WE CAN GO!(目玉おじさんの冒険記)(10)
十 帰郷
右目は妖怪と人間の共存する街に別れを告げ、再び、船に乗った。船は南の海に出た。海には多くの小島が点在していた。島伝いに、更に、南に下る。右目が訪れた島の人々は、みんな、陽気で親切だった。
太鼓や笛の演奏の下、道路や広場など、島の至る所で踊り、果物や島の郷土料理でもてなすなど、右目の来訪を歓迎してくれた。右目が来たことをきっかけとして、自分たちの生活をより楽しもうとしていた。右目もまた、生きることを楽しもうとした。
ある日、島中の人が、集まりだした。
「どこに行くんですか?」
「ロケットの発射だよ」
「ロケットですか?」
「そうじゃ。人工衛星を載せたロケットが発射されるんじゃ。この島はロケットの島としても有名なんじゃ。あんたも見に行くか」
「もちろんです」
右目は少年の体の中にいたときに、星座やロケット、人工衛星などの科学図鑑を読んだときがあったが、実物を見るのは初めてだった。
島の人々と一緒に、ロケットの発射台に向かった。山が切り開かれ、広大な敷地の真ん中に、ロケットが立っていた。右目はロケットの姿を見ると圧倒されるとともに、乗ってみたいと気持ちが沸き起こってきた。ロケットに燃料が注入され、出発までの最後の点検に入っていた。
「おい、お前、どこへ行くんだ」島の人の声が後ろから声を掛ける。その声を無視して、右目は転がり、 ロケットの発射台の最上階まで登っていた。
ロケットは発射に備え、ドアが閉められようとしていた。右目は、満員電車のドアが閉まるのと同じくらいの軽い気持ちで飛び乗った。
「あいつ、ロケットの中にはいったぞ」
右目の行動を見ていた島の人々が驚きの声を上げた。
発射を見守る島の人々。ロケットは十、九、八と発射まで秒読みの段階に入った。右目はロケットの自動操縦室の中でロケットが打ち上がるのをじっと待っていた。
左目は喧噪の中にいた。世界中の眼球が街に集まっていた。街では、眼球たちによるオリンピックが開催されていた。陸上、水泳、サッカー、バレーバールなど、様々な競技だ。
この日のために、何年間も練習を積み重ねてきた眼球アスリートたちが、己の力を信じて、競技に打ち込んでいた。また、そのアスリートの一瞬の成果を見ようと、多くの眼球たちが応援していた。
左目も競技場で百メートル走を見た。すごい勢いで眼球たちが転がっていく。あんなに早く転がると、目が回ってしまわないのかと心配してしまう。だが、見ているうちに、心配が興奮に変わっていく。
「やったあ。世界新記録だ」アスリートたちがゴールした瞬間、左目は自分のことのように喜んだ
左目は、観戦した後、興奮も冷めやらないうちに、試しに自分も早く転がってみた。あっという間に、地面が近づき、遠のいて行く。目が回らないようにするためには、自分の回転よりも先に、視線を動かすことが必要だ。何だか、自分の可能性が広がったような気がした。
ふと、周囲を見渡すと、左目と同じように、道路を早く転がっている眼球たちがいた。にわかアスリートだ。飛び跳ねている者もいる。多分、体操競技を見終わったばかりなのだろう。
笑った。それでも、自分で自分の体を動かすことの面白さと難しさを知った。まだまだ、見なければならない、やってみなければならないことがある。左目はそう決意した。
少年は、いくつか星霜を重ね、青年を過ぎ、中年、老年となっていた。ある日、何十回目かの海開きを迎えた。太陽は高度を増し、光の角度が鋭角になると同時に、光の粒子の密度が濃くなった。容赦なく老年となった少年の肌を照りつける光。少年の影が乗り移ったかのように、少年の皮膚も黒身と皺を増した。
島から出ることはなかったものの、右目や左目のおかげで、少年は世界中やこの国中を見聞することができた。これまでも、眼球たちのオリンピックや宇宙旅行など、自分だったらできないようなことまでも、体験できた。
ある日、目を覚ますと、島の景色を感じた。少年が住んでいる島だ。灯台もある。港もある。島の段々畑もある。島の頂上の展望台も見えた。
「そうか。帰って来たんだ」
少年は海水浴場の砂浜に出た。少年の頭の中に老人の姿が写っていた。
「わしの姿か」
これまで、右目や左目のお陰で、世界中を見てきたが、自分の姿は見たことがなかった。目玉を落とした時の少年の姿しか覚えていなかった。
偶然にも、二つの方向から自分が見えた。右側と左側から老人が写っている。やがて、二つの老人の姿がひとつに重なった。
「お帰り」
老人は、少しふやけた右目と左目を拾うと、くぼんだ眼窩に入れた。
という話じゃ。
目玉じいさんは話し終えるとにやっと笑った。あたりはすっかり暗くなっていた。
「さて、洞窟も締める時間じゃ。入り口の鍵を閉めて、帰ろうか」
立ち上がって、ゆっくりと洞窟に向かう目玉じいさんに、藤島は質問した。
「それ以来、右目と左目は、旅には出ていないんですか?」
藤島は冗談のつもりで尋ねた。
「いや、ときどき、わしに黙って、勝手に飛び出しているみたいじゃ。何しろ、この島は、海賊伝説の島じゃからな。右目も左目も、その血を引いているかも知れん。ほら、こんなふうにな」
目玉じいさんは、右目と左目をぽこっりと取り出した。
WE CAN GO!(目玉おじさんの冒険記)(10)