「この時代(せかい)で生きる」<現代編>本編

 短編小説6作目となります。どうぞお楽しみ下さい。

 碁盤の街、京都。
 古(いにしえ)の街を大切に残しつつ、現代(いま)と融合してる不思議な街。
 先生に怒られ、友達と話し、現代(いま)を楽しく生きればいい。




 HRが終わり、時計は15時を差す。
 生徒がまだ大勢位残っており、そこかしこで話す声が聞こえる。賑やかな教室。
 ショートカットの少女が右手に学生鞄を持ち、教室を出た。
 歩みに迷いはない。目指す場所は一直線。
 私はいつも通り、部活に行く為、剣道場に向かう。

 剣道部。男女混合。部員は多く、血気盛んな連中もいる。
 夕方のミーティングを終え、稽古が始まる。
 私は東雲(しののめ)命(みこと)。高2。幼い頃から家近くの剣道場に通い、高校でも剣道部に入部。
 自慢ではないが、女子の中では、上位に入る強さを誇る。
 先程からきょろきょろと剣道場を見渡す。
 いつも一番に剣道場に来てるはずの幼馴染の時生(とき)がいない。
 珍しい。あの剣道バカ。体調悪かろうが悪天候であろうが関係ないあいつが、先生に聞くと連絡もないとの返答。おかしい。
 その内来るだろうと考え、稽古に勤しむ。
 1時間経過。
 部員達が声を張り上げ、稽古している中、剣道場の引き戸が大きな音を立てて開く。
 その場がしんと静まり返る。皆が稽古を止め、入ってきた少年を見る。
 時生(とき)だ。
 息を切らし、洗い呼吸をしながら、先生に一直線。
 何度も頭を下げ、平謝り。
 あの謝り方だと自分の不始末で遅れたか。
 その後の行動はいつもの剣道バカらしく100本の素振りをこなす。
 私は稽古を途中で止め、時生(とき)を観察。
 素振りを終え、剣道着を脱ぐも、上の空だ。
 いつもの時生なら、稽古を途中で打ち切りにしない。やはり、おかしい。
 稽古を再開せず、外へと消える。
 剣道着を脱ぎ捨て、竹刀を右手でしっかり掴み、時生(とき)を追いかける。
 外は一面の銀世界。雪がしんしんと降る。
 寒過ぎる。道場から先生の羽織を失敬し、羽織る。気休めだけど。
 時生(とき)が進む先にある場所が確定し、小躍りを始める。
 マ、マ、マ、マ、マ、本気(マジ)で!ついに時生(とき)も興味を持ったか。
 学校の七不思議の7つ目。「古(いにしえ)の井戸」。
 校庭の隅にあり、剣道場のすぐ側にある。
 江戸時代末期から存在し、文化的価値が高い。
 その影響か、府外からの観光客が絶えない。
 それ以外にも有名な謂(いわ)れがある。
 幕末、”片思い同士の男女二人が一緒に井戸を覗くと、両想いになる”という事が立て続けに起こる。効果は絶大で、現在(いま)では、 有名なパワースポット。
 そんな言い伝えがある場所に向かう時生(とき)を物珍しく思いつつ、ルンルンと尾行する。
 頭に雪が降り積もる時生(とき)を発見。背後に立つ。
 突然、時生(とき)が後ろを向いたので、驚いて声を出す。
 「わっ!」
 冷静に注意される。
 「命(みこと)か。背後に立つな」
 いつもの事だから、いつものように、ヘラヘラ笑いつつ、時生(とき)の右隣に移動する。
 「相変わらず、眼力半端無いな、時生(とき)は。殺気放たないでよ。怖いなぁ」
 「そんな事言うために来たのか」
 またもや冷静な突っ込み、いつもの流れなので、笑顔で応対。
 ふと興味が湧いた。
 “片思い同士ではない男女二人が井戸を覗いたら、どうなるのか”。
 試してみよう。何か言って来たら、後で謝ればいいさ。
 左手で、時生の頭をはたき、井戸を覗く体勢にする。
 よしっ、私も見ようかな。井戸を覗く為に屈む。
 何が起こるのか。ワクワク。
 “古(いにしえ)の井戸”は枯れ井戸のはず!?何で、何で、水面が。
 井戸には屋根が付いていたので、雪が落ちる可能性はない。
 水面に現れた波紋。左回りに回り始める。
 波紋から目を離す事ができず、意識が途切れる。
 時生(とき)・・・、ごめん・・・。




