22、亜季・・・大人になれなくて

                            22、追い風それとも?


 人よりも優れた才能と美貌を持ち合わせ、幸運という神に恵まれ、時代という波に背中を押されても何も成し遂げられずこの世を去る人がいる。

一方でこれというものを持たずしてただ好きなことを日々繰り返しながら一歩、一歩着実に前へ進み結果本人さえ望んでもいなかった成功を手にする人がいる。ただ、多くの人は多分この二つの道の中間で夢をみたりあきらめたりを繰り返ししだいに現実という世界に流される。

亜季は今自分がどこを歩いているのかもわからないまま夢に手をのばしていた。自信や強さと言えるものには程遠くてもこれまで自分を覆っていた殻を一枚脱ぎ捨てたのは確かだと感じたから。理由はわからないが何故か追い風が吹いているような感覚が亜季をおそう。当然それとともに亜季の表情に晴れやかさが生まれる。


 この夏の最大のイベントとも言えるカナダ旅行から戻った日思いもよらず朝香が空港で出迎えてくれた。

「亜季、おかえり。」

朝香の声に亜季はほっと懐かしさを覚えた自分を見た。

「あ・さ・か!来てくれたんだ。嬉しい。まさかここで会えるなんて」


もちろん朝香はこの一瞬で亜季の明るい表情と張りのある声に変化を感じ取っていた。

「カナダで何かいい事あった?あんなに気が重そうだったのに随分元気じゃない。もしかして疲れて今まで以上にボーッとしてるんじゃないかって心配して来たんだけど。」

亜季は朝香を見てニコッと笑う。

「そうなんだ。・・・でも、実はここのところ元気。なんて言うのかな、自分が生きる場所を見つけたからかな。パパとの2週間はきつかったけど。」

「生きる場所か。それ、どこ?・・いつか言ってた音楽という華やかそうに見える茨の道?」

「うん。確かに茨だね。でもね、カナダ旅行は結論から言えばいい刺激だった。パパは仕事だからかなりひとりの自由な時間もあったし。なんかいつも人の評価ばかりを気にして生きていた感じがした。ある程度できあがった性格がしう簡単に治るとも思わないけど。ただ、だいたいの事はやるか、やらないかの選択。何もしなければ失敗はないけど息苦しい人生になると思うった。朝香これから何か予定ある?」

ここまでを一気のまくしたてた亜季の顔を朝香はまるで珍しいものを見るような目でしげしげと見つめていた。

「こんな亜季、めったにないね。お望みとあれば暇をもてあましていますよ。落ち込んだ亜季を持ち上げようとたっぷり時間を作ってきたからね。まあその必要なさそうだけどね。」

「じゃあ、これからどこか行かない?なんか朝香と話したくて。」

「いいけど。でもお父さんは?」

「パパなら大丈夫。車だから途中でおろしてもらえばいいし。ね!いいでしょう?」

亜季がめったに見せない強引さと迷いのない表情が可愛く映る。ただその一方で朝香の心に不安がよぎる。

「なんか我が儘お嬢様全開という感じだけど。まあ、今日のところはカナダボケということで。付き合ってあげる。」


 それから数時間後胸の中の不満を抑えながらも笑顔で車から降りる二人を見送る父を残し亜季と朝香は広尾のカフェに落ち着いた。

父は旅行中見せた亜季のフワフワした明るさが妙に気にかかる。これから先、音楽をやっていきたいという話は聞いたもののそれがどんな形で実現されるのかはまるで想像できない。まして、そこに自分がずっと隠し通してきたエリカが関わっている事など考えられるはずもない。
それでも虫の知らせと言うのか、何故か幼いエリカの顔が浮かぶ。そしてこれから自分がきずいた家にこの先大きな変化がくるのではないかという妙な予感に心が重苦しくなっていた。


そしてもうひとつ。おそらく亜季と共に帰って来ない事に妻が少なからず不機嫌になるだろうというあまりに日常的なストレスに2週間のカナダでの息抜きはもはや過去へと走り去っていた。


 亜季と朝香はまるで若さを誇るような笑顔でこの2週間を話していた。
でもさ、なんか久々だよね。亜季のそういう顔。ここ一年、と言うより長きに渡り亜季はいつも悩んでる人だったもの。それにしても本当にジャズをやるの?お母さんには?」

「まだ。これから話す。反対されるのはわかってる。・・それにね、母の反対の理由はわけのわからない仕事だからというだけじゃないの。
朝香、覚えてる?エリカってものすごく魅惑的な声を持ったシンガー。」

「もちろん。丈先輩のライブに行った時のボーカルでしょう。確かにうまい。見た目も文句ない。確かに憧れに似たものは感じてた。でも、なんかあの人好きじゃないな。よくわからないけどひっかかるんだよね。だけどそのエリカが何か関係あるの?」


朝香の問いに亜季は深く頷いてからゆっくりとエリカと自分の関係、母との話、この間のライブでの出来事を話した。朝香の表情は驚きと好奇心に満ち、しだいに心配へと変化する。

「・・・まさかね。そんな偶然があるんだ。それにあの真面目そうな亜季のパパが・・・?想像できない。わからないものなんだ、人って。だけど亜季はエリカと一緒にやるわけじゃないんでしょう?
そんな事お母さんもお父さんも許すはずないよ。私が亜季のお母さんの立場だったらジャズはともかくエリカと関わるのはおもしろくないもん。
亜季がジャズを好きというのは知ってるけど・・・なんかその人に巻き込まれていない?」


 亜季は朝香の心配を珍しく笑いとばした。
「そんな事ないよ。私の意志だもん。それに気持ちを決めてからなんか強くなれた気がして。実際これからどんな形でやっていくかはまだわからない。
丈先輩の力も借りてとにかく場数をふまないとね。この仕事の為に両親がお金を出してくれるわけもないからなんかバイトもしないといけないし。
でもなんか感じるの。追い風が吹いてるって。」

そういう亜季の目は確かに輝いていた。なのに今は輝けば輝く程朝香は恐さを感じる。

「そう・・その追い風が嵐にならないといいけど。何か迷いが出たら話してよ。」

亜季の輝きと朝香の不安。今、二人が微妙にずれ始めている。

22、亜季・・・大人になれなくて

22、亜季・・・大人になれなくて

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-07-04

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