雨音雑記

<水平線のリディア>

リディアは思いっきり息を吸い、「バカヤロー」と叫んでから涙を流した。
彼女はさっき大切な、自分の一部ともいえる程に大切な日記を破り捨てたのだ。
その破かれたpagesは今、波のまにまに揺蕩っている。
空には白い月がぽかんと浮かび、海は夕暮れに彩られていた。
彼女は水平線を睨み、声を出さずに泣き続けた。
ぽたんぽたんと涙が落ち、太陽はゆっくりと沈んでいった。
日記に綴られていた内容といえば、その日の楽しかった事やイヤだった事、
あるいは美味しかった物や将来への希望などのごく有り触れた日常の連続にすぎなかったが、
彼女にとってはそれが人生だった。
つまり彼女は、今までの人生の記録を捨て、今までの人生と決別したのだ。
破かれたページの上、白い月の下を一羽のカモメが飛び去って行った。
その赤く染まった翼を見て、リディアは生きる決心をした。

* * *

<保健室>

「先生、頭の頭痛が痛いので、保健室に行きます。」
「あら、頭が頭痛で痛いのは大変ね。行ってらっしゃい。保健委員の人、ついて行ってあげて。」
「いえ、一人で大丈夫です。」
僕はそう言うと保健室へと向かった。途中の渡り廊下でとても愛らしい天使とすれ違ったけれど、それどころじゃなかった。
保健室のドアは嬉しそうだった。優しくノックして、愛しんで開けた。
少女がいた。彼女はとても美しい青い色をしていて、僕をみて微笑んでくれた。
「あなたは今、生まれたの。それは星々の運行の様に。あるいは地を這う蟻たちの様に。もう、頭の頭痛は痛くないでしょう。」
そう言うと少女は一瞬で溶けて水になった。バシャという音だけが、いつまでも耳に残った。

* * *

<イクトゥス>

海沿いを走る電車に乗っている。
海は海水浴場ではなく岩場で砂地はない。
しかし大勢の人が遊んでいて子どももたくさんいる。
いつの間にか電車はロープへと変わり四人がそれに掴まり泳いでいる。
大きな岩にある体がぎりぎり通れるぐらいの斜め上に伸びた水に満たされた細長い穴を抜ける。
その先は深い海だった。ロープがシュノーケルのようになっていて息が出来る。私たちは泳ぐ。始めのうちはたどたどしく手だけを使って泳いでいたけれど、前にいる一人が親切に教えてくれたのでだんだんと上手くなり足も使えるようになった。泳いでいるうちに夢見手たちはまるで大きな魚になったかのような一体感と恍惚感を覚える。
海中は暗く宇宙のようだ。

雨音雑記

雨音雑記

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-07-04

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