ドラードの森(7)
そこには、まばゆく輝く黄金のピラミッドがあった。
もっとも、ピラミッドといっても、高さはせいぜい人間の身長ぐらいである。形も整っていないし、小石ほどの金塊を無造作に積み上げただけのようにも見える。そういえば、ピラミッドのことを昔の言葉では金字塔というらしいが、これは文字通りの黄金の塔だ。
ニコニコしながら、モフモフがみんなに説明を始めた。
「これは『金塚』でございます。ドラードには、微量の化合物以外、金属がほとんど存在しないのですが、唯一、金だけは豊富に産出します。当然ですが、わたくしたちもムシたちも金は食べられません。植物の栄養にもなりません。まあ、害にはなりませんので、どこにあってもわたくしたちはそれほど気にしないのですが、ムシたちにとっては邪魔なようです。地球でいうコガネムシに近いスカベーラというムシ、わたくしたちは普通『金コロガシ』と呼んでいますが、かれらがせっせと上の方に運んでくるのです。ほら、見えますか。ちょうど今、一匹やって来ましたよ」
数メートルほど向こうの地面を、大粒のイチゴぐらいの大きさの金塊が転がって来る。かなりのスピードだ。よく見ると、コガネムシというより大型のカブトムシぐらいの黒いムシが、後ろ向きになって金塊を転がしているのだ。体の大きさを考えると、ものすごいパワーである。金コロガシはアッという間に金塚まで来ると、そのまま急な斜面を登り始めた。塚の頂上まで登るとそこに金塊を残し、今度は前向きにスタコラと今来た道を戻っていった。
それを見届けて、モフモフが説明を続けた。
「金塚は、わたくしたちが今いるような、巨木の空洞が埋まった平らな部分、これをわたくしたちは『アゴラ』と呼んでいますが、そこにたくさんあるのです。山の頂上などから眺めると、遠目にもキラキラ光って見えますよ」
何ということだ。宙港から見えたキラキラしたものは、みんな黄金だったのか。
モフモフの説明を聞いて、黒レザーの女の連れの髭男が感心したようにうなずいた。
「なるほど、この金塊がドラードの通貨なんだな。豪勢じゃねえか」
「いえいえ、両替所はまだ先です。実のところ、この惑星では金にほとんど価値がないのです。ドラードのことわざに『金も積もれば塚となる』というのがありますが、その意味は、どんなに役に立たないものでも集まれば道しるべぐらいにはなる、ということです。金は食べられないだけでなく、重くて柔らかいので道具にも向きません。まあ、観光客の方にお見せすると喜ばれるので、少しは役に立ちますが」
「だったら、これをよその惑星に売ったらいいじゃないですか」
穏やかな声でそう言ったのは、日曜日のパパといった感じの服装をした男性である。
モフモフはとんでもないという表情で首をふった。
「そうはいきません。この金を他の惑星に運ぶには、その何十倍もの運賃を払わなくてはならないのですよ」
絵に描いたような宝の持ち腐れである。
その時、小さな女の子が金塚を指さして叫んだ。
「あら。一個だけ白いのが混じってるわ。あれは何?」
それを聞くなりモフモフは猛然と走って行き、その白い塊をつかんで天を仰いだ。
「森の精霊よ、感謝します。あなたの御恵みをすべての民に分かち与えられんことを」
モフモフはツアー客の視線が自分に集まっていることに気付き、照れたように笑いながら戻ってきた。
「どうも、失礼しました。うれしさで、つい、われを忘れてしまいました。これは岩塩なのです。スカベーラは時々、間違って岩塩を運んでくることがあります。広大な大陸のほとんどを森林で占められているため、ドラードでは塩は大変貴重なものなのです。もちろん、個人で独占することなど許されません。発見次第、政府に供出することになっています。ホテルのマネージャーに預けてきますので、すみませんが、この場所で少々お待ちください」
そのまま待っていると、急に子供たちの歓声が上がった。信じられないほど大きな白いチョウが飛んで来たのだ。チョウのことを、ロマンチックに『二つ折りのラブレター』と書いた詩人がいたが、これはまさに便箋並の大きさである。親が止めるのも聞かず、興奮した子供たちがわれ先にチョウを追って走り出していた。
おれが宙港のある山の上から見た白いものは、おそらくこのチョウだったのだろう。もっとも、おれがあの時見たものは、もっと何倍も大きかったような気もするが。
だが、おれはチョウのことよりも、金コロガシがどこから金を運んで来るのかが気になった。さすがに金塊を抱えては飛べないだろうから、地上からずっと転がして来たはずである。金コロガシが帰って行った道をたどって歩いてみると、このアゴラとかいう広場を取り囲む巨木の幹に、優に人間が通れる程の穴があいているのが見えた。幸運にも、今まさに金コロガシがその穴から外に出て行くところだった。
好奇心にかられ、近づいてちょっと穴の向こう側を覗いてみた。だが、覗いたことをすぐに後悔した。穴の向こうには枝も何もなく、そのまま真下が見えているのだ。ゾッとして引き返そうとした時、後ろの方で「アッくん、そっちに行っちゃだめよっ!」という女性の叫び声がしたかと思うと、おれの背中にドーンと誰かがぶつかってきた。
「うわあああーっ!」
おれは絶叫しながら穴の向こうに落ちて行った。
その瞬間、食べ物に文句を言うとバチが当たるとおれに教えてくれた、いなかのばあちゃんの顔が脳裏に浮かんで消えた。
もうダメだ。そう覚悟したとき、おれの体は何か網のようなものに受け止められていた。ちょっと粘り気のある太い糸が体に絡みつく。網にはかなり弾力があって、落ちた衝撃はほとんどなかった。どうやら、観光客の落下に備え、セーフティネットが張られていたらしい。
見上げると、かなり上の方におれが落ちた穴があり、心配したツアーの仲間たちが替わりばんこに顔を出しては「大丈夫ですかあー」などと声をかけてくれている。幸いネットのおかげでケガはないようだ。
「大丈夫でえーす。すみませんがあー、どなたかあー、モフモフを呼んできてくださいませんかあーっ」
ちょうど顔をのぞかせていたのは先ほどの日曜日のパパだった。さすがに緊張した表情になっている。
「わかりましたあー。そのままじっとしていてくださいーっ」
やれやれ、これで何とか助かりそうである。
あれ。何だかネットが揺れているぞ。おれは周囲を見回した。上の空中庭園のような場所とは違い、この辺りは枝が茂っていて薄暗い。おれが落ちた幹と反対側が特に暗く、何だかちょっと薄気味が悪い。
ん。あの、闇の中に光る、八っつの赤い点々は何だ。気のせいか、こっちに近づいているように見える。いや。気のせいではないぞ。
実は、おれには高いところと同じくらい苦手なものがある。それは、細い足が八本あり、空中に網を張って獲物を捕まえる生き物である。
「ク、クモだあああああーっ」
(つづく)
ドラードの森(7)