昧な雑種犬だ。
父、母、息子の人間三人家族に拾われて、何不自由無い生活をさせてもらっている。
話を戻して。僕は短い前世の間、特に善行も悪行もしてこなかったらしい。
肌の色が濃い緑である以外は人間っぽい、そんな閻魔様にそう言われた。これを見ている君、閻魔は実在するんだぞ。
そこで僕に課せられたのは、犬として転生することだった。
まだまだこの世に未練のある僕としては、天国行きよりも良かったと思っている。
そしてこの件は、どうやら特例でも何でも無いらしい。

「…えぇ、ではまた。今日は碌なお構いも出来ませんで」
「いえいえ。じゃあまたね、マックスちゃん」

こうしてお客様が去り、そろそろ息子が帰ってくる。
そして僕を散歩に連れて行き、深夜近くになると父親が帰ってくるのだ。
そうした毎日、人間からすれば退屈でしょうがないと思うことだろう。実際僕もそう思ってたし。
それが違うのだ。深夜からが僕達の時間。
今晩は、それを君達に見せてあげようと思う。しっかりと聞いておくように。




「そうなんだよなぁ…最近はどうにも蒸し暑い。主人が毛を剃ってくれないから尚更だ」

いつも愚痴ばかりのベルは今日も相変わらず。
彼の口は非生産的な言葉しか紡ぎださない。正直僕は彼をあんまり好んでいない。
彼はゴールデンレトリバーだ。その大きな図体とは似合わず、根は小心者に違いない。

「まぁ気持ちは分かるけどね。もっと面白い話をしてよ」

シャルティはどこか冷たい、他人、いや他犬の気持ちを思いやらない節がある。
しかしその容姿は非常に端麗、くるんとした毛並みがとても可愛らしい。
その容姿と似合った淡々とした態度。彼女はダックスフンドだが、人では無いので短足だから不細工だとは限らず、むしろ好感が持てる。
僕が彼女に恋心を抱いているのはここだけの秘密だ。

「じゃあ私にとっておきの話があるんだけど! ねぇ聞きたい? 聞きたいでしょ? どうしよっかなー」
「………」
「そう? どうしてもって言うなら話したげるよ! そう、あれは今日の昼過ぎのことだった…」

スルー状態のシャルティをお構い無しに語り始める彼女の名はポロ。
柴犬の彼女は、常に有り余るエネルギーを発散する場所を探し求めているように見える。
僕は彼女をムードメーカーだと思っているが、ベルとシャルティがそのようには思っていないようだ。

ここで明確にしておくが、僕、いや、僕達犬は一匹の例外無く人間から転生した者ばかりだ。
頭脳は人間なままであるが故に、繋がれている鎖を解いて脱走することなど容易いこと。
毎晩遅くから始まるこの集会。特に意味があるわけでもないが、強いて言うならば退屈な毎日を紛らわす為の娯楽なのだと僕は思っている。

「……ってわけでね、人ってやっぱ馬鹿だよ。いやまぁ、私も人だったわけだけどさ」
「ほぉ。中々ポロらしい意見じゃないか。だが、俺はポロにも問題があると思う。そう、例えば…」
「…マックス、さっきからずっと黙ってるけど、どしたの?」

そう、この集会こそが僕の楽しみ…という語りは、飽き飽きとした表情のシャルティの一言で途切れることになった。
君達には悪いけど、僕の説明はここまでだ。

「別に…何か暇だなぁって、そう思ってただけだよ」
「そう。そうよね。私も常々思ってたのよ。毎晩私達はこうして集まってるけど、何かが足りない気がしてならないの」
「そうだね…ベルの薀蓄とポロのどうでもいい話は聞き飽きたし」
「ちょっと! 聞こえてるんだよ!」