 吹雪は降り止まない。
 降り積もる雪の上に命(みこと)が横たわる。近くには竹刀がある。
 「んっ」
 頭を上げ、身体を起こす。雪の上に正座。
 きょろきょろと周辺を見回す。
 「ここ、どこ」
 前には本堂。後ろには石灯籠と門。寺かな。
 “古(いにしえ)の井戸”。学校にいたはずなのに。どこにも存在しない。
 ”古(いにしえ)の井戸”の効果か。左回りで回った波紋。
 時を遡った可能性が高いな。
 よしっ、とりあえず、確かめてみよう。
 状況把握♪状況把握♪
 時生(とき)は後で探せばいいや。
 来れたなら、やりたい事が沢山ある。
 竹刀を右手で握り、意気揚々と門までスキップする。
 しかし、門の中心に2つの人影。
 む、むむ。この展開は!
 月灯りに照らされ、姿が露になる。
 灰色の着物を来た2人の男性。腰に刀を差す。
 こんな夜に着物。現代(いま)では有り得ない。
 私の仮説は正しい。
 でも、素直に通してはくれないな。門の中心に仁王立ちされていたら、さすがに分かる。
 右手で持つ竹刀を強く握り締める。
 右の背が高く、大柄の浪人Aが話し掛けてくる。
 「坊主。こんな場所で何してんだ。いけない子だな。ゲヘヘヘ」
 うわっ、キモ。男に勘違いされるのはしょうがないが、あの下卑た笑い。最悪だ。
 左には、小柄、且つ、浪人Aにごまをする浪人B。
 「そうですよね。ひん剥いてしまいましょう」
 キチガイ野郎だ。むしろ、変質者だ。
 こういう奴こそ、腕っぷし、へなちょこなんだよ。
 竹刀を構える。
 油断した事、後悔させてやる。
 こいつらバカだから、絶対に挑発に乗ってくる。
 「来いよ」
 2人の浪人の勘に触った。怒りの形相で走ってくる。
 雪に足を取られずに一直線。意外だ。慣れてるのか。
 どちらも真剣を抜き、振り上げながら、走る。隙多過ぎ、楽勝。
 両手で竹刀を持ち、浪人Aの喉に突き。見事に命中。
 「ゴホッ」
 浪人A、汚らしく咳き込む。喉に突き、剣道では禁止技だけれど、今は関係ない。
 それを見た浪人B。仲間を置き去りにし、逃げようと後ろを向く。
 逃すか。竹刀を右上から浪人Bの胴に振り下ろす。
 ビュン。風を斬る音。
 「ゴフッ」
 浪人Bの胴に命中。約3メートル吹っ飛ぶ。
 今日もいいホームランだ。
 ラッキーな事に蹲る浪人Aに直撃。
 「ブッ」
 思わず吹いた。何だ、このマンガ展開、面白い。
 2人の浪人に近づき、見下ろす。
 浪人Aは浪人Bの直撃で気絶。白目むいてる。
 その上に浪人Bが折り重なる。胴ホームランで、こちらも気絶。
 泡ふいてるな。
 「あっ」
 ぶちのめすのが目的じゃなかった。ここ、どこか聞こうと思ったんだ。
 あぁ。竹刀で浪人Bを突っつく。
 うーん。起きる気配がないな。加減するべきだったか、反省。
 さてと、とりあえず、寺の外で出てみよう。
 「貴様、何者だ」
 またもや知らない人の登場。
 そこにいたのは、大好きな新・撰・組だ。本物だ。
 うわぁ、感動。
 「おい」
 新撰組の人が声を掛けてくれるも、スルー。
 額に鉢金。白き衣に浅葱色の羽織。灰色の袴。白い足袋。黒い草履。
 上から下までゆっくりと見る。
 右に”三”と刻まれた腕章。
 それを現す言葉はただ1つ。
 私の目の前にいるのは新撰組三番隊隊長・斎藤一。
 「おい、聞いてるのか」
 「聞いてみますとも♪」
 興奮が収まらない。斎藤の問いに一早く返す。
 「そ、そうか。何故(なにゆえ)、ここにい・・・!」
 ヤバイ。予想してたより、可愛い。これはヤルのみ。
 斎藤を前に見据え、両手を太腿に添える。
 そして、深くお辞儀をする。
 走って、走って、ジャンプして、斎藤に抱きつく。
 「貴様、な、何をする。離れろ」
 精一杯の抵抗。結構、暴れるなぁ。私より背低いんだぁ。
 十分、堪能したし、離れよ。
 斎藤は荒い息だ。精神力減ったかな。
 さて、斎藤の質問に答えますかな。少し時間(とき)が経ったけど。
 「何故って言われても、いつのまにかここにいたとしか答えられないな。それが事実だから。そこの浪人さん’sはいきなり迫ってきた から、叩き潰しただけ。それで、ここ寒いので、屯所に移動、お願いします♪」
 ぽかんとした顔。本気(まじ)で寒いよ。腕を組み、手で腕をさする。
 斎藤は身を引き締め、浪人と私を交互に見る。
 しばし考えた後に答えを出す。
 「事情を聞く。屯所まで来い。途中で逃げたら、容赦しない」
 「ラジャ!」
 右手で敬礼。
 「ら、らじゃ?」
 「はいっていう意味」
 無言。この時代に通じる言葉話さないと話滞りそうだな。 

