ドラードの森(6)

 一瞬にして、店内はシーンと静まり返ってしまった。
 おれに料理の説明をしたリボンのドラード人は、とても悲しそうな顔をして、おれをジッと見ていた。怒りの感情が一気に冷め、おれは怒鳴ったことを後悔した。
「すまん、少し言い過ぎたようだ」
 オプショナルツアーの説明をしようとしていたモフモフが、あわてておれの席の近くまで走って来た。
「中野さま、申し訳ありませんが、この店が変わっているというわけではないのです。わたくしたちの主食はドングリです。地球の方が、お米や小麦をいろいろな形で召し上がるように、いえ、わたくしたちは肉食をしませんのでそれ以上に、あらゆる料理にドングリを使います。ドングリにも様々な種類があり、スープ用とパンケーキ用では味にも違いがあるのです。ああ、わかりますよ。地球の方にとっては、同じような味だとおっしゃりたいのですね。もし、どうしてもお気に召さないようでしたら、非常用宇宙食ならご用意できますが」
 あんなマズイものが食えるかと、また怒鳴りそうになったが、おれはグッと堪えた。
 何故なら、黒田夫人が心配そうにおれを見ているし、ご主人は面白そうにニヤニヤ笑っている。他の客は、何事が起こったのかと耳をそばだてている。例の黒レザーの女は、初めておれの存在に気付いたように、「ほう」という口の形でこちらを見ている。今のおれは注目の的なのだ。
「あ、いや、これでいいよ。大きな声を出したりして、すまなかった」
 モフモフはホッとした様子で前に戻り、説明を続けた。
「ええと、どこまでお話していましたっけ。ああ、そうでした、オプショナルツアーの説明の途中でしたね。繰り返しますが、ご用意しているのは、木彫り工房の見学、森林バンジージャンプ体験、ハニワーム牧場でのシロップ採取の三つでございます。ランチ終了後、みなさまにご希望を伺いますので、それまでに考えておいてくださいね。今から、簡単に内容を説明しておきますので」
 モフモフの説明を聞きながら、みんな楽しそうにパンケーキを食べていた。しばらくためらっていたが空腹には勝てず、おれも残りを食べ始めた。意外にも、けっこうイケる味だった。
 おれを横目で見ていた黒田夫人が、やっと安心したようにクスッと笑った。
「おいしいでしょう」
「はあ、まあまあ、ですね」
「さっきはビックリしたわ。あなた、本当に何も知らずに、この惑星に来たのね」
 すると、ご主人がまた鼻を鳴らした。
「ふん、そりゃそうだろう。スキ好んでこんな星に来るのは、われわれのような年寄りか子供だけさ。血気盛んな若者の来るところじゃない。ここの連中はまったく肉を食わんのだからな。いや、それどころか、この惑星自体に肉食の動物が全然いないらしいのだ。もっと下の、地上に近い場所にたくさんいるという巨大なムシたちも、基本的に植物性のものしか食べない。動物の屍骸などは、最下層にいるキノコ類がアッという間に片付けてしまい、残りは植物たちの肥料になる。ここは捕食者のいない、きわめて珍しい生態系の惑星なのだよ」
「へえ。つまり、ベジタリアン天国みたいな星ということですか」
「ふん、ベジタリアンといってもヒットラーのような例もあるが、まあ、この惑星は平和主義者ばかりのようだ。そういう意味では、楽園だろうな」
 話しているところへデザートがきた。見た目はプリンのようだ。
「シェフ特製、ドングリのプリンでございます」
 うーん、やはりそうか。それにしても、よほど『シェフ特製』ということにこだわりがあるらしい。だが、どれほどシェフが腕によりをかけたとしても、所詮、ドングリではないか。
 とはいえ、今はほかに食べるものがないのも確かだ。おれはあきらめて金のスプーンですくって食べてみた。
「……」
「まあ、これおいしいわね」
 黒田夫人にそう言われるまでもなく、本物のプリン以上にうまかった。
 みんながプリンを食べ終わるのを待って、モフモフが声をかけた。
「それでは出発いたしましょう。入って来たところと反対側の扉から外に出ます」

 大広間の奥から出ると、そこはロビーらしかった。すると、おれたちが入って来たのは裏口だったということになる。想像どおり、前方に先ほどの倍以上の大きさの観音開きの扉があった。こちらが正面玄関なのだろう。
 モフモフがその扉を開くと、ツアーの全員が息を呑んだ。
(つづく)

ドラードの森(6)

ドラードの森(6)

前回のあらすじ:中野は、ひょんなことから黒田という老夫婦と親しくなった。一方、ドラード人たちが日本語に堪能なことに感心した。だが、出された朝食のメニューに、つい不満を爆発させてしまう…

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-07-03

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