出会い
スマホゲーム「モンスターストライク」の二次創作物です。
『あの「銀幕の女帝」の娘だ、もちろん主役だろ?』
どこへ行っても色眼鏡でしか見られなかった。
『あなたはいいわよね、遺伝子に恵まれて』
私を見ずに、人は私に期待する。
その期待を突っぱねるなど簡単な事だが、悪意の無い期待を蔑ろにするなど、幼い私には悪が過ぎた。
期待され、それに応える。頼られ、それに応える。
『オリガ』として、ではなく。
『大女優の娘』として。
私という人間そのものを見てくれる人なんて、今まで一人たりともいなかった。
いや、二人だけいた。母と妹だが。
母は女優の仕事が忙しく、あまり家に帰ってはこないが、たっぷり私達のことを愛してくれているし、妹は優しくいい妹だ。この温かい家庭が私は好きだった。
母は世界を股にかける大女優『銀幕の女帝』。モデルなどの仕事も兼任しており、しっかりと生活費を私と妹に送ってくれている。私は母以上に美しい女性を知らなかった。
妹は天真爛漫な少女。女子校である学校でも、『銀幕の女帝』の娘だとどやされても「えっへん!」といった風に自慢しているらしい。それも鼻にかけたようなものではなく、明るい性格も相まってか友達も多いのだ。
私なんかの母にはもったいないくらい、母は美しい。
私なんかの実妹にはもったいないくらい、妹は強い。
彼女たちを見ていると、自身の苦しみが余計に打ち明けられずにいる。彼女たちにとって、自惚れとかは抜きにして、私の苦しみは見過ごせないものだろう。だが私の苦しみは、もし彼女たちが経験すれば一日や二日で解決してしまうような、そんな類のものでしかない。そもそも、悩みにすらならないのかもしれない。
私の願いは、おこがましいのだろうか。
この願いは自分勝手なのだろうか。
私という人間を見て欲しい、という単純な願いは、私という人間にとって、贅沢すぎるのだろうか。
だから私は、家を離れた。
あのままでは耐えられなくなってしまいそうだから。愛する家族に、やり場のない気持ちをぶつけてしまいそうだったから。
家庭を壊すのを恐れ、私が転校した先の学園は特に有名な訳でも無い、寮のある中高一貫の学校だった。寮があり、かつ家から離れている学校を探していると、いつの間にかこの学校に決まっていた。
「…オリガです、よろしく」
担任による転校生、つまり私の紹介が終わると、私は軽く一礼し、指名された席に座る。窓際の一番後ろ、俗に言う特等席というやつだった。
私の目の前の席には、標準的な背の、黒髪の少年。だが、その寝癖のような、雑なツンツンヘアーのせいで黒板を左端を見るのに少々邪魔っけだ。
別に迷惑がっていた訳ではない、そもそも授業で黒板の端を使うことなど稀だ。なのに、私の視線に気づいたのか、ちらと振り返ったその男子生徒はずるずると腰を椅子の前部に落とし、頭を下げることによって私の視界を確保した。
少年の気遣いによる呆気と、意識の底から思い出されるように滲む、一抹の嬉しさを私は感じた。…そのツンツンの髪の毛が時折私の鼻をくすぐり、正直のところ最初の体勢の方がありがたかったが。
「ねぇ、あの転校生の子…………」「……えぇ!?た、確かに似てるけど…」
時刻は昼休み。市販のサンドイッチを自分の席でもそもそと齧っていると、そんなひそひそ話が小耳に入ってきた。
あぁ、もう気付かれたのね。
たったそれだけの感傷しか、私は抱かなかった。たびたび三姉妹に間違われるほど私の家族の顔は似通っているし(無論、母が一番美しいのだが)、母が私たち娘の事を隠しているわけでもない。何より、人の噂というものは想像以上に早く伝播する。
そして前述した通り、私に学園生活を楽しむ気などさらさら無かった。なので今更、前のような扱いを受ける事など他愛もない。
「ね、ねぇねぇ!オリガさんのお母さんがあの『銀幕の女帝』ってホントなの!?」
「…えぇ、そうよ」
「わぁ、すごぉい!だからそんなに綺麗なのね、オリガさん……いいなぁ…」
そのはずだった。
「銀幕の女帝ぃ?誰だそれ」
初対面の人物が必ずと言っていいほど口にする台詞に対し私が返事をしようかという時、私の前の席の男子生徒が言った。彼は彼で自席で男子友達と一緒に弁当を食べていたのだろう、椅子越しに身体を仰け反らせるようにして会話に参加してきた。
信じられない言葉と共に。
「ストライクくん、銀幕の女帝を知らないの!?」
ストライク、と呼ばれたその少年は首を振り、頭に疑問符を浮かべる。どうやら本当に知らないようだ。
「えー‼︎銀幕の女帝といえば今をきらめく大女優‼︎テレビに映らない日はないくらいの有名人だよ⁉︎ねぇ、オリガさん⁉︎」
「え、えぇ」
驚愕の表情と共にまくしたてる女生徒に同意を求められ、私はしどろもどろに返事をする。それを聞いても男子生徒は「へぇ」と一言、興味なさげに呟くだけだった。その反応が、私にはひどく新鮮で、どこか当たり前のように思えた。