 新撰組屯所。前川邸と八木邸。
 門をくぐる。現代(いま)より今が綺麗だな。当たり前だけどさ。
 縁側を歩き、1つの部屋の前で止まる。
 両手で障子を開き、行灯に火を灯す。
 部屋が明るくなる。火鉢に石炭を入れ、徐々に暖かくなる。
 火鉢を中心に向かい合わせに座る。
 周りをきょろきょろと見回す。
 写メ撮りたい。ケータイを鞄に入れたまま、持ってこなかった。なぜ持ってこなかった、私。
 涙を流す。ポタポタと。目に焼き付け、心のフォルダに厳重をしまおう。
 「・・・。女性の一人旅か。辛い事があり、混乱したのか。泣きたい時に泣くといい」
 あらぬ勘違いしている斎藤。女性である事に気付いてる。隠してはないけどさ。
 ショートカットに剣道着だから男に間違われるかと思った、意外。
 雰囲気や気配で気付くものか。でも、優しい。
 一しきり泣き、身の上を話す。斎藤は無口だけど、優しいから信じる。
 「私は、今から150年先の未来から来た。聞いても意味不明な事だけど、本当なの。信じて」
 真剣な思いで見つめ、頭を下げる。
 ずっとこの場所にいたいけれど、この時代で生きていく自信がない。
 一緒にこの時代に来たであろう時生(とき)も探さないといけないから。
 後、元凶の”古(いにしえ)の井戸”も。
 既に泣き止んだ。正直な所、信じてくれるかは分からない。
 斎藤が立ち上がる。
 「しばし、待て」
 その言葉を発し、部屋を出て行った。
 何が何だか分からん。信じたのか。それとも、自分で判断に困る事象なのか。 

 ほどなくして、障子に3つの影が現れる。
 3つ?1つは斎藤だけど、後2人、誰だ。
 障子が開く。
 恰幅のいい男性、細身で歌舞伎役者のような顔立ちの綺麗な男性、斎藤と続く。
 口がぽかんと開く。まさか。
 障子が閉められ、私の前に3人の男性。
 まさかのまさかか。
 斎藤が私に説明を促す。
 「お前、先程の話をもう一度話せ」
 私は話した。現代(いま)から”古(いにしえ)の井戸”と通してこの時代にきた事。
 浪人A・Bに襲われ、叩き潰した事。斎藤に出会った事。全てを話した。
 恰幅のいい男性が話す。
 「彼女の目は嘘を付いていない」
 きっぱりと言い切る。感謝。
 細身の男性は慎重な意見。
 「あまりにも突拍子もない話だ。早期に判断すべきではない」
 うっ、そうなんだけど。最もだけど。
 「嘘を付いている目ではないぞ、トシ。よし、ここは様子見しよう」
 細身の男性を”トシ”って言ったよ。
 やっぱり、新撰組副長・土方歳三。うわ、間近だと更に美形。
 という事は、こっちの恰幅のいい男性は、新撰組局長・近藤勇か。
 うは。テンション上がる。
 斎藤も追随。
 「局長・副長の考えを支持します」
 自分の意見はなしか。そういうのって駄目ではないのかな。まぁ、いっか。
 「トシ、それでいいな」
 念を押す局長。いい人だわ。史実通り。
 「分かったよ。近藤さんに従う」
 しぶしぶながらも了承する副長。
 「ふむ。では、君、名前は?」
 おっ、やっと自己紹介だ。
 「私は、東雲命(みこと)です。よろしくお願いします」
 あっさり挨拶。局長、副長、斎藤の順で自己紹介。
 「近藤勇。新撰組局長を勤めている。気楽にな」
 「土方歳三。新撰組副長。監視している事を忘れるな」
 「斎藤一。三番隊隊長。お前を見る」
 目出度く、新撰組の屯所を訪れる事ができ、これからキャキャウフフな展開だろう。
 期待しよう。
 ついでに、時生(とき)と”古(いにしえ)の井戸”を探すっと。
 いや~、人生最大最高の日だ。




