君の見つめるその先に 【スピンオフ2】

君の見つめるその先に 【スピンオフ2】

~ 5文字を伝えに駆けてゆく ~

 
 
サクラが急に立ち上がった。
ちょっと驚いた顔を向け、なんだか嬉しそうに声を張り上げる。
 
 
 
 『よっし~部長ーー!!!』
 
 
 
リンコが、サクラの目線の先を追うとそこには、色黒で背が高くガッチリした
筋肉質の男の人が。
サクラを見付けると、目を細めやわらかい表情で笑った。

そのやわらかい目は、所在無げにサクラ隣に座るリンコに、少し遠慮がちに
ペコリと小さく微笑んで会釈した。
 
 
 
 その所作。
 なんだか、嫌な気持ちはしなかったリンコ。

 むしろ・・・。
 
 
 
 
 
休日の駅前のコーヒー屋。

久々、サクラとリンコはお茶をしていた。
高校を卒業し、サクラは教育大・体育学部、リンコは4年制の社会福祉学部にともに進学。
勿論、高校時代よりは距離は離れたものの、変わらずの付き合いをしていた。
 
 
サクラが声を掛けたその人は、サクラの大学のソフトボール同好会部長だという。
 
 
 
 『あれま。偶然~! よっし~部長も、一緒にどースかぁ? ・・・ねぇ?リンコ。』
 
 
 
ヨシナガを誘う、サクラ。

すると、
 
 
 
 『ぁ、ヨシナガです。こんにちは。』
 
 
 
まず、リンコの方を向いて自己紹介をし、サクラへ向き直る。
 
 
 
 『ミナモトー・・・?

  俺が一緒でいいかどうかは、まず彼女の気持ちを先に訊いた上で

  決めなきゃダメなんだよ。

  彼女が嫌だとしても、俺の前だともう言い出せないだろ?

  ・・・分かる?』
 
 
 
まるで父親のように注意する。
クスっと笑ってしまったリンコ。
 
 
 
 『ぁ、あの。キノシタです。はじめまして。』
 
 
 
リンコの挨拶に、ニコリやわらかく返すと、
 
 
 
 『紹介だって、”よっし~ぶちょー ”と”りんこー ”、じゃなくて

  ちゃんと苗字を言ったほうがいいんだぞ?』
 
 
 
口調によっては説教臭く聞こえる言葉も、ヨシナガが言うと嫌味な感じが全くない。
きっと、やわらかく穏やかなリズムの為なのだろう。

ケンカっ早いあのサクラが、素直に大きく口を開けて『はーい。』と従った。
なんだかそんなサクラが意外で、リンコは目線だけ向けてもう一度小さく笑った。
 
 
 
サクラ・リンコ・ヨシナガの3人で、お茶をする休日の午後。

いつも混んでいるこの店。
オーダー待ちの人が、ふたつあるレジ横に列を作り事前にメニュー表を眺めつつ並んでいる。
 
 
 
 『へぇ~、高校の友達なんだ?』
 
 
 
サクラとリンコの関係性を話すと、ヨシナガはにこやかに相槌を打った。

聞き上手な人だな、とその時リンコは思っていた。
相槌や返事のタイミングが絶妙で、でもそれは意識的に狙っている風ではなくて。

サクラが、高校時代のエピソードを、息継ぎも忘れたかのように身振り手振りも
織り交ぜまくし立てヨシナガに話す。まるで子供と父親だ。
俯いて笑ったリンコ。

すると『トイレー。』 と宣言して、サクラが離席した。
 
 
 
 『全然タイプ違うように見えるけど・・・ 大変じゃない?』
 
 
 
頬を緩ませながら、トイレに立ったサクラの背中を軽くアゴで指し
目を細めるヨシナガ。
 
 
『サクラといると楽しいので・・・』 リンコが笑う。
 
 
 
 『”指輪の人 ”、スゴイと思っちゃうよ~』
 
 
 
小さく伸びをしてそう言ったヨシナガに、『カタギリ先生のこと知ってるんですか?』 と
リンコがすぐさま訊いた。
 
 
 