その短い言葉に感じたものの意味を私が考えていると、男子生徒が「じゃ、よろしくな、転校生」と笑い、私に手を差し伸べてきた。彼のそっけない返事が少し頭に来たのか、銀幕の女帝は何がなんたらだ、なんとか賞がうんたらだまくし立てている女生徒に辟易しながら先ほどの感情について考えていた私は、その咄嗟の動きに対応できず、無言でいた。
無表情かつ無反応(内心は何が何だか分からず、といった風に狼狽していたのだが)の私を見た男子生徒は、気まずそうな愛想笑いと共に差し伸べた手を下ろす。その表情に私は罪悪感を覚えた。
「じ、じゃあ俺そろそろ行くから」
そう告げると、男子生徒はそそくさと去っていってしまう。「あ」と私は呟くが、男子生徒の耳にそれは入らなかったようで、すたすたと教室の外へと出て行ってしまった。
感謝の言葉を言いそびれてしまった。
無表情ながらに気落ちした私は、しゅん、と軽く項垂れる。
その落ち込みを変に勘違いした女生徒が「あいつオリガさんのお母さん知らないとかマジ世間知らずだよねー!」などと変な方向に誤解しているのに軽く相槌を打ちながら、私は転校初日の昼休みを過ごした。
その間に前席の男子生徒が戻ってくることもなく、彼は始業時間ぎりぎりに教室に戻ってきた。息急き切って男友達と一緒に、どかどかと慌ただしく雪崩れ込むその姿はどこかおかしく、私はくすりと笑った。
すると、自席へと帰ってきた彼と目が合う。急いで私は表情を繕った。男子生徒の表情を見るに、どうやらいつもの無表情は保てていたようだ。
気まずかったのか、目を逸らそうとする彼に私は「……あの」と声をかけた。先ほどの詫びをしなければならなかったのだ。
だが、乾いた喉からなかなか声が出ない。私の母を知らないと言った彼は、私の中であまりにも異質な存在へと成り代わっていた。
「あー、その」
頬をぽりぽり掻きながら、少年は躊躇いがちに言う。
「ゴメンな、お前の親のこと知らなくて」
思わぬ謝罪に私は心の中で狼狽し「違う、そうじゃない」を唱え続ける。わたわたと慌てている心の中の自分を、私は冷たい無表情で眺めていた。
「気にしてないわ。他人の母親を知らないだなんて、そんなの当たり前でしょう」
「んん…?そう、だな……」
「それより、さっきは悪いわね」
「さっき?」
ここで何故か私は、私が握手を断った形になってしまったことを伝える事ができなかった。
「……あの、授業中の。どいてくれたでしょう」
「あぁなんだ、そんなことか」
拍子抜けしたように、彼は破顔する。
「何か言われるほどのことじゃねーよ」
「そうね、言わないと私の気が済まないだけよ」
「はは、なんだそれ」
全く笑っていない私の言葉に、彼は笑った。
少しむっとして何か言ってやろうかと思ったが、その前に彼が私を遮る。
「いい奴だな、お前」
「……え?」
「そんなお前のお母さんなら、さぞかし立派なお母さんなんだろうな、銀幕の女帝って人も」
彼が発した言葉に私が返答する前に、教壇に立つ教師が「こら、ストライク」と、始業時間を過ぎているのに話していた私たちを注意する。私から話を始めたのにも関わらず、怒られたのは彼だけだった。
そんな彼はといえば「へーい、すいません」と億劫そうに謝っている。私をひとかけらも糾弾しようとせず甘んじて怒られる彼に、私はどこかもやっとした。
五、六時限目の授業は全く頭に入ってこなかった。
あの少年が言い逃げした言葉が、頭の中で何度も何度も繰り返される。その言葉は、心の中で私が聞くたびに、私の全身にじんわりと染み込んでいった。
そしてそれは、とても心地いいものだった。
視線の先には、国語教師の子守唄を聞いてこっくりこっくりと船を漕いでいる少年の姿。時折ハッとしたように顔を上げるが、再びそのツンツン頭はゆっくりとまどろみに沈んでゆく。
そんな彼の姿を見ていると、自分がいつの間にかやわらかな微笑みを浮かべていることに私は気付いた。そして、決して小さくはない衝撃が私を襲う。
こんな自然に笑みが私の口からこぼれたのは、いつぶりだろうか。
妹といる時でさえ、この悩みに気づいてからは心のどこかで穏やかでない気持ちがあったというのに。
(…駄目よ)
私は頭を軽く横に振り、甘えようとする心の中の自分に別れを告げた。彼と喋っていたら気が楽になる。そしてゆくゆくは、私は彼に肯定されてしまうだろう。
私は、肯定されるべきものではないのだ。
そう、否定されなければいけない。もし肯定されたら、何もかもに諦念がついてしまいそうだから。
(駄目よ)
再度確かめるように、心の中でつぶやく。私の無音の唇だけは、その言葉を形作っていた。
そして、決意した。
(私は彼に、近づいてはいけない)
中学2年生の、春の話だった。
出会い
どうも管理人です。投稿の感覚が空いてしまい申し訳ございません…今回はストライクとオリガの出会いの話となっております。