17、亜季・・・大人になれなくて

知りたい・・・は傷をひろげますか

17、 知りたい・・は傷をひろげますか

  あなたは自分の家族や母と自分、父と自分、時に姉妹、兄弟という関係に思い悩んだことはあるだろうか。

多くの場合なんだかんだ問題があってもどこにでもある事で自分の家族は大方普通の家族だろうと考えているものだ。おそらくそれは間違いではない。

でもどんな家にも子供のころには知らせられなかったドラマのようなことが潜んでいる可能性はある。大人になり事実を知った時少しの戸惑いを感じたとしてももうそれは過ぎ去った過去の事実というだけ。今を生きる自分に何ができるというわけでもない。人ができる事は過去を過去としてそのまま知り、受け入れるその程度のことぐらい。

それでもまれに過去のでき事がある人の人生観を大きく変える場合がある。それが母という存在にもたらされた時はその影響は大きい。

家族のあり方は父と母の意思の疎通が土台でまわる。そのふたりがどんな絆で長い夫婦という関係を続けてきたのか。子供が見ている父と母というのは二人の心の中の半分にも満たないかもしれない。家族で食事をし、旅行に行き写真には多くの笑顔の思い出が残される。でもいつからか何も変わらない笑顔の奥に影が潜んでいたとしたら。



 亜季はいつからか母と父の間にどことなく漂う冷たい風を感じていた。亜季が幼い時から確かに母は強かった。それがある時からその強さは妙に意固地なものにかわった。そして亜季はこれまでそれを長い夫婦という年月がなせるわざと思い込んでいた。でももし母の心奥底に父への大きな憎しみが潜んでいたら・・・。

それでも幸せの形だけは壊すまいとする母の心は憎しみの中で幸せを演じるというゆがみをいつも抱えていた事になる。当然、それは家族、家庭の中に言葉では言いつくせない影を落とす。亜季は今その影を知りたかった。


 その日も母はカナダ旅行に行く父と亜季の準備に忙しく動いていた。亜季が居間に行くと父の洋服をあれこれ選んでは誰も聞いていない独り言をつぶやいていた。

「この背広少し型が古臭いわね・・でも、色はいいし。」「カナダは蒸し暑くないかしら・・それならこれもいいかしら。」

その母の姿は亜季の目にも夫を愛する妻に見える。

(母の中ではもう過去の事なのだろうか?・・私の思いすごし?)

「亜季、あなたもちゃんと準備しなさいよ。間際になってあれがないこれがないといわれても困るんだから。」

亜季の姿を見て母が言う。

「うん。・・・でもまだ先じゃない。それにそんなにもっていくものないし。」

海外旅行にもうれしさを見せない娘に母はおもしろくない。亜季の顔を見て一言、一言はっきりと諭すような口調で話した。

「あのね、パパは仕事で行くの。ついていく亜季はしっかりサポートをお願いよ。それに・・あまりへんてこな洋服はだめよ。華美でもなく野暮でもなくセンスのいいもにしてちょうだい。人の目があるんだから。」


「サポート?そんな話聞いてない。」

「まったく。当たり前の話よ。面倒な事もあるけど仕事のついでだからこそできるいい思いもあるんだから。」

「へえぇ、そうなんだ。」

どうにも煮え切らない亜季の態度が母の勘にさわる。微妙に母の声が皮肉色をおびた。

「あなたって本当に可愛げがないわね。まあ、昔からそうだったけど。美紀は何かしてあげるとにこにこしてやりがいのある子だったのに。
同じ様に育てたのにどうしてこうも違うのかしら。生まれもった性格かしらね。」

そう言うと亜季の顔を見て大きな溜息を一つ。

こうなったら今はこの話を切り上げるのが一番いい手段だと亜季は長い経験から知っている。だから話題を変えようと思った。

もちろん当たり障りのない話題で。でも亜季の頭の中はここのところエリカのことで埋めつくされている。そのせいだったのか思いもよらず口をついて出てしまった。


「エリカって知ってる?」

その瞬間母の表情が険しくなった。これまで亜季の見た事のない顔。ただ母はやはり強い。うろたえることもなく大きな憎しみを吐き出す様な厳しい声を亜季に投げた。

「・・・ええ、知ってますよ。・・あなたはどうして、いつ聞いたの?私は話した事ないのに。」

その声にはどこか人を抑えつける響きを持つ。亜季は思わず出たとは言え口にしてしまった事を後悔した。その後悔を感じて母はたたみかけた。

深刻な話はだいたいの場合先手を取ってはいけない。ましてなんの考えもなしに投げてしまうなどあまりにも子供じみている。それもこの母が相手なのだから。

「・・・ついこの間知って。偶然なの、本当に。たまたまいったライブでエリカさんが出ていて。むこうは私にすぐ気がついたみたいだど。」

「そう。たまたまの偶然ね。そういう人なのよ。そんな偶然をつくるのがうまいあさましい人達よ。・・で、何か話したの?」

母の言葉が皮肉を超えた。恨みを含んだ見下しの言葉。亜季はこれまでに何度かそんな母を見ていた。


自分の美貌で男にとりいる女。控えめを前面に押し出しながら欲しい物を手にする女。人の家庭を弱々しさを武器に壊す女。そういうものに対する母の嫌悪感は半端ではなかった。体中から込み上げる軽蔑という感情が母を染める。今もそうなのだろうか。

「少しだけ・・・。ただ、今でもパパがそんな事できたなんて信じられないところもあるけど。」

「本当よ。知ってしまったなら隠しても仕方ないわね。もう小さい子供じゃないし。・・でももう過去の話。だから忘れなさい。聞いた事全部忘れなさい。覚えていてもなんの役のも立たないんだから。第一あなたの人生にはなんの影響もなかったんだから。この家庭はちゃんと続いているしね。
あんな人が何を言ったにしてももうけりはついてる。・・・だから二度とその話をこの家に持ち込まないで。」


そう言うと母は恐いくらい厳しい目で亜季を見つめた。その母の厳しさや言葉が母の中でまだ終わっていないのだと亜季に確信させた。

だからもし亜季が成熟した大人ならここで話をとめたはず。ただ、亜季はまだ未熟だった。母の心に隠れた憎しみが日々の生活の中で別の何かに変わったに違いないと感じる。それが何かを知りたい。憎しみのエネルギーはどこにむけられたのか。


「本当に終わってるの?だってママのエリカさんへのその言い方・・・変。」

こうして亜季はいつも人を傷つける。そして自分も傷ついていく。むやみに本当を知ろうとする事で後から押し寄せるおおきな波紋の意味を感じつつもまだ今の亜季は自分を抑えることがせきなかった。

17、亜季・・・大人になれなくて

17、亜季・・・大人になれなくて

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-07-01

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