 あれから2週間経過。
 楽しい日々で、すぐに過ぎ去る。
 幕末の屯所。新撰組の皆を見て、話せるのだ。幸せ過ぎる。
 私の事に関しては、局長・副長・斎藤の3人のみが知る。
 秘密保持と女性禁制の屯所に女性がいるという配慮だそうだ。
 他の隊員からは、副長の小姓扱いだ。
 しかし、副長は忙しい身の上なので、一緒にいる事が多いのは斎藤だ。
 毎日を堪能しつつ、”古(いにしえ)の井戸”と時生(とき)を捜索。
 “古(いにしえ)の井戸”も時生(とき)も情報が少なすぎて、搜索は難航。
 最初の1週間は隊員だけで探してもらって、私は屯所に軟禁状態だった。
 対応としては間違ってないけどさ。少しだけ息苦しかった。
 それ以降は、”古(いにしえ)の井戸”も時生(とき)も私しか確認できないという事で、私も巡回に参加しながら探す。
 巡回の折、池田屋を発見。事件が起こる前だ。
 今は冬。餅を食べていた事から、1月。
 1864年1月で間違いない。歴女は脳内に年表が叩き込まれている。自慢だ。
 さて、ここで斎藤一の分析。
 史実上、最年少の居合の達人。
 剣の腕が一流。
 副長の腰巾着ぶりが半端ない。
 むしろ、私より小姓の動きをしてる。
 最初の抱きつきとそれ以降の照れが可愛く、純朴の青年だ。からかうのが楽しい。
 あっという間な2週間を振り返る。
 「東雲」
 今度はどうやっていじろうかな、ゲヘヘ。
 「東雲」
 ゴスッ。奇妙な音が腹部から聞こえた。
 斎藤がしびれを切らし、柄でどついたのだ。何さらす。
 「起きたか」
 起きましたとも。嫌な形で。
 「ひどいよ、いきなり」
 私は斎藤に抗議。ギャアギャアと吠える。
 どこ吹く風のごとく、びくともしない。
 「巡回中にぼーとするな。ここはお前がいた所とは違う」
 睨まれた。この時代の京の不安定さは半端ではないから反省。 

 大通りを曲がり、路地に入る。
 「・・・、・・・、・・・、・・・」
 人の話す声。
 「・・・、・・・、・・・、・・・」
 いや、争う声か。
 斎藤は宿場で話を聞いているので、少し離れた所にいる。
 私は話し声の方へ赴く。
 天皇を敬う尊皇派と将軍を敬う佐幕派の言い争い。
 どちらも武士だ。腰に刀を差す。
 尊皇派はいかに天皇がこの国の首で奉る存在である事かを力説。
 片一方、佐幕派は将軍家の偉業を並べ立て、力説、一歩も引かない。
 この時代は、こういうのが日常茶飯事か、嫌だな。
 去ろうと思えば、出来たはずなのに私はしなかった。目が離せないのだ。
 言い争いは止まらない。激化の一途を辿る。
 二人共、唾を飛ばしながら、腰の刀に手を添える。
 えっ、ヤバイのでは。手汗がじわり。
 瞬間、二人共、刀を抜き、斬り結ぶ。
 キィィィン
 刀同士が当たる音。二人に私は見えてない。
 止めないといけないのは分かってる。でも、そんな勇気も剣の腕もない。ただ見るだけ。
 佐幕派が腕を斬ったかと思えば、尊皇派がやり返す。
 それの繰り返しで二人は血まみれ。
 痛みなぞ、どこかに忘れたかのように気にも止めない。
 私は青ざめる。これ、本当にヤバイよね。
 斎藤呼ばないと。でも、足がすくんで動けない。震えて声も出せない。
 見たくないものを見た。
 佐幕派が尊皇派の心臓を突き、尊皇派が最期の力で佐幕派の首をかすめ、血が溢れ出す。
 二人は血だまりに沈む。二人共動かない。
 私は力が抜け、座り込む。
 目の前で起きた事が常軌を逸し過ぎて、整理が追いつかない。
 その場で、長らく呆然としていた。
 「東雲、東雲!」
 斎藤は呼ばれた。後ろを向いたら、いた。
 「人が、人が・・・」
 それしか言えない。信じ難い場面に遭遇したのだ。
 「分かった」
 斎藤は一言で悟り、その場に屈み、私を担ぐ。
 そのまま屯所に戻る。何も話さない。 