こうして好きにだらだら過ごす時間というのも、悪くないとは思う。
犬になってから気付いたことだが、人の時よりも体が丈夫になっている。例えば寒さ、そして暑さなどの気候に対してもだ。
更に足も早くなり、加えて鼻も効く。その分寿命が短いが、死後の世界があると分かった今となっては、死ぬことなど特に怖くない。
知能は人のままで、身体能力は飛躍的に向上したのだ。
初めこそ混乱したものの、もう大分この環境にも慣れてきた。
シャルティの言う通り、僕達のこの集会、何かが足りない気がしてならないんだ。

「私ね、思うんだけど」
「あーあ、何か面白いこと起こらないかしら。夜は長いのよ。もったいない」
「シャルティ、そもそも夜は寝るものだ。俺達がこうして集まってることがおかしいんじゃないか?」
「何よ。ベルは別にお呼びじゃないんだから、帰ればいいじゃない」

いつも通りの会話だ。
内心ベルをあまり良く思っていない僕は、心の中でこっそりとシャルティを応援する。あくまでこっそりと、心の中でだ。

「ちょっと! 私ね! 思うんだけどさぁ!」
「あら、ポロ。いたんならもう少し存在感を出してなさいよ」
「いたでしょ! ひたすら無視してたのはシャルティじゃないのさ!」
「まぁまぁ。で、ポロ。どうしたの?」

女の子同士の喧嘩は止める僕である。自分で言うのもその通り、腹黒い奴だ。
隙あらばポロからも好意を得ようとしているあたり、僕がどれだけメスに飢えているか分かるだろう。

「シャルティが言ってた足りない何か、それって『スリル』なんじゃないかな」
「スリル?」
「そ。こうして誰にもばれないような所で私達だけで集まって。安全だけど、その安全さが私達を堕落させてるんだ…そうだ、そうだよ! 絶対そうだ!」
「分かった、分かったよ…で、それじゃあどうすればいいんだい?」
「そこから先はマックスの役目! 任せたっ」

こういう無責任な発言を遠慮無しに出来るのが、ポロの良い所でもあり悪い所でもある。
しかし、ポロの発言は的を得ている。
そう、僕達はただ集まってお喋りをしているだけで、何ら行動を起こしていないのだ。
人間だと生活習慣病だぞ、これ。

「ポロの言う通りかもしれない。しかし、スリルとは危険を伴うものだ。俺達はそんな危険を冒してまで…」
「ベルは怖いだけでしょ。マックス、貴方はどう思う?」
「僕はポロに賛成だよ。この暇な毎晩を打開するには、少し何かに挑戦してみてもいいんじゃないかな」
「3対1で可決ね! じゃあリーダーは私、作戦参謀はマックス! シャルティは情報参謀ね、ベルはまぁ…雑用かな」
「おい…」

嫌に子どもらしい考えではあるが、犬としての生はまだニ、三年程しか過ごしていない僕達だ。
子どもっぽい遊びだってしてみたい。閻魔様だって多少のお遊びは許して下さるさ。
何かワクワクしてきた。これがスリル…いや、ただの好奇心か。

「じゃあリーダーの命令ね! マックスは明日までに私達初の遊びを考えてくること! 内容はどんなのでもいいからね」
「あぁ、いいよ。期待してて」
「シャルティは…特に無いね。ベルは明日の晩、四人分のほねっこを持ってくること! 以上!」
「おい、だから俺は…」

こうして僕達はその晩を終えた。
日が昇る前にこっそりと各自の家に帰り、こっそりと自分の首輪に鎖を繋ぐ。
昼は大した用事も無いんだから、夜寝てないぶんぐっすりと眠れるのだ。

しかし今日は違う。作戦参謀であるところの僕は、作戦を考えなくてはならないのだ。
作戦参謀…いいね、この響き。ポロも中々いいアイデアを出してくれたじゃないか。
これから始まるスリルは、全て僕次第で決まってくる。
この犬としての生、精一杯楽しませてもらおうじゃないか。

スリル・ドッグ

読んでくださって、ありがとうございました。
続いていきます。

スリル・ドッグ

元人間だった犬達が、スリルを求めて何かしらを起こします。 それは極めてどうでもいいことだったり、もしくは犯罪行為まで発展するようなものだったり。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-03-25

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