 『えっ?! カタギリさんって・・・ 教師なのっ?!』
 
 
 
目を見開いて驚いているヨシナガ。
先日の”サクラ泥酔・部室殴り込み事件 ”の話をすると、
リンコが可笑しそうにケラケラ笑った。
 
 
 
 『でも・・・ らしいと言えば、らしいですよ。

  高校の時も、サクラにちょっかい出す男子と本気でケンカしてたし・・・』
 
 
 
ふたりで肩を震わせて笑い合っていた。
 
 
 
 
ふと何気なしに、リンコの注文したドリンクのカップを覗き込んだヨシナガ。

その目線に、『チャイティーラテですよ?』 と呟き、
『好きなんです。結構ハマってて・・・』 とリンコは続けた。
 
 
 
 『コレ、簡単に家で作れるんだよ。』
 
 
ヨシナガの言葉に、『えっ?! ほんとですか?』 とリンコが食い付いた。
 
 
『教えよっか? ぁ。なんか書くもん、ある?』

『ん~・・・ ぁ。ケータイにメモ・・・』
 
 
 
カバンの中に手を入れ掴んでテーブルの上に出されたケータイに、視線を落とすふたり。
 
 
 
一瞬、沈黙。
 
 
 
 『ぁ。もし、嫌じゃなければ・・・

  あー・・・、いや、もう断りづらいだろけど・・・

  ラインID、とか・・・。』
 
 
 『ぁ、いえ。 あの・・・全然ダイジョーブです。 喜んで・・・。』
 
 
 
やたらとまどろっこしく気をまわし、照れくさそうに少し口をつぐんだふたり。
指先でコーヒーカップの持ち手を弄ぶヨシナガが、その沈黙を破るように言った。
 
 
 
 『俺ねー、自炊歴長いから料理もするし、お菓子も作るんだよ。』
 
 
 
こんな典型的な色黒スポーツマンが、エプロンをして泡立て器を握る姿を想像する。
リンコが笑っては失礼かと、笑い顔を堪える。
 
 
 
 『ヒマな時とか、よくクッキー作っててさ。ミナモトに食べさせたら、絶賛してくれた。』
 
 
 『えー!!すごい! いいなぁ~・・・』
 
 
リンコの反応に、
『食べる? 作るよー。』 ヨシナガがにこやかに笑う。

『ほんとですかっ?!ぇ。嬉しいー、楽しみにしてます。』 リンコは色黒エプロン姿に
想像笑いを抑えられなくなった。 
 
 
 
 
 『ていうか、ミナモト遅くない?迷ってんのかな・・・』
 
 
観葉植物の陰に隠れ、なんだかイイ雰囲気のふたりを、ニヤけながらこっそり
見ていたサクラだった。
 
 
 
 
 
 『ちょ。ハルキ、聞いてっ!! リンコとよっし~部長がっ!!!』

今日のコーヒー屋での出来事を、その夜の電話で興奮冷めやらぬ感じでハルキへ
話して聞かせるサクラ。
やたらとワクワクして嬉しそうな声色。

ハルキは若干低めのテンションで『ヨケーな事すんなよぉー。』 と釘を刺した。
あからさまに不満気なサクラの声が電話向こうから伝わる。
 
 
 
 『えー・・・ なーんでぇー・・・ あたしの出番じゃ・・・
 
 
 『ない!出番じゃない! お前が関わるとまとまるモンも、まとまらんくなる!』
 
 
 
 チッ。舌打ち
 
 
 
   (いいもんね~。勝手にするもんね~・・・)
 
 
 
 
『・・・勝手にやるとか考えてんじゃねーぞ?』 サクラの心の声もハルキには筒抜けだった。
 
 
 
 
 
 
それは翌週の土曜のこと。
大学のグラウンドで、ソフトボールの練習試合が行われていた。

観戦席のベンチに、リンコの姿。
事前にヨシナガからラインで連絡を貰っていた。
 
 
 
  ”今週土曜、練習試合あるけど見に来ない?