 夜。
 満月の光で明るい。それに比べて私の心は暗闇が支配。
 昼間の出来事で頭がいっぱい。
 障子に影できる。
 「東雲、起きてるか」
 斎藤だ。何だろう。
 「・・・、うん」
 なんとか返事を返す。
 「佐々木時生(とき)の情報を得た。これから情報源に会いに行く。来るか」
 時生(とき)の・・・情報。目が覚める。素早く立ち上がり、障子を勢いよく開く。
 「行く」
 「付いて来い」
 時生(とき)。やっと近づく。私達は屯所を出て、情報源へ急ぐ。

 新徳寺。
 屯所近くのお寺。新撰組がまだ浪士組と言われていた時代の仮屯所。
 ここで待ち合わせ。
 私は斎藤に木陰で待機するように言われた。
 なぜかとの問いに、情報源が、攘夷志士だからだそうだ。
 何があってからでは取り返しがつかない。
 話し声が聞こえる木陰で待機。斎藤の合図を待つ。
 本堂の前に袴姿の男性2人がいる。
 そこに斎藤が赴く。1人の男性が一瞬驚いた表情を見せるも、すぐ戻る。
 「これは、これは。三番隊隊長殿が自ら来られるとは予想外ですな」
 粘着質のある嫌な言い方。うわ、気持ち悪い。
 眼光が鋭くなる。
 相手の男性はふっと大形にため息をつき、本題に入る。
 「前置きはこれくらいにしまして、私たちの情報開示と行きましょう」
 もったいぶるなぁ。そんなに良い情報なのか。
 「岡田以蔵及び佐々木時生(とき)、池田屋を本拠地として動いている攘夷志士。土佐勤王党に属し、佐幕派要人の殺害に関与。これで私 達は無罪放免という事で、お願いしますよ、隊長殿」
 時生(とき)、”岡田以蔵”といるのか。大丈夫かな。あの人斬り以蔵と一緒にいるとなると。
 最期は時生(とき)ではなく、”岡田以蔵”の情報か。
 この人達も土佐勤王党だろうに仲間を売って平気なのか。
 自分達が助かればいいのか。うわ、こんなに人になりたくない。
 斎藤は一言で答える。
 「ああ」
 にやっと下卑た笑いを浮かべ、暗闇に消える。
 お付きの人は何も話さず、いるだけ。金魚のフンか。
 斎藤の合図だ。
 木陰から月灯りの元に姿をさらす。
 「ん?」
 石灯籠。私は見る。
 「どうした」
 斎藤が訝しみ、声を掛ける。
 「なんでもない。気のせい」
 目線を斎藤に戻す。
 「随分良い情報だよね。良過ぎかな」
 少し不安を持つ。
 「ああ。あれでは、もう」
 そこで言葉を切り、黙る斎藤。
 「もう、何」
 続きを急かすが、答えは返らない。
 「分からないのなら、分からなくていい」
 時として、知らない事が幸せな時がある。
 私達は屯所に戻る。 

