灰色の鶴(作:キュアセブン)

灰色の鶴(作:キュアセブン)

折り鶴を作って、被災地に届けましょう。
 野田先生が甲高い声で言った。五時間目の、道徳の授業のときだ。先生は教壇に立ったまま、さらに続けた。先生は音楽の先生だから、その声は耳を塞いでも聞こえてくる。
 今年で震災から五年たちました。ですけれどまだ、被災地では困っている人がたくさんいます。彼らを応援するために、クラスみんなで折り鶴を送って、向こうの困っている人たちを励ましましょう。
 僕はちょっとイヤだった。手先がぶきっちょだから、折り紙で鶴を作れたためしがない。そもそも紙飛行機すら作れないのだ。
 ただ先生は僕の不安なんてつゆ知らず、前の席から順々に折り紙を配り始めた。僕の席は窓側の、一番後ろだ。僕に回ってきた折り紙の色は灰色だった。前の席にいる人たちは、青色とか赤色とか、中には金色の折り紙を持っている人がいて、羨ましかった。
 みんなに折り紙が行き届いたのを見ると、先生はにこりと笑んで、
 では、作り始めましょう。もしたくさん折りたいという人は、まだまだ折り紙が余っているので、一つ作り終わった後にまた取りに来てください。
 それだけ言いきると、先生は教室の端にある自分の机に座って、本を読み始めた。
 少し時間がたった。
 先生。
 どこかの席から、声がした。呼ばれて野田先生は、本から顔を上げる。
 何ですか。
 鶴の折り方、わからないんですけど。
 周りの人に訊きましたか。
 いいえ……。
 では、まず訊いてみてから、それでもわからなかったときに、また私に訊いてください。
 質問した子はそれ以上、先生に何も言わなかった。折り方がわからない人は一定数いたみたいで、あちらこちらからぼそぼそ声がした。けれども僕はいっそう困ってしまった。僕には友達がいない。隣の子や前の子にたずねるのはどうしてもためらわれてしまった。
 先生。
 僕は手を挙げた。先生はこちらを見ることもしなかった。それもわかりきっていることだったのだけれども、やっぱり悲しくなった。
 先生。
 二度呼んでもおんなじだ。
 僕はうつむいて、机の上の灰色の正方形を見つめた。このままでは居残りになってしまう。以前、リコーダーの吹き方がみんなと違うというので、僕だけ残されたのをふと思い出す。僕は左利きだ。そのせいかみんなとリコーダーの持ち方が逆になってしまう。それでも音楽の授業で吹く分にはなんのさわりもなかったから、直さなくともいいだろうと思っていた。けれど野田先生がそれを見たとき、先生は授業時間をいっぱい使って、僕を叱った。僕は泣いた。泣いたら先生はさらに怒った。放課後残ってトックンをしましょう。先生の冷たい声がした。結局僕は夜の七時くらいまで居残って、リコーダーの持ち方と吹き方を矯正されることになったのだ。今度は夜の七時まで、いくつ鶴を折らなければいけないのだろうか。背筋が寒くなる。イヤだ。
 僕は隣の席をちらりと見た。ちょうど鶴の形に仕上がったところだった。するとその子は席を立って、教卓の上から折り紙を持ってきた。しめた、と僕は思った。隣のまねをすれば、僕にも作れるじゃないか。
 けれども、すぐに無理だと悟った。折り紙を三角に二回折るところまでは理解できたのに、それ以降となると途端に何をしているのかわからなかった。向こうの手際がいいのか、僕があまりに不器用なのか。どうであれ、鶴の折り方はちっともわからなかった。
 いっそ鶴の絵でも書いて居直ってやろうかと思った。図工はからきしだめだけど、それでも絵を描くのだけは、僕はクラスで誰よりもうまいと自負している。お母さんからはよく褒められた。去年の夏休みの図画工作の宿題で僕の書いた絵が、市の何かの賞で、第二位になった。鶴のほんものを見たことはないけれども、昔ばなしとかでのイメージで、多少は何とかなるだろう。そこまで考えて、すぐに思い直した。先生から見向きもされないことは明らかで、何もかもがばかばかしくなった。
 僕はどうしようもできなかった。灰色だった。折り紙も僕の心も今日の天気もずっとずっと灰色だった。僕は窓の外を見た。この先のどこかに先生の言う「困っている人たち」はいるのだ。その人たちのせいで、僕がこんな困っているのだと思うと、とたんにその人たちが憎たらしくなった。けれども向こうの困っている人たちはまだいいかもしれない。彼らは困っているだけで折り鶴を送ってもらえるのだ。僕は折り鶴をほしいとは思わないが、僕が困っていたときに、僕に折り鶴を送ってきてくれる人はひとりとしていなかった。
 授業もそろそろ終わりに近づいてきた。みんな二つ以上は鶴を折っている。一つも折れていないのは僕くらいだ。
 先生。
 声がまたあがった。声の主は教卓の前にいた。
 先生、折り紙、もうありません。
 先生は本を読みさしのまま置いて、立ち上がった。
 誰か、余分に折り紙を持っていった人はいませんか。折れずに残すなら、戻してください。
 教室は静まり返った。僕は自分の折り紙を見つめる。折り目ひとつついていない、まっさらな灰色。
 僕が顔を上げると、先生と目が合った。
 あら、そこにあるじゃない。
 先生はつかつかとよって来て、僕の机の前で止まった。
 余ってたなら、後ろに回さないで余りましたと言いなさい。
 先生は、僕の前の席の子にそう言った。
 僕の席から折り紙を取り上げると、先生は教壇のほうにもどっていった。
 ほかには、余っている折り紙、ありませんか。
 僕の折り紙だったものを、教卓の前の子に手渡してから、先生は改めて訊く。誰も何も言わなかった。僕は憮然とそっぽを向いてまた窓の外を見やった。しんとした教室がうすくあわく、僕を透かして窓ガラスに映っていた。    

終わり

灰色の鶴(作:キュアセブン)

灰色の鶴(作:キュアセブン)

北海道大学文芸部において評価の高かった作品です。お楽しみください。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-07-01

Copyrighted
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