地獄

とにかく書くべきだ、という文言を目にしたので、とにかく早く、とにかく終わらせるを意識して書き上げた作品です。製作時間約二時間。

地獄

 どうやら私は死んでしまったらしい。目覚める前の記憶は何者かによって口をふさがれて、そこで終わっていた。毒物でもかがされたのだろうか。とにかく、私は今地獄にいる。信じがたいが、死後の世界というのは実際にあるものらしく、先ほど地獄の番人に説明されて、やっと自分が置かれている状況を把握したのだった。地獄とはいえども、それだけの丁寧さがあったことに驚いた。生前のことを思い出せば、こんなところへ落とされるのもいくらか納得がいった。
 私は手を錠で縛られ、鬼に急かされつつある部屋へと押し込まれてしまった。
「ここがお前の部屋だ」
 鬼はそう言い残すと、扉を閉めて去っていった。いかにもな、殺風景な部屋だった。寝床と洗面所、トイレと簡素な机しかなかった。とにかく、私のこれからの生活空間となる場所だった。あまり綺麗な場所でもなかったが、とんでもなく汚いとも言えないので、まだ感謝すべきなのだろう。鉄格子で遮られた窓を覗くと、もう真っ暗だった。最初に地獄にやってきた時、ここにも時間の概念があると知って驚いたものだが、慣れてしまえば生前と同じ環境だ。今ではそう不思議に思わない。そういえば地獄で目覚めてから、番人の説明会、地獄行きの手続きやらでかなりの時間が経っていたはずだった。それならばこんな時間になっていてもおかしくはない。体は汚れていたが、そんな贅沢も言ってられない。私は床につくことにした。
 鬼が私のそばで大声を出したので、そこで朝だということに気づいた。鬼が言うには、今から朝の支度をするらしい。鬼にせっつかれて私はすぐさま部屋を出る。あの金棒は素人目でも殴られるとたまったものでないということがわかる。配給の鬼から歯ブラシと歯磨き粉が渡される。これの管理は個人に委ねられるらしい。責任力を養わせるのだとか。とにかく急いで歯を磨く。ここで実は他にも地獄に落ちた人間がいた事を知る。もちろん最初は驚いたが、これも冷静に考えれば、私が落とされたのだから、他にも落とされる奴がいてもおかしくはない。私以上にろくでもない罪を犯す奴がいるのは想像に難くないからだ。そんなわけですぐに落ち着いた。それに見張り役の鬼が私達が余計なことをしないように監視しているので、無駄口は叩けなかった。
 洗顔が終わると朝食だった。まあいかにもな、安っぽい食事だった。これも時間が指定されているので、急いでかきこんだ。周りを見渡すと、恐ろしいほど静かだった。誰もが互いを警戒しているのだ。無理もなかった。とにかく他の奴らはみんな、程度の差こそあれ、ろくでなしなのだから。
 朝食が終わると、次に行われたのは授業だった。ここまでの経験から、まるで刑務所のように思えた。しかし異様に容易な内容だった。こんなことを地獄に落ちて習うとは思わなかった。しかし意外にも私の所属するクラスでは、手間取った奴がいた。なるほど、そういう奴のためでもあるのか。
 座学が終わると、体育が始まった。皆が適当に好きな運動をやらせてくれた。ただし、何もしないというのは許されないらしく、何をやりたいのかを必ず教官役の鬼に伝えなければならないのだった。
 それが終わるともう夕方になった。この頃にはある程度話せる友人のような奴ができた。どうやらそいつは強盗をやらかしたらしい。今日の授業が終わると、再び房へと帰らされる。まあ明日も話してやってもいいんじゃあないだろうか。そして今日が終わった。
 翌日になって、授業に変化があった。明らかにクラスの人数が減ったのである。そして授業の内容も、内容が少し濃くなった。なるほど、段階に合わせて、クラスを振り分けてくれるらしい。まだ私にとっては余裕な内容だった。
 更に翌日。また授業の難易度が上がった。そしてクラスのメンバーがまた減った。とは言ってもまだ三分の二ほど残っている。
 更に翌日。今度はかなり授業のレベルが上がったように感じられた。おかげで周りの生徒が皆焦っていた。
 更に翌日。今度は少しレベルが上がった。ただ昨日の上がり具合がかなりのものであったためか、人数の減り具合はすさまじいものだった。このクラスでは五人残っただけだった。
 更に翌日。いよいよ私も焦る難易度になった。しかしそれは他の四人も同じようだった。
 更に翌日。難易度はそう変わらないまま、丁寧な内容になった。これくらいが我々にとって調度よいレベルらしい。これまでのクラス分け後も、このような感じで個別授業が行われたのだろうか。
 しばらくしたある日。卒業が言い渡された。卒業、と言われても、よく実感がわかなかったが。その後自分の好きな分野での仕事を行うように言われた。ここで仲間たちとは別れを告げた。
 仕事を始めても鬼はまだいた。ただ私を監督するといったこれまでの立場とは違って、まさに上司としての存在だった。他に勤めている人物は皆人間だった。皆も同じ過程を踏んでここに来たという。ただ、この先はどうなるかわからないらしい。ただ鬼にいきなり呼び出され、そいつは二度とやってこなくなるとのことだった。
 それからは長い間仕事を続けた。別段厳しい労働ではなかった。鞭を振るわれたりなどされなかった。また、しばらく暮らしてわかったことだが、ここでは歳をとるということがなかった。給料も出るし、娯楽も用意されていた。
 そんな生活が繰り返されていたある日、上司の鬼に呼び出された。上司はいきなり質問してきた。
「満足しているか」
 私は出し抜けだったのもあって、非常に間抜けな応答をした。慌てて言い直そうとしたが、上司からはもういい、と言われそのまま職務へと戻らされた。
 その翌日、房で目覚めると、見慣れぬ鬼がやってきた。地獄を卒業するのだという。それからはまたしても手続きを何度もとる羽目になった。そしてすべての処理が済むと、
「二度と来ないように」
 という言葉を残して、地獄の門が閉められた。私の目の前には、長い階段があった。他に何もなかったので、そこを登ることにした。不思議にも疲れはなかった。
 階段を登りながら、私は色々と考えてみた。この地獄であった一連の生活、そして友人たち。この生前とあまり変わらない地獄の環境。恐らくこの地獄は、現代の社会を模倣して作られたものに違いない。ここで得た記憶はなんとなく失われるだろうと察していたが、次に生まれたならば何らかの形で活かすのだろうとも思った。
 なぜ人類が発展してきたのか。それがなんとなくわかった気がした。それと同時に、私の体が空へ吸い込まれるように浮いた。

地獄

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地獄

私は地獄に落ちた。地獄での生活はそんなに苦しいものではなかったが……。タイトルは仰々しいですが、ほんわかとしたショートショートです。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-07-04

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