 翌日の夜。
 私は一人、屯所を抜け出す。誰にも見つからないように。
 手には昼に摘んだ花束を抱えて。
 彼女を追う影が1つ。
 私は、昨日の昼間に起きた事件現場にいる。
 大通りを曲がり、すぐの路地。
 血痕は残れていない。未明に降った雪で隠れたか。
 そっと、花束を雪の上へ。
 両膝を付き、両手を絡め、目を瞑り、祈る。
 行為自体が偽善なのは百も承知だ。
 安らかな眠りを。そして、もう、このような事が起こらないようにと願う。
 時代が許さない。それでも、私は願う。争いのない時代を。
 長い時間(とき)を捧げる。
 目を開けると、すっかり手が赤くなっていた。寒いせいだ。立ち上がる。
 「気は済んだか」
 びくっと全身が震える。
 勢い良く後ろを向く。そこには白い息を吐く斎藤がいる。
 誰にも見つからないように来たはずだけれど、どうやらバレバレだったらしい。
 「うん」
 小さく首を縦に降り、頷く。
 斎藤は何も言わない。私にはそれが嬉しい。
 屯所に二人で戻る途中、新徳寺付近で、待ちに待った再会が訪れる。
 屯所への帰り道。月灯りで照らされた場所に1つの人影が現れる。
 目を大きく開ける。・・・時生(とき)!
 走って、走って、走った。時生(とき)、時生(とき)、時生(とき)!やっと会えた。
 えっ!?なん・・・で・・・。
 時生(とき)の表情は無表情。こんな顔初めて見た。何があった。
 顔、着物には大量の血がベッタリと貼り付く。驚く。
 私は最悪の予測を頭から退ける。
 「時生(とき)!こ、こここれ、血!?ケガ、ケガ、大丈夫!?」
 目の前で起きた出来事。普通通りには聞けなかった。
 私を見ずに私の後ろを見る。
 私に目線を移し、抑揚のない声が返る。
 「俺の血じゃない」
 「ケガないんだ。よかった。ほっとしたよ。でも、それじゃ・・・」
 私の最悪の予測が当たる。当たってほしくなかった。
 まともに時生(とき)を見れない。
 突然、胸倉を掴まれ、時生(とき)の顔が近づく。
 耳元で時生(とき)が話す。私にしか聞こえない小さい声。でも、私には響く。
 「一度しか言わない。俺達が飛ばされた元凶の井戸は今渡す紙に書いてある。お前は元の時代に帰れ。俺は、”岡田以蔵”に恩義があ  る。恩返しをするから、ここに残る」
 反動を付け、後方に飛ばされる。
 後ろにいた斎藤が受け止めてくれたおかげで、無事。
 時生(とき)と一度だけ視線を交わす。
 いつも迷いのない瞳。
 時生(とき)は暗闇に消える。
 私は追いかけない。手にはしっかりと紙を握る。
 これは時生(とき)の道。私は必要ない。

 翌日。
 屯所にて。
 昨日、時生(とき)と会えた事。帰れる手立てが付いた事を、局長・副長に話す。
 二人共、納得し、私と斎藤を屯所から送り出してくれた。
 私達は、今、”古(いにしえ)の井戸”の前にいる。
 幕末にできた”古(いにしえ)の井戸”今は日常で使用する普通の井戸だ。
 綺麗に積み上げて作られた石の井戸。
 苔に覆われた姿はそこにはない。
 真新しい木の屋根と井戸の水をすくう桶が皮紐で屋根と連結。石の縁に置かれている。
 「ここで間違いないのか」
 斎藤が念を押し、確認を促す。時生(とき)から貰った地図の場所で間違いない。
 地理的に見ても、現代(いま)の御所付近だから、大丈夫。
 「うん、間違いない」
 あの時は2人。今は1人。
 斎藤にお礼言わなきゃ。私はこの時代、1人で生き抜く事が難しかったのだから。
 頭を下げ、斎藤に向かい、深くお辞儀をする。
 「斎藤、本当にありがとう。ここまで来れたのは斎藤のお陰だよ」
 大粒の涙を流しながら、満面の笑顔を向ける。
 斎藤に最大の感謝を。
 「当たり前の事をしただけだ。礼はいらない。お前といた時間楽しかった。忘れない。本来なら、友人と共にいたはずだったのだが」
 嬉しい。私も楽しかった。現代(いま)ではできない経験を沢山できた。
 「時生(とき)は自分の道を見つけて、それに向かっていくから大丈夫。私は私の道に行くから。斎藤は少し離れて、ここでやらないとい けない事沢山あるでしょ」
 涙は止まった。
 斎藤は井戸から少し離れる。
 私は”古(いにしえ)の井戸”の前に立つ。
 現代(いま)と同じ吹雪。
 水面に波紋が現れ、今度は右回転する。
 目で追い、意識を手放す。