   クッキーも作って持ってくから”
 
 
 
サクラからも同じ誘いを受けていたリンコ。

でも何故かそれは、やたらと強引で。
そんなサクラに、若干、小首を傾げ困惑気味だった。
 
 
その練習試合は、3-2でサクラのSB同好会が負けた。
負けたことに関しては悔しそうだったが、ソフトボールが好きで仕方ない感じは
みんなの表情を見たら一目瞭然だった。
試合中に見せたみんなの真剣な表情に、純粋に格好いいなとリンコは目を細めた。
 
 
 
ヨシナガに促されてグラウンド斜面の芝生に腰を下ろすリンコ。

ヨシナガは試合後のグラウンドで、そのままクッキーを渡そうと思っていたのだが
サクラがやけにしつこく芝生に行けと急かす。

『こーゆー時は、芝生っしょー!』 と、よく分からない事を小声でブツブツ言って。
 
 
 
 『ぁ。ハンカチあります?ハンカチ。・・・ほら、お尻に、こう。敷く・・・

  つか、よっし~部長が敷いて座っちゃダメっスよ?!

  あと・・・四つ葉?とかも探したりしたらいいと思いマス。四つ葉っ!!』
 
 
 
なんだか、ひとりで盛り上がって顔を赤らめているサクラに首を傾げつつ
ヨシナガとリンコは芝生に腰を下ろしていたのだった。
 
 
少しだけ小高くなっているその斜面からは、グラウンドが一望出来た。
混合土の茶色に、石灰の白いラインが映えている。 
グラウンドを整備した後しまい忘れたトンボが、小さくポツンと。
 
 
 
 『ラテ、作ってみたんですよ!』
 
 
嬉しそうに言う、リンコ。

『あんなに簡単に出来ちゃったら、お店で飲むの勿体ないかも。』
 
 
 
 『だろー?牛乳とチャイティーパックと蜂蜜だけで出来ちゃうんだからね~』
 
 
ヨシナガはどこか得意気に胸を張って笑う。
芝生に座るふたりの間には、ヨシナガ手作りのクッキーが入ったジップロック。
 
 
クスクス笑いながら『ほんと、美味しい・・・』 とモグモグ頬張りつつリンコが呟くと
ヨシナガは『言っとくけど、オネエじゃないよ?』 と念の為付け加え、笑った。
 
 
 
ふたりの笑い声が澄み渡った夏の空に響く。
垂直に天高く延びた濃い雲が、真っ青な空にその存在感を誇示している。

ふと気が付くとリンコは、目尻に涙を浮かべて大笑いしていた。
 
 
 
 『ヨシナガさん、話しやすいから何でも話しちゃいそうになりますね・・・』
 
 
 
少し遠くを見て、どこか寂しげにリンコが呟く。
その声色は、今まで明るく笑っていたものとは別物で。
 
 
チラっと横目で一瞬リンコを見て、すぐ目線を戻し、ヨシナガがやさしく言った。
 
 
 
 『いいよー。

  聞いてほしい事があるなら、聞くよー。

  ジャンジャン 聞くよー。』
 
 
 
クスクスと小さく笑って、リンコが芝生に体育座りしている膝を両腕で抱え背を丸めた。
それから暫くの間、黙ってただ遠くグラウンドを見ていたリンコ。
 
 
そして、小さくポツリ話しはじめた。
 
 
 
 『私・・・

  高校のとき。

  サクラとカタギリ先生に、ひどいことして・・・
 
 
  私のせいで、ふたりは離れ離れになったんです・・・。』
 
 
 
ヨシナガは、静かに相槌を打つ。
 
 
 
 『ふたりは、もう・・・全然。

  許して、くれてるけど・・・でも、

  私は・・・まだ、ほんとは・・・全然・・・。
 
 
  あんな事が、なかったら・・・いまだにふたりは、いつも。

  いつも傍にいて、こんな・・・遠くに、なんか・・・。』
 
 
 
リンコの目から次々と大粒の涙が溢れた。
 
 
 
 『ど、うして、私・・・・

  あんな事、しちゃったん、だ・・・ろ・・・・・って、

  いつも、いつも・・・。』
 
 
 