 校庭の隅。
 “古(いにしえ)の井戸”の近くに”東雲命(みこと)”が倒れている。
 冷たい。戻って来られたのか。
 立ち上がり、周辺を見る。
 “古(いにしえ)の井戸”。苔だらけの石。剣道場。校舎。
 間違いなく、現代(いま)に戻って来たようだ。
 校舎にある掛け時計は幕末に飛ばされてから10分しかたっていない。
 「うそっ」
 思わず、声で出る。
 これが、かの有名なあれか。
 とりあえず、剣道場に行く。時生(とき)の事はどうなるんだろう。
 剣道場に戻った。先生や友達、部員に話を聞く。胸騒ぎがする。
 皆、一様に同じ事を言う。
 “佐々木時生(とき)は知らない”。
 先生に至っては、”この学校に佐々木時生(とき)という生徒はいない”だ。
 脳裏に”タイムパラドックス”がよぎる。
 時生(とき)を知るのは自分のみ。
 時生(とき)があの時代に残る事で、現代(いま)から消えたのか。
 剣道場を飛び出し、図書館へ。
 走りながら入ったので、他から注目を浴び、先生や委員に注意されるが無視。
 息を切らし、伝記コーナーへ。
 ここには誰もいない。
 あの時、時生(とき)は”岡田以蔵に恩返しをする”と言った。
 そうすると、”岡田以蔵”の伝記に” 佐々木時生(とき)”が書かれている可能性が高い。
 伝記コーナーで1冊の本を手に取る。
 頁(ぺーじ)をめくる。

   “佐々木時生(とき)。岡田以蔵の小姓。?~1864年。土佐勤王党の党員。
    岡田以蔵を通じて、坂本龍馬と親しい間柄だったと言われている。
    土佐勤王党の裏切り者・大利(おおり)鼎(てい)吉(きち)・北添佶摩(きたぞえきつま)により殺害される”

   “岡田以蔵。1838-1865。土佐勤王党の党員。
    人斬り以蔵と恐れられるも、佐々木時生を可愛いがり、優しくも
    厳しい一面を思わせる。忠義心が厚く、党首・武市瑞山の処刑の際、
    脱獄し、藩庁員を斬り捨て、血の道を作った。謎の言葉を残し、処刑される”

 最期の頁(ぺーじ)に岡田以蔵の最期の言葉が書かれている。
 謎の言葉とされ、歴史学者が未だに解明できていない代物。
 時生(とき)は、”岡田以蔵に恩義がある恩返しをするから、ここに残る”と言った。
 それならば、”岡田以蔵”が殺害され、時生(とき)が”岡田以蔵”に成り代わったのだろう。
 これなら、全ての説明がつく。
 岡田以蔵の言葉ではない。時生(とき)の最期の言葉だ。
 それを読んだ私は、声を上げて泣いた。
 時生(とき)の言葉、受け取ったよ。




 時生(とき)の最期の言葉。
 「俺はこの時代(せかい)に生きた。お前は未来で生き抜け!!」

「この時代(せかい)で生きる」<現代編>本編

 読んで頂き、ありがとうございます。
命が尊い事、時生(とき)の言葉が命(みこと)に届いた事が伝われば、幸いです。

「この時代(せかい)で生きる」<現代編>本編

作品を読む上での注意。 幕末タイムスリップ捏造ネタです。 史実通りでない箇所が多々ありますので、ご了承下さい。 また、登場人物紹介を読んだ上で、<本編>をお楽しみ下さい。 この作品は2つで1つの作品ですので、<過去編>→<現代編>とお読みください。 あらすじ 京都。古の街と現代の街が融合する不思議な街。いつも通り部活に打ち込むべく剣道場へ。幼馴染の時生(とき)が部活に顔を出さな い事に訝しむ。部活に身が入らない時生(とき)を追いかけ、有名な謂れのある"古の井戸"を一緒に覗き、幕末へタイムスリップ。目覚 めた場所は新徳寺。浪人'sに迫られるも、竹刀で叩き潰す。偶然居合わせた新撰組三番隊隊長・斎藤一と屯所へ。ある出来事をきっかけ に浮かれた気持ちが消え、ある感情が目覚める。

  • 小説
  • 短編
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-03-25

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著作権法内での利用のみを許可します。

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