しゃくり上げて言葉が途切れる。
両手で顔を覆って、リンコが肩を震わせた。

誰にも言えなかった、後悔という名の鋭い棘が胸を突き刺す。
 
 
 
ヨシナガは、そっと目を伏せる。
リンコが震わす肩にも指一本触れない。
その代りただ、隣に座ってやさしく相槌を打ち、やわらかく佇んでいる。
 
 
 
 『前にね、ミナモトになんで体育学部にきたか訊いた事があるんだ。』
 
 
 
ヨシナガが静かに口を開いた。
リンコは俯いて両手で顔を隠したまま。
 
 
 
 『背中押してもらったから、って言ってた。

  押してもらわなかったら、”コレ ”は絶対ない、って・・・』
 
 
 
”コレ ”の所で、左手の薬指を差したヨシナガ。
 
 
 
 『チョ~ゥ大事な友達なんスよ、って

  なんか、ミナモト、すごい得意気な顔してた。』
 
 
 
両手で覆っても尚、溢れる雫がリンコのアゴから滴り落ちる。
 
 
 
 『・・・もっと、さ。

  ミナモトを信じてあげたらいいんじゃないかな・・・?』
 
 
 
真っ直ぐ見たまま、やわらかい声音は続ける。
 
 
 
 『実は内心、遠慮して卑屈になって接しているんだとしたら

  それは相手を裏切ってることになっちゃうんじゃないかな・・・
 
 
  ”ごめんね ”は ”ありがとう ” に、変換した方がいいよ、 ・・・きっと。』
 
 
 
涙でノドが痞えて、声が出せない。
何度も何度も頷く。頷くたびに雫がアゴから伝い落ちる。
 
 
 
 『いつでも話、聞くよー。

  だから、なんかあったら。

  いつでも。電話でも、ラインでも・・・』
 
 
 
その言葉に、目も鼻も真っ赤にしたリンコが小さく笑って言う。
 
 
 
 『私・・・電話、あんまり得意じゃなくて。』
 
 
すると、
 
 
 
 『俺もー・・・。 ・・・電話、ニガテだし。

  文章だと”言葉の温度 ” ちゃんと伝わんないからイヤだし・・・』
 
 
 
そして、そのやわらかい口調は毅然として言った。
 
 
 
 
 『伝えたいことは、ちゃんと顔を見て伝えた方が、ゼッタイいいよ。』
 
 
 
 
 
ヨシナガに何度もお礼を言って、リンコは別れた。

そして、駆けた。
薄桃色に雲が染まる夏の夕空の下、まっすぐサクラの自宅へ、休まずに駆けた。

チャイムを鳴らすと、サクラが玄関ドアからひょっこり顔を出す。
突然のリンコの来訪に、嬉しそうにちょっと驚いた顔を向けた。
 
 
リンコが、肩を上下し息を切らせながら満面の笑みで言った。
 
 
 
 
  『サクラ・・・。

   いろいろ、いっっぱい・・・ ありがとう。

   ・・・ほんとに、ほんとに・・・ ありがとう・・・。』
 
 
 
そう言うと、リンコは思いっきりサクラに抱き付いた。

そんなリンコにドギマギし少し仰け反ったが、なんだかよく分からないまま
サクラは可笑しそうに笑って、ハグをし返す。
サクラの体温のぬくもりに、リンコの棘が溶けて、流れて消えた。
 
 
 
 『ねぇねぇ、よっし~部長・・・ ど~う? 四つ葉あった?』

 『え?どうって・・・何が? 四つ葉??』
 
 
 
 
                               【おわり】
 
 

君の見つめるその先に 【スピンオフ2】

君の見つめるその先に 【スピンオフ2】

『君の見つめるその先に』のスピンオフ2です。 リンコがヨシナガの前で見せた涙・・・。 本編『君の見つめるその先に』と、『君の見つめるその先に 番外編1、2、3、最終話』、『君の見つめるその先に スピンオフ1』も、どうぞ ご一読あれ。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-07-02

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